ITエンジニアの周りにはストレスがいっぱい。そんな環境から心身を守るためのヒントを、IT業界出身のカウンセラーが分かりやすく伝えます。
中途入社のITエンジニアAさん(35歳、男性)は、会社に行くことが苦痛で仕方ありません。入社して2週間、所属部門の部長から無視され続け、いまだに声を掛けられることも目線を交わすこともないためです。
入社した日、Aさんはすれ違う人みんなに「おはようございます」と声を掛けました。しかし、部長はそれを無視しました。
初めのうちAさんは、自分が何か気に障ることをしたのかと思っていました。しかしどう考えても、入社初日に自分が部長に何かしたとは考えられないのです。
部長本人に確かめようにも、すべての接触を拒否されています。直属の上司である課長にたずねてみましたが、気まずい顔をするだけで答えてくれません。同僚もよそよそしく、何か聞いても、あまり丁寧には教えてくれません。
日が経つにつれて、Aさんは不安と孤立感のため、席にいることさえつらくなってきました。試用期間中なので有給休暇もありません。終業時間が本当に待ち遠しい気持ちでした。
入社したばかりのAさんに、なぜこんなことが起こったのでしょうか。
Aさんが転職前に在籍していたのは、有名大手企業でした。学歴としては有名国立大学の、名の知れた教授の研究室で修士課程を修了していました。前の会社では大規模システムの開発に携わっていましたが、あまりの激務に体調をこわし、家庭もぎくしゃくしてきたため、思い切って中堅規模の現在の会社に転職したのです。
こうしたAさんの経歴を事前に知った部長は、どうやら面白くなかったようです。部長は専門学校を卒業してプログラマになり、徹夜に徹夜を重ねるような働きぶりが認められ、昇進してきました。実は本人は大学に進学したかったのですが、家庭の事情で叶わなかったとのことでした。
「これっていじめですよね……」と顔色がすぐれないAさん。「転職したてで異動することもできないし、職務分担で差別されたらどうしよう……」と不安でいっぱいです。
職場のいじめは、近年マスコミでもよく取り上げられるようになりました。言葉としても、モラルハラスメント、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなどが定着しつつあります。
モラルハラスメントとは、言葉や態度、メールなどの文書で相手の人格を傷つけるような行為を行い、精神的な苦痛を与えることです。無視する、人格を否定するような言葉でののしるなどが該当します。
パワーハラスメントは、上下関係による優位を利用して行われるいじめであり、モラルハラスメントの一種といっていいかもしれません。例としては、仕事を与えない、故意に評価を下げるなどです。派遣社員を差別するなども該当します。
セクシャルハラスメントは、異性に対して性的ないやがらせをするもので、地位を利用した行為であれば、パワーハラスメントと重なることになります。相手がいやがっているのに性的な言葉を投げかける、体に触る、性行為を強要するなどがあります。
Aさんのケースは、部長が上下関係を利用し、無視することで人格を傷つけるというパワーハラスメントです。
いつの時代にも職場のいじめはあったといわれます。確かに、人が集まれば摩擦は起こるものです。しかし近年では、職場のいじめに拍車をかけるいくつかの要因があるように思います。
1.成果主義の導入
成果主義の導入により、職場に余裕がなくなり、同僚であってもライバルであるという構図はより厳しくなっています。業績の評価が即座に給与や昇進に反映され、年齢の上下を問わず実力で昇進していく風土では、緊張感が高まります。若くして昇進した人が、年上の部下にいやがらせを受けるということも起こります。
2.雇用形態の多様化
雇用形態の異なる人たちが一緒に働くことが多くなりました。派遣社員、契約社員、パート社員などさまざまな形態の人が入り交じっています。その中では、立場の違いにより感情的なすれ違いが起きてきます。
3.IT環境
日常のコミュニケーションがメールで行われていると、誤解が増え、陰口や中傷が目に見えないところであっという間に広がります。また、メールを送らないことによって情報を与えないということも起こります。
過度なストレスがかかり、日常的にイライラしやすい状況では、人間が本来持っている攻撃性が表出してくることがあります。攻撃性はもともと、生きるエネルギーであったはずです。しかし閉塞感のある管理された現代社会では、大っぴらに攻撃性を出せる場面は少なく、それだけに陰湿になっていくといえるでしょう。
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