第82回 「撤退報道」に見る垂直統合型の半導体ビジネス・モデルの限界頭脳放談

相次ぐ半導体ベンダーの撤退報道。背景には、半導体工場への投資リスクが高いことがある。垂直統合型の半導体ビジネスは限界なのか?

» 2007年03月23日 05時00分 公開
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 商売がらドキッとしてしまうのは、このごろ「半導体事業から撤退」といった報道が相次いでいることである。それぞれの会社にはそれぞれの事情があり、いろいろな決断がなされているわけであるが、当然、そこには業界全体に関係するトレンドというか、産業構造の変化が影を落としていることは間違いない。もちろん半導体産業の構造変化という議論は何年も前からすでになされている。そういったことは「折り込み済」ということなのだろうか。このところの「撤退」報道をみると、投資家の視点で「動きは加速した」「日本企業も早く決断せよ」といった論調が目出つようだ。今回は、半導体産業にかかわるエンジニア視点で、相続く「撤退」報道を考えてみたい。

エンジニアにはつらい撤退報道

 まずは、日本企業を取り上げたい。会社として半導体事業から撤退する、と決めたケースである。ご存じのとおり、三洋電機の半導体事業に入札という報道が出た件だ。その後、三洋電機は「一部報道について」と題したニュースリリースで、以下のように報道を否定している(三洋電機のニュースリリース「一部報道について」)。

「本日、一部の報道機関において、当社半導体事業の売却に関する報道がありましたが、当社半導体事業につきましては、拡大・発展に向けた方策についてあらゆる可能性を検討しております。現時点で具体的に決まったものは何もありません。」

 ただ、こうした否定のニュースリリースを鵜呑みにはできない。過去にも、報道を否定しながらも、結局撤退や売却に至った企業もある(実際、三洋電機がどのような方策に出るのかは不明だが)。

 報道されているように、本当に半導体事業の入札による売却を検討しているのならば、「棚にさらされている」状態であり、とても悲しいものがある。エンジニアとしては、少々やっていられない気持ちにもなってしまうのではないだろうか。よい買い手がつけばよいが、そうでなければ、突然、いままでやってきた自分の専門分野の仕事そのものがなくなってしまう可能性だってある。

 普通は、だいたい話がついてから公式発表があるものだが、今回のように報道が先行する状態は珍しいように思う。最近、投資ファンドなどが、半導体業界の再編をネタにいろいろ動いているにしてもである。よっぽど引く手あまたなのか、それとも受け手がないのか? 報道のように売却するのであれば、よい買い手がつくことを祈りたいし、ニュースリリースのように拡大・発展するような方策があるのであれば、早々に実施してほしいものだ。

 事業全体ではないが、部分的に「撤退」するケースもある。さきごろ工場ラインの統廃合を発表したNECエレクトロニクスだ(NECエレクトロニクスのニュースリリース「自動車およびデジタル民生分野のリーディング企業を目指した経営方針を策定」)。ストラクチャードASIC*1分野から撤退するらしい。NECエレクトロニクスはストラクチャードASICに力を入れてやってきたはず。資本家からいえば、事業のそのまた一分野とはいえ、エンジニア的には「ショック」を受けている人は多いのではないだろうか。身内しかり、そして、向き合って戦ってきた競合しかりだ。ふと好敵手を失ったような心の空洞が残る。そして、明日は我が身かと、ドキドキするのだ。

*1 半導体ベンダが、用途に合わせて複数種類の回路を集積しておき、その配線を機器ベンダが行うことで、短納期・低開発費を実現する特定用途向けのLSIのこと。


最先端プロセスへの投資抑制はみんなの歩む道

 この手の悲しい「撤退」に対して、それほど悲観したものでもない「撤退」報道もある。最近続く「最先端プロセス向け自社工場への投資をしない」あるいは「抑える」というニュースである。「最先端プロセス」=「大規模ロジックLSI」なので、この手の発表から「投資しない」=「先がない」ということで一部では「自社での先端ロジックICの開発を止めた」といった報道もされたようだ。ショックを受けた人もいたようだが、エンジニア的にはそれほど気をもむ話でもないように思う。

 どうもみんなで言い出せば怖くない、とばかりにここ数カ月続いた発表は、言い方はいろいろあっても「xx」nmプロセス以降の自社ファブ製造は行わない、という形にまとめられる。xxのところには会社ごとに異なる数字が入り、その数字により、ある程度の企業力がうかがえる。

 まず、Infineon Technologyが65nm以下はやらない、というニュースが流れたのが2006年11月である。それに続いて2007年1月になると、NXP(旧Philips Semiconductors)がSTMicroelectronicsとの共同プロジェクトから撤退(STMicroelectronicsは1社でもやるらしい)、そしてトドメを刺すかのように、力も収益力もあるとみられていた老舗のTexas Instruments(TI)からも同様なニュースが流れたのが大きな衝撃として受け止められた。とはいえ、TIの場合は、32nm以下はやらないという話なので、大分余裕のある発表だ。そして2007年3月になって、ソニーが大規模投資を続けてきた半導体への投資をこれからは抑えるという発表をしている。ただし、言い方としては、45nm以下は1社ではやらない、というものである。失礼ながらソニーの場合は順当(?)といえるかもしれない。

 どこの会社も先端のロジックICの開発をやめるといったことは発表していない。だいたいが、自社ファブでの製造はやめて、それ以下の回路線幅は、多くはTSMC、あるいは中国SMICへ委託する、といった水平分業モデルを採用するという表明なのである。何のことはない、過去ずっと続いてきた流れだ。ファブレス・メーカーや、とっくの昔に自社ファブでの先端製品製造はあきらめてしまった下位のメーカーにしたら、何の不思議もないことを発表しただけのことだ。

 そして、先端の自社ファブを持つ世界ランカーの大手各社にせよ、多かれ少なかれ台湾、中国のファブとは付き合いあったはずだから、実はそれほど大きな一歩でもない。ただ、「最先端をやる自社ファブを新規に作らない」とキッパリと断言したところが、「もう先はない」みたいな印象を与えているだけである。「普通の」選択が下から上がってきて、とうとう世界ランカーの10位前後からトップ10内までの大手がそういう状況になった、というところである。

 その根底にあるのは、最先端プロセスで作るロジックLSI、多くはSoC(System on a Chip)といわれるようなチップが割りに合わない、という共通認識だろう。巨額投資が必要な最先端のプロセスで製造する工場を使わないと競争力がないのだが、開発費も巨額になる。その割に旬の期間は短く、本当に元がとれるのか不安になるといった感じだ。最先端の大規模チップは、投資額が大きいだけに、万が一ババを引くと会社の屋台骨が揺らぎかねないほどの大きなリスクでもある。無理に自社でファブを持ってリスクを抱え込むよりも、ファブレス化する方がよっぽどよいという判断が働く。すでにそういう方向は、LSI LogicやCypress Semiconductorなどの中堅ベンダが、「実践」しつつあった方向と一緒である。

限界が見えた垂直統合型の半導体ビジネス・モデル

 それにしてもだ。かつては半導体のコストダウンを支えたのは、プロセスの微細化であった。作ったロジックICを「プロセス・シュリンク」して低コストにするのは常識だった。比例縮小で簡単に小さくできたというのがミソなのだが、周辺部分だけは機械的なシュリンクができないので、設計エンジニアが周辺を作り直す必要があり、ロングセラーのチップであると、そんなプロセス遍歴をいく世代も重ねるようなものもあった。微細化が進んだ最近では単純な比例縮小でのシュリンクはできなくなってしまい、「ソース」レベルに立ち戻ってプロセスをリターゲットして、バックエンド作業をやり直さないとならなくなったが、そういう「移植」自体がまれになったような気がする。新しいプロセスなら、どうせ次世代の設計をするからだ。完全にパラダイムは変わってしまったのだ。

 結局、各社が同じファウンダリを使うようになると、比ゆでなく実際「同じ釜」から仕上がってくるようなウエハを切り出して使うことになる。つまりは、ほぼ同じ(同じファウンダリの同じ線幅のプロセスでも、各社微妙に「独自のプロセス開発」をして出し入れする余地はある)プロセスで、その上に何を載せるかで勝負しなければならない環境になった、ということである。こと、先端のロジックICについていえばだが。

 「こと」と書いたのは、各社ともこれまた気が付いていることだが、先端の微細プロセスで作るロジックICよりも、古いファブで作るアナログやアナログ・デジタル混載の方が、はるかにおいしい商売ができる、ということである。そのような製品では微細化そのものが意味を成さないものも多いから、古いファブでも十分なのである。そういう点で、先端の微細プロセスにはもう投資しない、といいつつ、自社ファブのいくつかは温存したり、てこ入れしたりするのだ。ただし中途半端に微細なロジック向けのプロセスを作っている工場や、本当に古い工場は整理される運命にある。

 こうしてみると、ついに限界が来たのは垂直統合型の半導体ビジネス・モデルであって(みなさん、とっくの昔に折込み済みだろうが)、半導体デバイスではない。「撤退」という報道があっても、ある意味、デザイン・エンジニアにとっては、大きな可能性が開けているともいえる。ロジックICで勝負するならば、同じ土俵(プロセス)の上で何を設計するか、しかないのだから。あるいは、アナログ分野で、だれも真似できないような特性で勝負をする、という手もあるのだ。垂直統合で頭の動きが鈍っていると、なかなかついていけない世界であるけれども。まぁ、お互いがんばりましょう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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