「そんなレビューのこと、聞いていません!」ITアーキテクトが見た、現場のメンタルヘルス(2)(2/2 ページ)

» 2007年10月03日 00時00分 公開
[樋口節夫樋口研究室]
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余裕をなくしたプロジェクトメンバー

 この例のように、開発の現場には、正常な人の脳を一瞬にして乱すタイミングが数多くあります。

 「自分は正確に仕事をしている。メンバーも正確に仕事をしてくれているだろう」。正しく行動したいと思っているITエンジニアは、このような前提で仕事を進めています。しかし周りのメンバーは、激しい仕事の環境に飲み込まれてしまっています。

 自分も疲れていますが、それ以上にメンバーの脳も疲れているということなのです。この事実が分からず、「自分と同じように、第三者も正しく仕事をしてくれる」と思い込んでいると、完全にマイナスパワーに引き込まれてしまいます。

 脳の乱れが発生している現場のメンバーは、自分が失敗しないこと、自分の身を守ることを最優先にします。自分の家が火事になったら、自分の身を守るためにいち早く逃げたくなるのと同じです。

 こういう状況下ではメンバーは、自分にとって良い行動をしてくれる人を見つけるとこういいます。「私の身を守ってくれてありがとう」「本当によくやってくれたね」。反対に、自分にとってまずい行動をする人を見つけるとこういいます。「ダメ、それはできません」「聞いていません」。とにかく、自分の身を守ることが大事で、全体の流れを見たり改善策を探したりする余裕はなくなっているのです。

プロジェクトに広がる、脳の乱れ

 私のこの話を聞いて、リーダーはいいました。「ジェットコースターが走り出してしまうと、景色は見えないのですね。私もそうだったかもしれません」

 確かにそうかもしれません。もし何らかの事情があって、マイナスパワーのジェットコースターに乗ってしまったら、「無理に止める」のではなく「無事に止まる」ための行動をした方がよいでしょう。

 システム構築に限らず、運用保守や製品開発、セールスの現場でも、およそプロジェクトやタスク、ワーキンググループと名の付くものにはトラブルがつきものです。

 プロジェクトが失敗すると思っているメンバーはいません。皆さん、成功裏に終了することを望んでいます。でも、問題は発生します。PCに修正モジュールを加え、オフィスソフトのバージョンアップを重ねることでどんどん動作が鈍くなっていくように、問題はメンバーが意識しないところで、じわじわと増殖し始めます。

 何か問題が起こっても、そう簡単にメンバーを増強したり体制を変えたりできるものではありません。

 ダメージを受けたメンバーの脳の回復には時間がかかります。しかし早くプロジェクトの状況を立て直さなくてはいけない、こういうときに、脳の乱れは一気にメンバー全体に広がります。

プロジェクトに広がる、脳の乱れ

 しかし、ITエンジニアに影響を与えるマイナスパワーをプラスパワーに変える方法がないかというと、そうではありません。樋口研究室では、こういうときに使える武器として、「マイナスパワー排除の3つの行動」を紹介しています。

マイナスパワー排除の3つの行動

  1. 自由を手に入れる行動
  2. 優秀な人と交わる行動
  3. 放置されないようにする行動

 1つ目は「自由を手に入れる行動」を起こすことです。自由に行動ができる場所に、自分の身を置いてください。自由といっても、好き勝手にすることではありません。火の粉が降りかかってきたとき、それを自分の意思と力で排除できることです。

 2つ目は「優秀な人と交わる行動」を起こすことです。優秀な人が集まるグループやコミュニティを探し出して、そこに身を置いてください。優秀な人はトラブルをうまく避けます。そういう人の言動を見ていると、皆さんが目指すゴールと皆さんの現在地の差分も分かり、これから自分が何をすればよいかが明確になります。

 3つ目は「放置されないようにする行動」を起こすことです。自分の良いところや悪いところをどんどん指摘してくれる人を探してください。ITエンジニアははっきりと指摘されない限り、自分の悪い癖や行動をなかなか修正しようとしない傾向があるようです。しかし自分の悪い行動が、組織全体のトラブルの引き金になっていることも多々あるのです。

 先ほどのリーダーは3つの行動の話を聞き、ひと言こういいました。

 「この3つの行動には、バランスが大切なのかなあと感じました」

 そのとおりだと思います。会社にいて給料をもらっている限り、そう簡単に自由は手に入りません。しかしコミュニティに参加して優秀な人と交わる、その中から良いアドバイスをしてくれる人を見つけるということは、自分の力で手に入れられることだと思います。3つのうち1つの行動が実行できなくても、ほかの行動が実行でき、バランスが取れていれば、ITエンジニアの脳の状態を正常に維持することができるのです。

 皆さんが樋口研究室オフィスに来て、ITコーチからいろいろなアドバイスを受けることも、自分の力で手に入れられる大切な武器の1つです。忘れずに使ってほしいと思います。

筆者紹介

樋口研究室

樋口節夫

日本アイ・ビー・エムに22年間勤務し、その後独立。アーキテクトとしてメインフレームからオープンシステムまで幅広いシステム構築に携わった経験から、コンピュータシステムの良しあしはそれを使う人間の良しあしによって決まることを発見。人間のパフォーマンスアップツールとしてITコーチング手法を開発し、人材開発およびテクニカルコンサルタントとして活躍中。『ITコーチング入門―SE・ITエンジニアのための問題解決とスキルアップ』(技術評論社刊)をはじめ、技術系や人材系の著書多数。主宰する樋口研究室では、ITエンジニアが危機から身を守るための練習会(ワークショップ)も実施している。



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