NTTの次世代通信基盤構想「IOWN」の中核技術であるAPNを使ったオリンパスの実証実験を通じ、企業ネットワークにおけるAPN活用の可能性を考える。
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IOWN(Innovative Optical and Wireless Network:アイオン)は、NTTが2030年の実現を目指して研究開発を進めている次世代通信基盤構想だ。APN(All-Photonics Network)はその中核である。従来のネットワークと比較して電力効率を100倍、伝送容量を125倍、エンドツーエンド遅延を200分の1にするという目標が掲げられている。
従来のネットワークは、ルーターやスイッチとそれらを結ぶ光回線で構成されている。光回線からの信号はルーターなどに入ると電気信号に変換され、ルーティング処理された後に再度光信号に変換されて回線に送出される。このような光電変換と処理が伝送の途中で何度も行われるため、遅延が大きくなる。
これに対してAPNはエンドツーエンドを光波長専用線で接続するため、光電変換や通信処理が不要となり、超高速/超低遅延が実現できる。電気信号を使わないので、消費電力も大幅に削減できる。
APNは既に、APN専用線として2023年から商用サービスが始まっている。
今回はオリンパスとNTTが2024年3〜11月に行ったAPNによるクラウド内視鏡システムの実証実験の内容を基に、企業ネットワークでのAPN活用の可能性を考える。
実証実験については、オリンパス Cloud Strategy&Planning, Global マネージャー土屋公輝氏、NTT IOWN推進室 担当課長 吉田 寛氏、同IOWNプロダクトデザインセンタ(※)担当部長 酒井崇充氏、同IOWNプロダクトデザインセンタ担当課長 太齋秀樹氏に話を伺った。
オリンパス土屋氏によると、通常の内視鏡システムでは内視鏡スコープで撮影する映像の色再現やエッジの強調などのさまざまな映像処理は、その場にある内視鏡装置で行う。ハードウェア依存が強いため、スコープの高性能化への追随や映像処理の高度化などの市場変化や市場要求に柔軟かつ迅速に対応することが難しいという課題がある。将来のリアルタイムな遠隔診断や治療などの新たなニーズへの対応も難しい。
クラウド内視鏡システムはこれらの課題を解決するため、映像処理など処理負荷の高い機能を高性能なGPU(Graphics Processing Unit)を持つクラウドに持たせるものだ。ハードウェアに縛られないソフトウェアデファインドな仕組みであるため、機能や性能を柔軟に向上できる。
一方で内視鏡スコープで診察や治療を行う術者とクラウド内視鏡システムが距離的にかなり離れるため、クラウドで処理された映像が術者のモニターに表示されるまでの遅延時間が長いと違和感を与えてしまう。今回の実証実験では、映像データ4K/60fps(frames per second:フレームレート)の伝送に伴う遅延値を映像の1フレーム以内=16ms(ミリ秒)以内にすることを目標とした。
下図は、そのネットワーク構成だ。
今回のAPNは商用ネットワークではなく、NTTが用意した実験網を使用した。NTT IOWN推進室 吉田氏によると、実験網は商用ネットワークと同等のAPNで、約150キロ離れた拠点間をPoint to Pointで接続するシンプルな構成だ。
スコープで写された映像は非圧縮でクラウドのサーバに転送され、処理済み映像が術者のモニターに表示される。実験の結果、遅延値は1.1msとなり、目標の10分の1未満で転送が可能であることが実証された。
エッジデバイスと150キロ離れたサーバ間で術者に違和感のない映像処理と転送がAPNで可能であることが確認でき、広域エリアの病院を1カ所のクラウド内視鏡システムでカバーできる可能性が示された。今後オリンパスとNTTは、クラウド内視鏡システムの本格的実現に向けて共同で検討を進めるそうだ。
以下の記述は、オリンパス、NTT IOWN推進室、同IOWNプロダクトデザインセンタへの取材の範囲外であり、筆者がNTT東日本およびNTTコミュニケーションズが公開しているニュースリリース、サービス契約約款を調べた結果に基づいている。
オリンパスの実証実験のネットワークを商用サービスで構成した場合、どのくらいの費用がかかるのだろうか。IOWN APNの商用サービスには、NTT東日本、NTT西日本の「All-Photonics Connect」と、NTTコミュニケーションズの「APN専用線プラン powered by IOWN」がある。どちらも2拠点間をPoint to Pointで接続する。
All-Photonics Connectは、使用する回線終端装置のタイプによってタイプ1〜4の4種類がある。
NTT東日本のAll-Photonics Connect契約約款は「LAN型通信網サービス契約約款」の中に「第5種サービス(All-Photonics Connect)」として示されている。
それによると品目(回線速度)は、10Gbpsから10Gbps刻みで100Gbpsまでと、200Gbps、300Gbps、400Gbps、800Gbpsがある。タイプ1は回線終端装置に1本の端末インタフェースしか持たないもので、インタフェースの速度は10Gbps、100Gbps、400Gbpsから選択できる。タイプ2は複数の10Gbpsインタフェースを利用でき、品目は10Gbpsから100Gbpsを選択できる。タイプ3は複数の100Gbpsインタフェースを利用でき、品目は100Gbpsから400Gbpsが選べる。タイプ4は複数の400Gbpsインタフェースを利用でき、400Gbpsまたは800Gbpsの品目を選択できる。
オリンパスの実証実験と同じ構成であるタイプ1の100GbpsでAll-Photonics Connectを使うと、料金はどの程度になるだろう。約款には「第5種サービスの基本料は、基本額にその態様に応じて加算額を合算したものを適用」「基本額は、1のLAN型通信網契約につき、そのLAN型通信網契約にかかる中継回線の距離が35キロまでごとに適用」とある。
基本額は100Gbpsの場合、180万円(税別、以下同)/月/35キロだ。オリンパスの実証実験は拠点間が約150キロなので、35キロの4倍として720万円/月ということになる。中継回線を二重化する場合は、二重化部分の回線も35キロごとに同じ料金がかかるので、2倍の1440万円/月になる。
NTTコミュニケーションズの「APN専用線プラン powered by IOWN」は、「Arcstar Universal One イーサネット専用線サービスのメニュー(OTU4インタフェース)」としてサービス提供されている。品目は100Gbpsだけだ。Universal Oneサービス契約約款 129ページの料金表によると、シングルクラス(冗長化なし)で距離区分40キロまでが240万円/月、150キロまでが1800万円/月となっている。オリンパスの実験構成だと、この費用がかかることになる。冗長化されたデュアルクラスだと3000万円/月だ。
商用サービスのAPNを使って、オリンパスの実証実験と同じネットワークを作ると、NTT東日本のAll-Photonics Connectで720万円/月(冗長化なし)、NTTコミュニケーションズの「APN専用線プラン powered by IOWN」を使うと1800万円/月(同)かかることが分かった。商用APN(All-Photonics ConnectとAPN専用線プラン powered by IOWN)は、超高速、超低遅延だが、「超高価」でもある。
企業ネットワークのこれまでの用途では、APNの超高速や超低遅延は必要ない。オリンパスの実証事例のように、これまでにない使い方で価値を発揮する。しかし問題は「採算性」があるかどうかだ。技術的に可能なことでも、経済的に成り立たなければ実用化できない。
APNはデータセンターをマルチデータセンター化する、といった使い方も実験されているようだ。桁違いの高速や低遅延を生かし、実用できる用途を広げるには、採算性のハードルを下げる低価格化が必要だと思う。
回線サービスとしてPoint to Pointしかできないのは使い勝手が良くない。例えば、1カ所のクラウド内視鏡システムで多数の拠点にサービスを提供するなら、Point to Multi-Pointが可能なこと、つまりAPNネットワーク内にスイッチの機能があることが望ましい。使い勝手が良くなるだけでなく、効率化、コスト削減にもつながるだろう。
APNの低価格化と使い勝手の向上で、ネットワークの新しい分野が開拓されることを期待したい。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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