AIエージェント時代、企業は「次世代のセキュリティ」を考える前に、現状の権限管理を問い直す必要がある。RBACの先にある権限管理とはどのようなものか。Gartnerの提言を深掘りしよう。
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自律的に判断し、業務を遂行するAIエージェントによって業務効率の飛躍的な向上が期待できる一方、そのセキュリティリスクは大きな懸念だ。実際、これまでセキュリティの前提とされてきた「事前にルールを決めて制御する」というやり方だけでは対応が立ち行かなくなるのは想像に難くない。
ガートナージャパンが2026年7月22〜24日に開催した「セキュリティ & リスク・マネジメント サミット」の基調講演「日本におけるセキュリティの重要論点:2026年」の中で、同社の矢野薫氏(シニア ディレクター アナリスト)はAIエージェント時代に求められるセキュリティを「水のように柔軟に対応する」という考え方で表現した。
基調講演全体の内容はこちらを読んでいただくとして、「水のように柔軟なセキュリティ」とは具体的にはどのような手法なのか。
矢野氏への個別インタビューから、AIエージェントを本当の意味で使いこなすためには権限管理からデータの見方、従業員教育までを大きく変革する必要があるということが見えてきた。AIエージェント実装のヒントを紹介しよう。
――基調講演では「AIは非決定論的である」という印象的なキーワードがありました。AIエージェントの普及に伴い、企業のセキュリティ環境にはどのような課題が生じているのでしょうか。
矢野氏 課題の根底にあるのは、これまでのセキュリティプロセスの前提が崩れてしまった点にあります。従来のセキュリティやポリシー、ガードレールといった仕組みは、人間や攻撃者の行動に、ある程度の規則性があることを前提に、あらかじめルールを決めて制御してきました。
一方、AIエージェントは同じゴールを与えたとしても、そこに至るプロセスや出力が毎回同じになるとは限りません。ゴールだけを設定して、途中の経過をAIに委ねられる点はAIの大きなメリットです。しかしセキュリティの視点から見ると、「あらかじめ決めたルールだけで、その途中の動きを全て制御する」ことが難しくなります。決まったルールだけでは捉えにくい対象を、どのように守るのか。そこにパラダイムシフトが求められています。
――あらかじめルールを決めて守るという従来の安全策だけでは難しくなるわけですね。その中で、データセキュリティの分野ではどのような変化が必要になりますか。
矢野氏 これまでのデータセキュリティといえば、正規表現やキーワードによる機密情報の検出、ファイルサイズやアクセス時間、送信先のIPアドレスといった情報を基にデータを守る方法がありました。現状、こうした方法が全て無意味になるわけではありません。ただ、AIが大量のデータを昼夜を問わず扱うようになると、「人間ならこの時間に、この程度のデータを扱うはずだ」といった従来の前提が通用しにくくなるでしょう。
人間にとっては異常に見えるデータ量でも、機械にとっては普通かもしれない。逆に、データ量やIPアドレスだけを見ても、そのデータをAIに触らせてよいのかどうかは判断できません。だからこそ、データを見る単位そのものを変える必要があります。より「データにストイック」にならなければいけません。
そこで提唱しているのが、「セマンティック」と呼ばれる考え方です。
これは、IPアドレスやファイル属性といったメタデータだけを見るのではなく、「誰が、どのようなビジネス上の目的で、そのデータを扱おうとしているのか」という文脈まで含めてリスクを捉えようというものです。
セキュリティの仕組みとしてこれはまだ確立されているわけではありませんが、今後はこうした方向に進む必要があります。
――具体的にはどういったイメージでしょうか。
矢野氏 例えば、あるAIエージェントが動いているとして、「誰がそのエージェントを作ったのか」「そのエージェントが動くことを誰が承認したのか」「その動作はビジネス上の目的に沿っているのか」といった情報が分かれば、そのAIエージェントが正規かどうか、リスクが低いのかどうかを判断する材料になります。
重要なのは、データやエージェントの「素性」だけではなく、ビジネス上の目的まで含めて考えることです。また、データ自体についても、単に「Wordファイル」「Excelファイル」と見るのではなく、誰に権限が付いているのか、そもそも適切な権限管理が付与されているのかどうか、といった情報を持たせる必要があります。
例えばほとんど権限管理されていないデータにAIを触らせるのであれば、警告を出すといった制御も考えられるでしょう。
――データがビジネス上、どのような意味を持つかというのはIT・セキュリティ部門だけでは判断できないでしょう。つまり、事業部門をセキュリティに巻き込むことが不可欠になるわけですが、日本企業でそれはスムーズに進むのでしょうか。
矢野氏 実は、ここに非常に高いハードルがあります。
日本企業では、セキュリティポリシー上は「情報資産管理者」として課長や部長の名前が記載されていても、それが長年、形骸化しているケースがあります。「セキュリティは専門部署がやるもの」「自分たちの仕事ではない」という意識が根強いため、自分たちが扱っているデータの価値やリスクを、ビジネスの言葉で説明できる人が少ないのです。
――専任のデータオーナーを置くという考え方もあるでしょう。
矢野氏 私は、1人をデータオーナーにするより、全員がそれぞれのデータオーナーになる方がいいと考えています。例えば課長や部長だからといって、その人が部下全員のWordやExcel、PowerPointの中身まで全部知っているわけではありません。
そのため「データオーナーがいます」という状態を作るだけでは駄目です。自分が扱っているデータについて、その価値やリスクを自分の言葉で説明できることが重要なのです。
AI時代に必要なのは「データオーナーという役職」ではなく、一人一人が自分の扱うデータについて説明できる能力です。
――データオーナーについても情報資産管理者のように形骸化する可能性がありますし、管理自体が非現実的だということですね。また、権限管理についても、日本企業特有の課題がありそうです。
矢野氏 そうですね。ここでは、RBAC(ロールベース・アクセス制御)(※注)の「ロール」をどう捉えているかが重要です。
ユーザーの「役割(ロール)」に応じて、システムやデータへのアクセス権限を割り当てるセキュリティ管理の手法
日本では「ロール」を役職のように捉えてしまいがちですが、ロールは本来、業務上の役割、もっと言えば業務上のタスクに近いものです。例えば「経理部の正社員」というのは属性です。しかし「売掛金を処理する」というのは業務上のロールに近い。
経理部に所属しているからといって、買掛金のファイルまで見る必要があるとは限りません。どの業務を担当しているのかまで考えて権限を付与するのが、本来のロールベースの考え方です。
ところが日本企業では、部署や役職といった属性とロールが混在しているケースがあります。つまり「RBACが導入されていない」というより、RBACでいうロールを業務タスクまで落とし込めていないことが問題なのです。
――欧米ではタスクベースで仕事が主流ですが、日本では役職が先にあっていわゆる「何でも屋」的ポジションの人も多くいます。どちらのやり方が正しいかは一概に判断できませんが、少なくともAIエージェントを運用するという意味では前者の方が進めやすいということですね。では、どうすればいいのでしょうか。
矢野氏 AIエージェントは、人間よりもはるかに広い範囲の処理を自動化できます。そのため最初から大きな権限を与えてしまうと、その権限を使って想定以上の処理をしてしまう可能性があります。
――AIエージェントの暴走はここ最近のホットな話題です。
矢野氏 ですから、権限を常に持たせておくのではなく、その時点の業務や目的に応じて必要な権限を必要な時間だけ与える必要があります。
その考え方の一つが、ジャストインタイム(JIT)の権限管理です。
従来のように「この人は経理部だから、この権限を持っている」という静的な設定だけに頼るのではなく、「今、この業務をするために、このデータへのアクセスが必要なのかどうか」を動的に判断する。こうした意味で、今後はDSPM(データセキュリティポスチャ管理)とアイデンティティー・アクセス管理が融合する未来が訪れると私はにらんでいます。
――非常に大事な指摘だと思います。ただこれはメディアの肌感覚ですが、RBACの実装もままならない企業がほとんどを占めている状態で「次の時代が来た」と言われても厳しい気はしますね。
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