第3回 ヒューマンファクターを忘れてはならない


布施 圭介
ソーバル株式会社
ワイヤレス事業部
フィールドエンジニアリンググループ
ユビキタスプラットフォーム開発チーム
課長
2007年7月18日


 “人間要素”に対するチューニング

 ここまで、あえてある要素に触れずに説明してきました。すでにお気付きかもしれませんが、その要素とは人間です。RFIDシステムを使う人間という要素に触れなかったのには理由があります。それは複雑かつ不安定だからです。

 前回までは、人間要素がほとんどない、もしくは少ない例で説明してきました。各要素をパラメータとして数式化し、最適解を求めることでチューニングできることを示すためです。

 ところが、今回の例題のような「工場などの作業現場における工程情報収集システム」では人間が主役になります。最大の要素でもありますので、無視し続けるわけにはいきませんが、人間のパラメータ化は難しく、個人差も大きいので最適解も一定ではありません。

 人間要素に対するチューニングとはメリットや使いやすさの追求といえるでしょう。至極もっともで簡単なことのようですが、この基準が個人ごとに異なるために、数値化によるチューニング方法では通用しません。ある人にメリットがあってもほかの人には不要かもしれませんし、ある人には使いやすいシステムがほかの人には使いにくいことも往々にしてあります。

 完全に新規のシステムの場合、既成概念なしに使い方を覚えてもらえるかもしれません。ところが、既存システムへのRFID適用による効率化の場合は、既存システムの習熟者が使いやすいシステムにしない限り使ってもらえないでしょう。使い慣れたものを捨てて新たに覚え直してもらうためには、その手間に勝るメリットを感じさせる必要があります。これはとても高いハードルです。

 まず、管理者の立場で考えてみましょう。管理者は、作業状況を管理し、最善の結果を出すことを目的とします。システムにRFIDを組み込むことで、読み書きの結果がすべてデータベース化され、進ちょくや管理情報などをリアルタイムに監視できます。正確に、詳細に情報を収集する能力はRFIDの最大の特徴といってよいでしょう。従って、管理者にとってRFIDはメリットの分かりやすい技術です。

 一方、作業者は担当の作業を効率よく行うことが目的です。作業者には、RFIDで自動入力されるデータ以外を手動で入力することが求められる可能性があります。この入力作業は管理者の立場では必要なものですが、作業者本来の作業ではありませんので、不要で邪魔な追加作業に感じられることでしょう。

 システムの導入や更新は、システム管理者や作業管理者などが率先している場合が多いと思われます。その場合、どうしても作業者側の立場を軽視してしまいがちです。特に管理データ入力では「それが必要だから」と強要してしまうと作業者には使いにくいシステムになってしまいます。必要なデータなら少ない負担で入力してもらう工夫が大切ですし、それこそがシステムのチューニングといえるのです。

 RFIDの特徴を知り、それを生かす

 第1回で、RFIDとは“現実世界とコンピュータ間のインターフェイスである”と紹介しました。RFIDは、現実世界にある情報をデータ化してコンピュータに入力する際に力を発揮します。

 ところが、逆方向のインターフェイスとしては有用ではありません。つまり、現実世界で情報を必要とする存在である“人間”に対してRFIDタグはインターフェイスとして働きません。情報の“見える化”におけるRFIDの役割はデータ入力装置です。データ出力装置は、ディスプレイやプリンタなどの異なるシステムに頼らざるを得ないのです。

 RFIDタグへの置き換え対象となる手書きやバーコード(QRコード)は、RFIDと異なる性質を持っています。使う側から見たそれぞれの特徴について考えてみましょう。

●手書き

 手書きの文字は人が読めます。内容は、物品名であったり、物品コードであったり柔軟です。また、筆記用具があれば追加で書き込みができます。とても原始的ですが、特別な機材を用いなくても読み書きができ、特別な訓練を行わなくても利用できます。

●バーコード

 バーコードの情報は、そのままでは人が理解できません。しかし、多くの場合、バーコードとともに必要な情報が文字として印刷されており、目で確認できます。また、バーコードリーダを使えば、情報はデジタルデータとしてコンピュータに認識されます。ただし、格納できる情報量は少なく、一度印刷されたバーコードに後から情報を追加することはできません。

●RFID

 RFIDに書き込まれた情報は、直接、目視することも理解することもできません。見た目もICカード形状、ラベル、シール、キーホルダーなどさまざまに異なります。データを読み書きするためにはリーダ/ライタが必要です。読み取った結果は端末の画面で確認します。

 後からRFIDタグに情報を書き込むことが可能です。書き込むためには、データベースの仕様に従った操作を覚える必要があります。なぜならば、書き込み作業とはデータベース登録そのものだからです。その代わり、デジタルデータとしては扱いやすく、情報の管理や分析を速く正確に行うことができます。

図2 使う側から見た「手書き」「バーコード」「RFID」の特徴

 上記の分析から分かるように、RFIDはデータを収集し、データベースを参照する管理者側にメリットが大きく、データを入力する作業者側には使いにくいと思われがちです。まして、RFID導入に伴って、より細かい情報を収集するために作業者にデータ入力を行ってもらうこととなると、作業者側の心理としてRFIDは分かりにくく余計な操作が必要なものとの印象が強くなってしまいます。このような状態を回避するためにも、作業者にとってのメリットを提示することがとても重要です。

 作業者にとってのメリットとは何でしょうか。RFIDの特徴とは、一括読み取りやモノの影にあってもRFIDタグを読めることです。このような特徴を作業者の使い勝手の向上につなげる工夫が大切になります。例えば、物品を棚に置いたままでの読み取り、袋やケースに入ったままでの読み取りは作業負担の大幅軽減というとても分かりやすいメリットです。

 置き換えよりも併用を考える

 ところで、手書きやバーコードとRFIDは共存できないのでしょうか。お互いに得意なところを担当し、不得意なところをカバーし合えば、使いやすい仕組みができそうです。従来の方法からRFIDへの置き換えではなく、併用を考えてみましょう。

 視線の通っていないところにあるRFIDタグを読み取ることが可能なRFIDですが、もしも見えていないRFIDタグでエラーが発生したら、どうやって気付けばいいでしょうか。そもそも、該当するRFIDタグが存在しているのかどうかすら分かりません。

 このような場合、RFIDの読み取り範囲を限定したうえで、その範囲内にあるRFIDタグの個数を事前に知っておく必要があります。例えば、手書きの伝票などで個数を表示しておいて、RFIDタグの読み取り個数とマッチングを行うことなどは、併用の良い例です。

図3 「手書き」と「RFID」を併用することでメリットが高まる

 読み取りとデータベース化はRFIDで行い、エラーリカバリーはバーコードを用い、連絡事項などは手で書き込めばパフォーマンスが向上するだけでなく、従来システムに習熟した作業担当者にも抵抗なく使ってもらえると思います。

 今回は、RFIDの技術的な部分だけでなく、システム全体に着目したチューニングについて説明しました。特に使う側の立場に立ったチューニングは重要かつ困難な課題です。これには絶対的な正解や方法論はありませんが、システム構築時に常に注意を払い続ける必要があるポイントです。次回は、RFID導入事例を挙げてチューニングのまとめを行います。

2/2
 

Index
ヒューマンファクターを忘れてはならない
  Page1
技術的なチューニング以外の要素
作業効率の変化を検討する
Page2
“人間要素”に対するチューニング
RFIDの特徴を知り、それを生かす
置き換えよりも併用を考える



Profile
布施 圭介(ふせ けいすけ)

ソーバル株式会社
ワイヤレス事業部
フィールドエンジニアリンググループ
ユビキタスプラットフォーム開発チーム
課長

市販アプリケーション開発に始まり、アルゴリズム研究、IPv6コンテンツ配信実験、技術サポートなど多様なプロジェクトを経験。ハードウェア制御ドライバからアプリケーションに至る幅広い開発経験に基づき、現在はRFIDの周辺ソフトウェア開発チームを担当。

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