東京大学 浅見研究室は7月12日、情報系の学生や若手エンジニアのための交流企画として、「IT企業はほんとに泥のように働かされるのか〜ナナロク世代がお答えします」と題したカンファレンスを開催した。「IT業界のネガティブな側面が指摘される中、その実態を『ナナロク世代』が『ハチロク世代』に向けて伝える」という趣旨で、会場となった東京大学 本郷キャンパスの教室には、大勢の学生や若手エンジニアが集まった。
モデレータはCerevoの岩佐琢磨氏が行った。パネリストとして、大谷陽明氏(ソニー)、尾藤正人氏(ウノウ)、柴田竜典氏(日本オラクル)、加藤篤延氏(NTTコムウェア)が登壇。「個人としての参加であり、それぞれの企業や活動を代表する見解ではない」としながら、それぞれの経験を元にIT業界について語った。
始めに、主催者である東京大学 大学院情報理工学系研究科の川原圭博氏が企画趣旨を説明。「毎年、電子情報系の学科に所属している学生の就職を見てきているが、情報系の会社への就職活動は、なんとなく受けてみて、なんとなく入ってみて、入ってから『こういう会社だったんだ』と分かってくるという人が多い。自分も就職活動をするときに全然分からなかった。卒業してから10年くらいたって、私の友人なども会社で活躍し始めた時期なので、皆さん(会場に集まった学生)のちょうど10年先輩方に、会社や業界について語ってもらう場を作った」とし、情報系にとって「あまりよろしくない流れ」がある現状、マイナスイメージばかりが先行しがちだが、良いことも悪いことも含めて語ってもらいたいと話した。
続いて岩佐氏が「IT業界はひとくくりにできない」とし、独自に整理した図を説明。大きく分けると「製造業(メーカー)」「ITソフトウェアベンダ」「システムインテグレータ(SIer)」「サービス」の4種類がIT業界に属するとし、その関係を示した。この4種類の区分がちょうどパネリスト4人に対応する形となり、1人ずつが仕事内容について解説した。
加藤氏は「SIer」に属し、「SIの仕事の定義は難しい」としながら、「極端なことをいえば、SIerがいなくてもモノは作れる。しかし、何十億円という規模のシステムになると1社では管理できず、モノを作るために各メーカーの管理や、お客さんとの仕様固めなどの管理業務が必要になる。それがSIerのメインの仕事」と説明した。また、SIerを「ウェディングプランナーのようなもの」と例えた。
大谷氏は「製造業」に属し、実際の製品に組み込まれるソフトウェアのコードを書くエンジニア。「東京でものづくりがしたかった」と現在の仕事に就いた理由を話し、これまでに関わった製品について、「この製品は作れといわれて作った」「この製品は私が作りたいから作った」など、楽しそうに紹介した。
柴田氏は「ITソフトウェアベンダ」に属し、「加藤さんの『SIerはウェディングプランナー』の例えでいくと、花屋さんに当たる」と説明。自身はプリセールスエンジニアだが、「僕自身、会社に入るまで、ベンダのエンジニアが何をしているのか分からなかった」と話した。プリセールスは「文字通り、お金をもらう前に仕事をする人」として、「SIerさんやお客さんに、製品の使い方などを話し、プロトタイプの検証などを行う」と説明、「人によって営業っぽい売り方の人、技術のことしか話さないで信頼を得る人など、いろいろなやり方がある」と実情を明かした。また、製造業との違いについて、「誤解を恐れずにいうと」と前置きをしながら、「開発はアメリカなどにある本社でやっていて、日本では開発をほとんど行っていない」とした。
尾藤氏は「サービス」に属し、ベンチャーとして3年半ほど事業を行っていると説明。フリーアドレス制、ペーパーレス、セミナー参加制度(平日に開催される技術系セミナーは、レポートを出せば、有給休暇を取らずに参加可能という制度)、社内コードレビュー会、エンジニアミーティングなど、ベンチャーらしい社内体制について話した。
続いて、「あとで質問が出るであろう項目」について、○か×で回答するFAQを行った。質問と回答は下記の通り。
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総じて、「IT業界は泥のように働かされるかというと、そんなことはない」という印象を持つ回答が多かった。
後半では質疑応答が行われた。「IT業界は大きく4種類に区分されているというが、それぞれどの程度の規模があるのか」という質問については、「統計的に基づいた回答ではない」としながらも、「SIerが多い印象がある」(柴田氏)、「SIerの協力会社が多い」(会場にゲストとして来場していた、マイネット・ジャパンの上原仁氏)、「製造業の3分の1くらいは、何らかのソフトウェアに関わっているのではないか」(岩佐氏)、「ベンダは新卒でも100人にはならない規模」(柴田氏)とそれぞれ回答した。
「パネリストの人たちは、今後のキャリアとして昇進して権限を多く持つようになりたいか、今のままがよいか」という質問については、加藤氏、大谷氏、柴田氏の3人とも、そこまで昇進を意識しているわけではないとし、「経営に近づくよりも、エンジニアをやっていきたい」(加藤氏)、「偉くなろうと思っているわけではない。国際的に勝てる商品が作りたい。そのために偉くなる必要があるのなら、そうしたい。テクニカルな世界で勝ちたい」(大谷氏)、「マネージャはマネジメントをする人で、エンジニアはエンジニアリングをする人。昇進すると権限が強くなるということはない」(柴田氏)と話した。また、ベンチャー企業の経営者という立場である尾藤氏は「できれば若い人には起業をしてもらいたい。エンジニアの待遇が良くない、といわれる一番の原因は、エンジニアの仕事を評価して給料に反映できる人が上層部に少ないから。プログラムを人月で計算するという産業構造を変えるのは難しいので、エンジニアをきちんと評価する会社を作って大きくしていけば、IT業界は変わるはず」とメッセージを送った。
「それぞれの職種は、どれだけスキルアップに挑戦できる仕事なのか」との質問に対しては、大谷氏が「何かを作るときに、例えばOSなどはある程度、自分で選ぶことができる。現在作っている製品は組み込みLinuxを使っているが、なぜそれを選んだかというと、今まで使ったことがなく、勉強したいから」と、仕事に自らのスキルアップの機会を作り出すことができると説明した。柴田氏は「SIerさんと仕事をすることが多いが、プロジェクトマネージャはいろいろな性格の人がいる。新しいことをしようとする人も、トラブルを避けて保守的にしようとする人もいる。お客さんを説得できれば、新しいことに挑戦できる」とし、「SIerさんは無難なイメージが強い」と話すと、加藤氏は「確かに無難です」と返した。尾藤氏は「本人のやる気次第」と断言した。
「日本のIT業界は駄目なのか。もし駄目なのなら、それはなぜなのか」という質問には、パネリストで唯一の外資系企業に勤める柴田氏が、「なぜ日本の会社ではなく外資の会社に入ったか、日本の会社のどこが駄目かについて熱い思いがある」と回答。「日本のSIerさんが海外を見ていない。一方でベンダは外資しかない状態。日本では大きなお客さんであったとしても、そのお客さんはグローバルで見ると、実はそのベンダの顧客の中でほんの一部でしかない。製造業やサービスは海外視点を持っているが、SIerは日本だけ相手にしていればいいやという印象が伝わってきてしまう」と話した。また、大谷氏は「国際的な規格のミーティングなどに出ると、日本の理系人材が、他国に比べてレベルが低いのがよく分かる。特に数学が弱い」と指摘した。
また、会場からは「日本はクライアントが強過ぎるという指摘がある。SIerに無理をいい過ぎているという実情があるのではないか」という声が上がると、柴田氏は「お客さんは自分のシステムに詳しくない。すべてSIerさんにお願いを丸投げしている。SIerさんが無難な方向に行こうとしてしまうのは、そうした状況のせいかもしれない」とした。また、システムや要求が複雑過ぎる傾向にあるという問題提起に対しては、「アメリカでも、システムがそんなに単純なわけではない。何が違うのかというと、アメリカでは最終権限を持っている人がシステムにも詳しい。日本は本当に詳しい人と最終権限者が別人」と日米の違いを整理した。
ベンチャーに関しては、「狭い世界でしか可視化されていない。一部のWebやTwitterなどでしか企業やサービスが見えてこない。一般的な学生からは見えづらいのではないか」と会場から問題提起が行われた。これに対し、岩佐氏は「イベントやカンファレンスを開いて、あるいはブログなどを使って、なるべくお金をかけずに情報を発信するようにしている。現在はまだ狭い世界だが、今後は広がっていくのではないか」と話すと、尾藤氏は「ベンチャーを始めるメリットがそこまで大きくないから、注目されないのではないか。日本でベンチャーが盛り上がっていない原因の1つに、投資の問題がある。シリコンバレーとは金額のけたが1つ違う。また、日本のベンチャーキャピタルは直近の利益を求める傾向にある。それが必ずしも悪いわけではないが、少々無茶な事業計画が立てづらくなってしまう」と、ベンチャーの現状の問題点を指摘した。
質疑応答の中で、「いまの仕事がやめられない、面白いポイント」について各自が発言。それぞれの職種の「やりがい」が見えた。
加藤氏は「履歴書に書けるような、特化したスキルはない。その代わり、お客さんとの交渉という仕事をメインで行っている。そこが僕は面白い。全体のかじ取りができるし、自分が頑張って相手を納得させられたら、思い通りのシステムが描ける」とSIの仕事のやりがいを説明した。
柴田氏は「ベンダはお客さんと直接は話さないので、トラブルが起きたときに怒られるのはベンダではなくSIer。怒られたり、いきなり呼ばれたりすることはそんなにないので、きつくない。ただし、『どこどこのシステムを作っている企業』というときに名前が上がって、ほめられるのもSIerですが」と話した。また、「担当する製品について世界で一番詳しくなるのが仕事なので、自由な時間で勉強できる。それがやりがい」と説明すると、岩佐氏が「部品について詳しくなりたい人はベンダ、全体を見てコントロールしたい人はSIerが向いているかもしれない」とまとめた。
※柴田氏の発言で記載漏れがあったので2008年7月16日「ただし、『どこどこのシステムを作っている企業』というときに名前が上がって、ほめられるのもSIerですが」を追記しました。
大谷氏は「自分が欲しいと思うような電化製品が作れる。欲しいと思ったら作ればいい」と単純明快な回答。これを受けて岩佐氏は逆に「自分で作りたいものが作れなかったから(松下電器産業を)辞めてベンチャー企業を立ち上げた。お客さんが直接、お金を払って買う製品を作れるのが楽しい。製造業でも何でも自由に作れるわけではない。企業の方向性の枠を飛び超えると、僕のようになる」と話した。
尾藤氏は「ベンチャーでサービスを作っていると、分業という概念が無く、上から下まですべてやることになる。広範囲に渡って技術が学べるのがいいところ」と、狭い範囲での仕事に収まらない点を強調した。また、「ベンチャーだと、簡単に偉くなれる」とも冗談めかしながら話した。
最後に、岩佐氏から「あえて転職するとしたら、どんな会社に行きたいか」と質問。大谷氏は「家電製品はある程度作ったので、作っていないものを作りたい。家、CM、原子力発電所を作りたい」と、いまの仕事とは違うものを作るということに挑戦したいと語った。柴田氏は「プリセールスの仕事が好き。何かを教えてといわれて、自分の時間を割いてでも教えてしまう人は向いている。ただ、勉強が仕事なので、大体分かってしまったというタイミングが来る。そうしたら、別の製品を扱う会社に行ってプリセールスの仕事をするという選択肢もあり得る」と、プリセールスエンジニアという職種にこだわりを見せた。尾藤氏は「シリコンバレーで起業したい。もしくは、ベンチャーを育てる仕事をしたい」と、ベンチャーに対する思いを表現。加藤氏は「冗談ではなく、自分の店を持って料理人になりたい。自分はいまの仕事に関していえば、スペシャリストではなくジェネラリスト。これだけはという誇れるものはない。趣味の延長だが人に誇れる技術として料理があるので、業界を移るなら料理人になりたい」と話した。
カンファレンスは終始、和やかな雰囲気で進んだ。終了後の懇親会ではIT業界から多くのゲストも参加し、学生や若手エンジニアとの交流を行った。
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