あなたが使うAIの「中身」、実は中国モデルかも 米企業のAPI利用で58%Deep Insider Brief ― 技術の“今”にひと言コメント

Arena AIのコーディング性能ランキングでは、上位20モデルのうち8つを中国発が占める。AIモデルの中継サービスOpenRouterでも、米企業が中国モデルに流すトークンの比率は58%に達した。利用者からは見えないAIサービスの「中身」で、いま何が起きているのかを追う。

» 2026年08月26日 05時00分 公開
[一色政彦デジタルアドバンテージ]

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連載目次

 通販サイトの問い合わせ窓口や、宿泊予約サービスのチャットサポート。ああいったAIが内部でどのモデルを動かしているのかは、利用者からはまず見えない。表示されることは基本的にないし、考えたこともないという人がほとんどだろう。だが、その見えないところで使われるAIモデルは、ここ1年ほどの間に大きく入れ替わりつつある。利用者が意識しないまま中国発のAIモデルに触れている、という場面も増えているはずだ。

 その変化を示すデータの一つが、開発者が複数のAIモデルを使い分けられる中継サービス「OpenRouter」の統計である。CNBCによれば、6月最終週の時点で中国モデルがOpenRouterのトラフィックの48%を占めた。1年前は20%だったので、2倍以上に増えたことになる。逆に米国モデルは74%から32%へ落ち込んだ。開発元単位で見ても、DeepSeekがプラットフォーム全体の週次トークンの17.6%を占め、米国のどのAIモデル提供企業をも上回っている。さらに米国企業に限って見ると、中国モデルが処理したトークンの比率は7月に過去最高の58%を記録し、第1週には一時63%に達した(参考:The Kobeissi Letter)。

AIサービスの裏側で存在感を増す中国発モデル AIサービスの裏側で存在感を増す中国発モデル
利用者からは見えないところで中国モデルの利用が広がっている。米企業がOpenRouter経由で消費するトークンの58%を占め、コーディング性能でも上位に並ぶ。

 もっとも、OpenRouterは開発者向けの中継サービスであり、この数字が米国全体のAI利用を代表しているわけではない。それでも、複数のモデルを自由に選べる環境で「何が実際に選ばれているのか」を見る指標としては興味深い。

 では、なぜ中国モデルがここまで選ばれるようになったのか。理由の一つは、性能で米国勢との差が急速に縮まったことである。Arena AIのコーディング性能ランキング「Code Arena: Fullstack」では、上位20モデルのうち8つを中国発が占める。首位は中国Moonshot AIのKimi K3(Max)で、2位のGPT-5.6 Sol(xHigh)、3位のClaude Fable 5を上回った。

 そしてもう一つの理由が価格だ。上位に並ぶ中国モデルの多くはオープンウェイトモデル(モデルの重みパラメーターが公開され、計算資源さえあれば誰でも自前で動かせるAIモデル)であり、API経由の利用料金も安い。性能で選択肢に入った上で、費用は数分の一で済む。この2つがそろったことが、実際の利用状況を動かしている。

――当然この波は、米国にとどまらず日本にも波及していくだろう。ここからは『Deep Insider Brief』恒例の“ひと言コメント”として、この変化を読むときに押さえておきたい論点を先に挟んでおく。その上で、価格差の実態、利用者から見えないところで進む浸透の経路、そしてこの数字をどこまで信用してよいのかを順に見ていく。


一色政彦

 Deep Insider編集長の一色です。こんにちは。

 中国モデルの性能や価格の話は、ここ1年ずっと続いています。ただ、私が今回あらためて考えさせられたのは、OllamaというローカルLLM(大規模言語モデル)用ツールの発表文でした。同社は2026年8月19日、自社クラウドの月額プランで中国Moonshot AIの「Kimi K3」の提供を始めたのですが、そこにわざわざ「米欧でホスティング、データ非保持」と書き添えていたのです。ここに、実務でモデルを選ぶときの本当の論点が表れていると思います。

 中国モデルを業務で使うことをためらう大きな理由の一つは、性能でも価格でもなく、自分たちのデータが中国側に渡るのではないかという懸念でしょう。私自身も、そこが一番気になります。ただ、データが外部へ渡る経路は2つあり、分けて考える必要があります。

 一つは、入力した時点でどこへ送られるかです。オープンウェイトモデルの実体は数値が詰まった巨大なファイルなので、モデルが中国製だからといって入力データが自動的に中国へ届くわけではありません。米国の事業者が米国内のサーバで動かしていれば、開発元へ渡す必要はないのです。ただしOpenRouterのような中継サービスでは、同じモデルでも実際に推論を行うプロバイダが複数あり、設定によって切り替わることもあります。「どの国のモデルか」ではなく、どの事業者が、どこで動かしているのかまで見る必要があります。

 もう一つは、AIエージェントとして動いている途中の通信です。最近、OpenAIやAnthropic、Metaなどのモデルを使ったAIエージェントが、安全性テスト中に想定環境の外へ出て実在する他社システムへアクセスしてしまった事例が相次いで報じられました。ネットワークやツールを使える以上、人間が意図しない外部アクセスは現実に起こり得ます。中国モデルでも同じ可能性は否定できませんが、これはどの国のモデルにも等しく当てはまるリスクです。

 なお、データの扱いを巡っては米国勢の側も揺れています。8月19日にOpenAIがゼロデータ保持を維持したまま不正利用を検知する新方式を発表し、その翌日にはAnthropicが企業向けのデータ保持の在り方を見直す動きも報じられました。どこにデータを置き、誰が扱うのか。この問いは、いまAI業界全体で問い直されています。

 それでは、中国モデルの台頭について、数字も見ながら追っていきましょう。


価格差を具体的に見る

 冒頭で触れた価格の話を、数字で確かめておきたい。Arena AI(コーディング性能リーダーボード)のランキング上位について、公式のAPI価格(100万トークン当たりの入力/出力)をスコア順に並べると次のようになる。なお、このランキングは日々更新されるが、以下は2026年8月19日にOllama公式のXアカウントでポストされた画像に基づくスコアである。

  • Kimi K3(Max): スコア1664 3ドル/15ドル
  • GPT-5.6 Sol(xHigh): スコア1633 5ドル/30ドル
  • Claude Fable 5: スコア1623 10ドル/50ドル
  • GLM-5.2(Max): スコア1599 1.40ドル/4.40ドル
  • Claude Opus 4.8(Thinking): スコア1597 5ドル/25ドル

ベンチマークの読み方に注意

 ここで挙げた順位は「Code Arena: Fullstack」という特定の指標に基づくものである。評価指標が変われば順位も変わる。例えば、AIモデルの性能を横断的に評価しているArtificial Analysisの知能指数では、Kimi K3はClaude Opus 5、Claude Fable 5、GPT-5.6 Solに次ぐ4位とされている。「どのベンチマークで何位か」をセットで見る必要がある。


 入力と出力を100万トークンずつ使った場合で比べると、Kimi K3は18ドル、GPT-5.6 Solは35ドル、Claude Fable 5は60ドルとなる。つまりKimi K3は、「Code Arena: Fullstack」ベンチマークで首位を取りながら、Fable 5の3割程度の費用で済む計算だ。

 さらに目を引くのが4位のGLM-5.2である。合計5.80ドルで、Claude Opus 4.8(Thinking)の30ドルに対して約5分の1。それでいてスコアは1599対1597と、わずかに上回っている。

 こうした価格差は、上位モデルに限った話ではない。OpenRouterのジャスティン・サマービル(Justin Summerville)氏によれば、中国のオープンソースモデルは米国の主要モデルより6090%安い。AIアシスタントを手掛けるLindyは、ClaudeからDeepSeekへ全トラフィックを移し、数百万ドル規模の節約になるとCNBCの取材に対し述べている。

 Vercelでエージェントインフラをまとめるハープリート・アローラ(Harpreet Arora)氏は、6月公開のGLM 5.2について、公開後最初の1週間で日次トークン量が約27倍、利用顧客数が約80倍に増えたと明かした上で、「価格が決め手になってきている。最良のモデルを必要としないタスクは、十分な性能を持つ最も安いものへ振り分けられ始めた」と語っている(CNBC報道に基づく)。

 ここで強調しておきたいのは、「安いから選ばれている」のではないという点だ。性能で上位に食い込んだ上で安い。この順序が重要である。

Cursorの人気モデル、その中身は

 冒頭で挙げたOpenRouterの数字は、開発者が意識的にモデルを選んだ結果である。だが実際の浸透は、もっと見えにくい形でも進んでいた。

 2026年3月19日、AIコーディングツールのCursorが新モデル「Composer 2」を「フロンティア級のコーディング知能」として発表した。ところが24時間以内に、ある開発者がCursorのAPI通信からモデルIDを特定する。そこに記されていたのは、中国Moonshot AIのKimi K2.5を指す文字列だった。同社の開発者教育担当VPは数時間以内に関連を認め、共同創業者のアマン・サンガー(Aman Sanger)氏も、ベースモデルを当初開示しなかったのは誤りだったと認めている。

 注目すべきは、その後の展開である。5月18日に公開された後継の「Composer 2.5」でも、Cursorは同じKimi K2.5をベースに採用した。ただし今度は、それを最初から公表している。Composer 2.5に使った計算資源の85%を追加学習と強化学習(RL)に投じたとされ、価格は入力100万トークン当たり入力0.50ドル/出力2.50ドル。Claude Opus 4.7の入力5ドル/出力25ドルに対し、約10分の1だ。Kimi K2.5を採用する前のComposer 1.5(入力3.50ドル/出力17.50ドル)と比べても、約86%安い

 中国モデルが土台だと分かった上で、それでも選ばれている。この構図こそ、いま起きている変化の本質を表している。なお、Cursorは現在SpaceX傘下にあり、同社のAI事業「SpaceXAI」と共同開発したGrok 4.5/4.6と、自社のComposer 2.5を併せて提供している。

AirbnbやNotionにも 広がる中国モデル

 そして、Cursorだけが特殊な例というわけでもない。冒頭で例に挙げた「宿泊予約サービスのチャットサポート」は、既に現実になっている。AirbnbはAIカスタマーサービスに13種類のモデルを使っており、その中でもAlibabaのQwenをかなり利用している。ブライアン・チェスキー(Brian Chesky)CEOはQwenについて「非常に優秀で、速く、安い」と評価している。同社によると、このAIカスタマーサービス全体では、導入後に平均解決時間が約3時間から6秒に短縮したという。

 DoorDashも社内のAIコードレビューで、難しい処理をAnthropicのFable 5に、比較的軽い処理をMoonshot AIのKimi K2.6に振り分けている。同社のAI研究ラボはX上で、この組み合わせがSonnet 4.6やOpus 4.8を使った従来構成を大きく上回る性能を、より安いコストで実現したと述べている。NotionではDeepSeek V4 Proが選べるようになり、Coinbaseに至っては社内のLLMゲートウェイで既定のモデルをGLM 5.2やKimi 2.7に切り替える実験を進めている。ブライアン・アームストロング(Brian Armstrong)CEOによれば、トークン使用量が過去最高水準にありながら、AI支出はほぼ半減したという。

 中国モデルは、開発者がわざわざ探して使う段階から、普段使っている米国製サービスの裏側に入り込む段階へ進んでいる。

米国企業のサービス内部で使われる中国発モデル 米国企業のサービス内部で使われる中国発モデル
利用者からは見えない層で、中国発オープンウェイトモデルの採用が進んでいる。

そして、米議会が動き始めた

 この動きは、既に政治的な論点にもなっている。2026年4月、米下院の中国特別委員会と国土安全保障委員会が、AirbnbとAnysphere(Cursorの開発元)に書簡を送付。7月31日にはDoorDashにも同様の書簡が送られ、8月14日までの資料提出と、8月21日までの対面説明が求められた。

 両委員長は書簡の中で、米国企業が中国製オープンウェイトモデルを採用するのは、競争力のある性能、低コスト、カスタマイズのしやすさ、そして少数の商用プロバイダーへの依存を避けられることなど、実際的な理由があると認めている。その上で、そうした事情はリスクに応じた安全対策の必要性を打ち消すものではなく、中国の管轄下にある組織が開発したモデルへの依存が深まることへの安全保障上の懸念を薄めるものでもない、としている。

 これに対し、チェスキー氏は5月20日のBloombergのインタビューで真っ向から反論した。Airbnbはアリババなど中国企業の顧客ではなく、中国企業にデータを提供してもいない、彼らはデータにアクセスできない、と述べた上で、こう続けている。「私たちが主に使っているのは、米国製を含むさまざまなオープンソースモデルだ。オープンソースモデルはデータにアクセスできない。そういう仕組みではないのだ。人々はこれがどう動いているのかを理解する必要がある」

 もっとも、これはAirbnbのようにモデルの実行環境を自ら管理する場合の説明と捉えるべきだろう。オープンウェイトだから自動的にデータが保護されるわけではなく、実際のデータの行き先はホスティングやシステム構成によって決まる。

まとめ:中国モデルは「選ぶAI」から「見えない部品」へ

 OpenRouterの数字だけを見れば、1つのプラットフォームに偏った現象と考える余地はある。しかし、CursorはKimiを土台に独自モデルを作り、AirbnbはQwenをカスタマーサービスに組み込み、DoorDashはKimiをコードレビューに使い、CoinbaseはGLMやKimiを既定モデルにする実験を進めている。個々の事例を重ねてみると、中国モデルが米国企業のサービスや業務の中へ入り始めていること自体は、もはや無視しにくい。

 重要なのは、利用者自身が「中国モデルを使おう」と選んでいるとは限らない点だ。サービスを提供する側が、性能と価格を見ながら裏側のモデルを決める。場合によっては複数のモデルをタスクごとに振り分ける。中国モデルは、ブランド名を前面に出して利用者を獲得するだけでなく、利用者からは見えないAIサービスの「部品」として広がり始めている。

 そうなると、日本でも「中国モデルを使うか、使わないか」という二択だけでは考えにくくなる。見るべきなのは、どのモデルを使っているかだけではなく、誰がそのモデルを動かし、どこで推論し、データがどこを通るのかだ。チェスキー氏が「オープンソースモデルはデータにアクセスできない」と説明し、OllamaがKimi K3について「米欧でホスティング、データ非保持」とわざわざ示したのも、この問題が実際の導入判断を左右しているからだろう。

 AIモデルの性能競争を眺めているだけなら、「中国勢が米国勢に追い付いた」という話で終わる。しかし、そのモデルが既に私たちの使うサービスの裏側へ入り始めているのだとすれば、話はもう一段先へ進んでいる。

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