一方で新たな課題も見えてきた。インフラチームの川井颯人氏によると、マイクロサービス化そのものは順調に進み、モニタリングやアラートの仕組みも整備されていた。しかし、アプリケーションが複数のマイクロサービスで構成されるようになったことで、障害発生時の原因特定が難しくなってきたのだという。
当時、モニタリング、検知、アラートの仕組みを構築して、アラートを分析するためにコンテナやホストのメトリクス、関連するデータベースのメトリクスなどを取得して、監視ツールで表示させていた。マイクロサービス化によって、既存のサービスと関係なく新規サービスを開発できるようになり、またアプリチームはインフラエンジニアが介在しなくてもスビート感を持ってデプロイ、リリースできるようになった。その一方で、「従来のアプリ監視やインフラ監視では対応できなくなり、『デバッグが以前よりも難しくなった』といった声が出始めました」と川井氏は振り返る。
デバッグをする場合、インフラエンジニアはアラートが発生した箇所だけでなく、その背後にある原因を推測しながら調査を進める。ただしアプリが単一のサービスなら追跡が可能でも、マイクロサービス環境では複数のサービスが連携して動作するため、障害の発生箇所と原因が一致しないケースも増え、問題の特定が難しくなる。
そこで取り入れたのが「分散トレーシング」だ。分散トレーシングを利用することで、サービスに問題があった場合に、どのサービスで問題が起こっているかを追跡できる。「例えば、データベースの負荷が急に上がり、特定のマイクロサービスからのリクエストが急増していた場合、従来はそのサービスにつながっている多くのサービスを調べる必要がありますが、分散トレーシングなら、検索機能などを使って柔軟にスピーディーに調べることができます」(川井氏)
分散トレーシングによって、マイクロサービスをまたぐ障害の原因を追跡しやすくなった。一方で、オブザーバビリティーをさらに進める中では、新たな課題も見えてきた。当時、ウォンテッドリーではインフラ監視とアプリケーション監視に異なるツールを利用していた。その結果、障害発生時にはアプリケーションとインフラを横断して調査する必要があるものの、ツールや知見がチームごとに分かれていたことで、対応が属人化しやすいという課題もあったという。
最終的に同社では、ツールを一本化することでチーム間で協調しながら問題原因を迅速に特定できる体制を整えた。「Datadog APMを採用し、マイクロサービスの分散トレーシングを行うことで、インフラとアプリを同じプラットフォームでモニタリングすることを目指しました」と川井氏は話す。アプリチームとインフラチームで別々に実施していたモニタリングの仕組みを1つのプラットフォームに統合したことで、システム全体を横断して状況を把握しやすくなった。
田中氏は、こうした取り組みこそがオブザーバビリティーの考え方につながると説明する。「従来はCPU使用率やレスポンスタイムなど、個別のメトリクスを監視すれば対応できました。しかし、マイクロサービス化が進んだ現在では、メトリクスだけでなくログやトレース、さらにはアプリケーションの利用状況まで含めて分析しなければ原因を特定できないケースが増えています」
ウォンテッドリーでは、そうした考え方を、ブラウザ上のユーザー体験を可視化するリアルユーザーモニタリング(RUM)の活用にも広げている。同社では採用管理システム「Wantedly Hire」にDatadogのRUM機能を導入し、フロントエンドを含めたユーザーの操作状況を把握できるようにしている。
Wantedly Hireでは、企業ごとに採用フローや画面構成を柔軟にカスタマイズできる。応募者管理や選考の進め方も利用企業ごとに異なるため、同じ画面でもユーザーによって操作や利用状況が大きく変わることがある。そのためAPMだけでは「ユーザーがどの画面で、どのような操作をした結果、そのエラーが発生したのか」までは把握できないケースがあったという。RUMを活用し、フロントエンドの操作履歴や画面遷移とバックエンドのトレースを組み合わせて調査できるようにすることで、ユーザー体験まで含めて原因を分析し、デバッグにつなげられるようになった。
ウォンテッドリーがオブザーバビリティー関連で新たに検討を進めているのが、生成AIやAIエージェントのモニタリングだ。同社では全社的にAIをサービスに取り入れる取り組みを進めている。例えば、「Amazon Bedrock」を活用し、履歴書などからプロフィールを作成する「プロフィール自動生成」機能や、AIが候補者リストを提案する「AIエージェントモード」、Wantedly Hireの「AI書類選考アシスタント」などを提供している。
「こうした機能を作ってユーザーに使ってもらう上でも継続的な改善が欠かせないため、LLMオブザーバビリティーを実践するなど利用状況の把握が重要になると考えています」(田中氏)
インフラ監視から始まった同社の取り組みは、マイクロサービスの状態把握、ユーザー体験の改善、さらに生成AIやAIエージェントの品質管理へと対象を広げつつある。こうした取り組みの背景にあるのは、単に新たな技術を導入することではなく、一貫してユーザーにより良い体験を安定して届けるために、開発・運用がどうあるべきかを考えてきた結果だと言える。ビジネスの競争力を高めるために開発の生産性やユーザー体験を高めようとする企業にとって、開発・運用の仕組みを検討する上での一つの参考になるだろう。
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