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紙の日報3万8400枚がゼロに 自動車部品メーカー東亜工業の「現場主導DX」未経験からの内製開発

自動車・住宅部品の総合メーカーとして、国内外に拠点を展開する東亜工業。最先端のスマート工場を擁する同社において、年間3万8400枚に上る紙の作業日報は唯一残された大きな「アナログの壁」となっていた。この課題を解決するために立ち上がったのは、アプリ開発未経験の若手メンバー。現場に寄り添った地道な改善を積み重ね、リアルタイムな生産実績の把握とトレーサビリティーの強化を実現した軌跡を追う。

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30年以上の業務慣行として残されていたアナログ業務

 東亜工業は、自動車および住宅向け部品の製造を手掛ける先行技術開発型メーカーだ。特に自動車部品では、衝突安全性を確保するボディー骨格部材やサスペンション周辺部品を主力製品とし、開発初期の技術検討から量産まで一貫して対応する体制を整えている。いわゆる「Tier1」の部品メーカーとして、大手自動車メーカーへの供給を拡大し、国内4工場に加えて米国にも生産拠点を展開している。

 東亜工業が自動車部品事業の最新鋭スマート工場として2021年に稼働させたのが、群馬県太田市の世良田工場だ。

写真1

 広大な工場の建屋内には、何十台もの産業用ロボットや大型プレス機、AGV(無人搬送車)などが設置された職場(セル)とそれらをつなぐ生産ラインが構成され、高品質・高精度のボディー骨格部材が次々に作り出されている。溶接、塗装、プレスといった人体への負荷が高い工程は自動化されており、人間がそれらの危険ゾーンに立ち入ることはない。人間の役割は、パネルの操作と稼働状況の監視、判断と最終の品質チェックのみ。まさに“未来”のイメージそのものだ。

 ところが、そんな時代の最先端を行く工場内にあっても、アナログな業務は残されていた。それは作業日報に関するものだった。

 世良田工場をはじめ、同じ群馬県太田市内にある本社工場、由良工場、新田東工場の4工場では、複数の生産ラインが深夜まで稼働している。延べ160のセルで従業員は2交代制で勤務している。稼働状況にもよるが、多い時でそれらの紙の日報記録は日に160枚。年間に換算すると、約3万8400枚という膨大な枚数だ。現場ではこの処理に多大な工数と時間を費やしていた。

井垣氏
井垣諭孝氏(東亜工業 自動車事業部 DX推進室 室長)

 DX推進室 室長の井垣諭孝氏はその頃の様子を「各職場の作業日報は翌朝に回収され、監督者の確認と押印を受けた後、事務担当者が基幹システムへ手作業で転記する流れになっていました。このため生産実績が把握できるのは、さらにその日の午後以降でした」と振り返る。

 そしてもう一つ、作業日報業務には課題があった。書面の手書きに起因する入力ミスだ。工場には、多いときで12カ国にも及ぶ外国人スタッフが従事している。彼らにはそれぞれ育った文化特有の数字の書き方があり、日本人にとって判読が難しいケースが少なからずあった。

 「入力や集計ミスが発生するたびに、現場の責任者や担当者への問い合わせ、基幹システムのデータ修正などが必要となり、生産現場と事務部門の双方に無駄な工数が発生していました」(井垣氏)

 なぜこのような非効率なアナログ業務が残されたままになっていたのだろうか。その原因をDX推進室 次長の岩崎修一氏(崎はつくりが「立」に「可」の“たつさき”)は「30年以上続いていた業務慣行だったこともあり、現場では『それが普通の仕事』という認識が定着していたのです」と指摘する。

 日常の当たり前すぎる業務だけに、改善や変革の対象と見なされない。多くの企業にとっても、これはよくある盲点ではないだろうか。

FileMakerを用いた電子日報アプリ開発が始動

 この課題をいつまでも先送りにするわけにはいかない。東亜工業が全社的に進めている工場のスマート化の重大なボトルネックとなりかねないからだ。そこに危機感を募らせたのが、井垣氏の率いるDX推進室と生産管理部だった。2023年の組織発足とほぼ同時に、作業日報を電子化する取り組みを開始した。

 「タブレットでの作業日報入力を実現することが出発点でした」(井垣氏)

 電子日報アプリ開発にあたり、DX推進室のメンバーは複数ベンダーのローコード/ノーコード開発ツールを検討。最終的に選んだのが、「Claris FileMaker」(以下、FileMaker)だった。

岩崎氏
岩崎修一氏(東亜工業 自動車事業部 DX推進室 次長。崎はつくりが「立」に「可」の“たつさき”)

 「画面遷移やデータ保持の仕組みづくりなど、現場でしっかり使ってもらえるWebベースの電子日報アプリを提供するために必要な機能を、FileMakerなら実現できると感じました。加えてプロトタイプを自分たちで用意し、ユーザーに実物を提示しながら説明できるメリットも大きかったです」(岩崎氏)

 導入の決め手となったのは、タブレット(iPad)で入力できることに加えて「現場の多種多様な要望に応じられるカスタマイズ性」「学習コストを抑えつつ短期間で習熟できること」「高度な仕組みをスクリプトで構築できること」「アジャイルによる現場要望の実現」などのポイントだった。

 「先行して住宅事業部(現インフラ事業部)がFileMakerを活用していたことも、アプリ開発内製化へのハードルを下げる要素となりました」(井垣氏)

 使用するタブレットは、当初はコスト面を重視してAndroidデバイスを検討していたが、技術的な壁に突き当たったという。

 「多くのAndroidタブレットでは、スリープ機能を無効にすることができず、時間設定によりスリープ状態になってしまいます。工場内の各職場では、ほぼ1時間に1回の間隔で作業日報に記録するため、一定時間でスリープしてしまうとそのとき入力途中だったデータが全部消えてしまう問題が起こります。そこでiPadを採用しました。iPadとの相性からもFileMakerが適していると判断しました」(岩崎氏)

現場と一体となった地道な改善が奏功

佐久間氏
佐久間拓海氏(東亜工業 自動車事業部 DX推進室)

 電子日報アプリ開発の最前線に立ったのは、DX推進室内の若手メンバーである佐久間拓海氏だ。「理系の学部出身ではあるものの、FileMakerはもとよりアプリ開発自体もまったくの未経験からのスタートでした。帰宅後もClaris公式YouTubeで動画を見て自主学習を重ねながら、スキルの習得に努めました」と言う。

 こうして開始した開発フェーズで東亜工業が最も重視したのは「現場の負担を絶対に増やさない」ことだ。現状での手書きよりも入力に手間や時間がかかるなら、現場のスタッフは使いたがらないだろう。

 佐久間氏は何度も生産現場に足を運び、改良に次ぐ改良を重ねた。

 「各職場の担当者から『こんな機能が欲しい』『こういう仕様にしてほしい』といった要望を直接ヒアリングし、前回入力値の初期表示や職場・作業者情報のプリセットなど、『確認して押すだけ』で入力を進められるUI(ユーザーインタフェース)にこだわり、FileMakerに反映してきました。出来上がった画面を現場で見せたところ『これなら簡単で入力が早くなるね』と喜んでもらえたのが本当にうれしく、さらなる改善に向けた大きなモチベーションになっています」(佐久間氏)

 アプリに実装したさまざまな機能やその改善が、実際にどのような効果をもたらしたのかを把握するために、佐久間氏は現場にストップウォッチを持ち込んで、入力時間の変化を計測している。

 「私たちが作ったアプリを一方的に押し付けるのではなく、こうして各職場の担当者と一体となって地道な改善を繰り返してきたことが、『現場で使われるアプリ』の実現につながっていったと考えています」(岩崎氏)

AI技術との連携にも大きな意欲

 電子日報アプリの開発を進める一方で、東亜工業は複数のアクセスポイントを設置し工場内をくまなくカバーするメッシュWi-Fi環境や、電子日報アプリに入力されたデータを基幹システムにリアルタイムに反映する仕組みなど、インフラ面の整備も同時に進めていった。

 そして2024年の冬、全てのセルに電子日報アプリを展開。現在、4つの工場では200台以上のiPadが稼働している。

作業日報
作業日報の登録画面(提供:東亜工業)《クリックで拡大》
入力風景
セルで作業日報を入力する様子

 「年間約3万8400枚に上っていた紙の作業日報は完全になくなりました。各拠点の事務担当者が担っていたデータの入力、転記作業もほぼゼロとなり、より付加価値の高い業務へのシフトが実現しています。同時に、翌々日午後まで待たなければ分からなかった生産実績が、入力と同時にリアルタイムで把握できるようになりました」(井垣氏)

 従来のデータ入力作業は「事務担当者3.5人×8時間×20日=560時間/月」もの工数がかかっていたという。これが「ほぼゼロ」になったのだから、得られた効果は絶大だ。電子日報アプリを通じて基幹システムに蓄積されたデータは、出荷管理や品質管理といった業務でも活用されている。

 「不良品が発生した場合は、日報データと出荷記録を照合することで該当ロットを即座に特定し、お客さまへ迅速に報告できる体制が整いつつあります。人の安全に直結する自動車部品メーカーの責務として、こうしたトレーサビリティーの強化は何よりも重要な成果と言えます」(岩崎氏)

 もちろん、これがゴールとなるわけではない。現在、DX推進室が中心となって注力しているのは、生産実績データの可視化だ。

 「FileMakerのグラフ機能とJavaScriptを活用してダッシュボードを試作しました。これと並行して、世良田工場と由良工場の工場長席の脇に大型モニターを設置して、主要製品の生産進捗(しんちょく)状況をリアルタイムで確認できるデジタルサイネージ環境を整えました」(井垣氏)

 FileMakerを用いたアプリ開発も、その対象を広げている。

 「金型メンテナンスに関する作業日報の電子化や、設備予備品の在庫管理システム、休暇申請システムなど、さまざまな部署からの要望を受けながら順次アプリ開発を進めています。短期間でのリリースや変更対応の柔軟性など、FileMakerを使うメリットが全社レベルで高く評価され始めました」(岩崎氏)

在庫詳細画面アクセスする様子 左:保全予備品在庫管理システムの在庫詳細画面(提供:東亜工業。クリックで拡大)、右:保全予備品の2次元バーコードを読み取り、在庫管理システムにアクセスする様子

 AI(人工知能)技術との連携にも大きな意欲を見せている。蓄積された生産設備の稼働データからラインの停止原因を分析して予兆保全・予知保全につなげたり、消耗品の在庫管理を自動化したりといった活用を視野に入れている。

 「最新バージョンの『Claris FileMaker 2025』は、さらにパワフルなAI機能が搭載されたと聞きました。生産現場からもさまざまなデータの分析・活用にAIを役立てたいという相談を受ける場面が増えました。そうした要望にもしっかり応えられるよう、個人的にも先行してAI技術に関する知識とスキルの習得に努めています」(佐久間氏)

 DX推進室のメンバーは意気軒高だ。FileMakerを「現場の意志に寄り添うプラットフォーム」と位置付け、全社的なDXをさらに加速させようとしている。

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※営業・勧誘活動を目的とした東亜工業への連絡は固くお断りいたします。

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提供:Claris International Inc.
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2026年5月16日

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