IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。
これまで11回にわたり、人事制度を設計・導入するためのポイントについて紹介してきました。
有効な人事制度を設計するうえで注目すべきポイントやアプローチが中心でしたが、実際には運用を開始してみないと分からない「不確実な要素」が数多くあります。
人事制度の運用が、多様でばらつきの大きい「人」の認知能力やコミュニケーション能力に依存するものである以上、「人」にかかわる不確実性を完全に排除することはできません。これらの不確実要素をうまく織り込んだ人事制度を設計することが、われわれコンサルタントの腕の見せどころです。一方で、「走りながら修正する」というテクニックを身に付けておくことも大変重要です。
今回は最終回のため、これまでの「人事制度設計・導入のポイント」をステップごとに振り返ったうえで、「運用を開始してから浮上する問題への対処法」について、コンサルタントのノウハウの一部をご紹介していきたいと思います。
(1)課題の洗い出し(第1回)
人事制度を設計する際には、まず人事マネジメントを通じて解決したい「課題」を設定します。ここでは、IT企業における典型的な課題として、2つを指摘しました。まず、人材育成が後回しにされる、優秀なプロジェクトマネージャが不足しているといった「組織レベルの問題」。そして新しい技術のキャッチアップの難しさやキャッチアップできない人のフォローに回らなければならない高スキルエンジニアのモチベーションダウンなどの「個人レベルの問題」です。
人事制度の具体的な検討作業に入る前に、まずプロジェクトの「スコープ(検討範囲)」「体制(メンバー選定)」「スケジュール」の3つを明確にしておくことが重要です。最初に着手する現状分析では、「企業のあるべき姿」と「現状」とのギャップを明らかにしたうえで、なぜそのようなギャップが生まれるのかについて、人事制度の仕組みの観点から検証します。
(3)求める人材像の設定(第4回)
人事制度の基本的な方向性を決めるうえで指針となるのが、「求める人材像」です。まず、「経営人材」「IT技術のスペシャリスト」といった人材像のコンセプトを設定し、「知識・スキル」「コンピテンシー」「価値観」といった観点から人材要件を具体化していきます。
(4)人事制度のメカニズムの構築(第5、6、7、8、9、10回)
4-1.等級制度
等級制度の目的は、「社員に期待する能力や役割を明確にする」ことです。適切な等級に位置付けると、評価や処遇を公正に行ったり、社員に成長目標を示したりすることができるようになります。技術の進歩が著しいIT業界では、スキルの陳腐化によるギャップを調整・解消するために、昇降格の考え方を明確にしておくことが不可欠です。
4-2.評価制度
評価制度には、社員を査定して給与を決める機能だけではなく、社員を会社の向かうべき方向にかじ取りするマネジメントツール機能があります。評価制度の設計にとって、自社の特徴に合わせて「何を評価するのか」「どのように評価するのか」「評価をどのように活用するのか」は、重要な検討事項です。
4-3.報酬制度
IT業界はスキルと市場価値の関係が見えやすい業界であり、外部の優秀人材を獲得するためには、他社と遜色(そんしょく)のない魅力的な報酬水準が必要になります。総額人件費をコントロールしながら、優秀人材に重点的に配分できるようにするメカニズムが設計のポイントになります。
(5)人事制度の導入準備(第11回)
社員への人事制度の周知段階では、制度の内容が「論理的に正しいかどうか」だけでなく「社員にどう受け取られるか」という視点に基づいて、出すべきメッセージや伝え方を工夫することが重要です。
人事制度の運用とは、「人」と「人」との相互作用を通じて、集団の思考・行動の価値付けや方向付けが行われていくダイナミックなプロセス、ととらえることができます。そのため、人事制度の運用は、そこに介在する「人」の多様性によって、良い意味でも悪い意味でも不確実性が伴うことになります。人事制度の運用が、当初の想定どおりに進まない可能性が高い場面には次のものがあります。
(1)初期の目標設定
人事制度の運用開始に当たって、目標設定の考え方や記載方法を社員に十分に説明しても、いざ社員に目標を設定させてみると、本人に期待する役割よりも低すぎる目標になっているという事態が頻繁に起こります。
期初の目標への達成度で評価する「目標管理制度」は、達成しやすい目標を立てるインセンティブが働きやすいことも事実ですが、本人や上司に悪気がない場合であっても、結果として低い目標になってしまうことがあります。
この背景には、個人の役割認識の違いや視野の広さ、性格的な問題など、さまざまな要因が影響しています。例えば、チャレンジ志向の強いAさんの「努力すれば達成できる水準」と保守的な志向のBさんの「努力できれば達成できる水準」には差があります。また、プロ意識が高く日々研さんに励んでいるCさんと、目の前の仕事を受け身的にこなすDさんでは、期待されている役割のとらえ方も違うものになるでしょう。
このような部下の認知限界を補うのが、上司の役割です。しかし、部下とのコミュニケーション力が高い上司もいれば、そうでない上司もいます。上司と部下の相性が悪く、うまく伝わらない場合もあります。さらに、自部門やプロジェクトのことだけを考えて全社最適の視点で考えることができない上司の場合には、結果的に会社業績の向上に寄与しないような目標が放置されてしまう可能性が高いと考えられます。
(2)期末の評価
不確実性の高い場面の2つ目は、期末の評価時です。
どんなに具体的な評価基準を作っても、評価の文言の解釈は人によって異なるため、評価結果には必然的にばらつきが出てきます。目標設定の場合と同様に、この背景には本人の立場や視野の広さ、それまでの仕事経験で形作られた価値観の違いがあります。例えば、上司は部下に過大な期待を抱きがちなので、評価基準の解釈が厳しくなります。しかし、部下は上司に比べて経験の広さや深さが足りないため、評価基準の解釈は甘くなりがちです。
評価表を設計する段階で、なるべく評価のばらつきが少なくなる評価基準にしておくことが望ましいですが、誰が付けても同じ結果になるような基準を作ることは現実的ではなく、あまり意味もありません。人事評価の目的は、部下の過去の行いを厳正に糾弾することではなく、将来に向けて本人の成長を促していくことですから、上司1人ひとりが部下に気付きを与えるツールとして、人事評価をうまく活用していくことが重要です。ただし、上司によって評価の目線にばらつきが大きい状態を放置しておくことは、人事制度に対する信頼感を損なう恐れがあるため、是正を図る必要があります。
(3)期末の評価結果のフィードバック
不確実性の高い場面の3つ目は、期末のフィードバック時です。
評価能力が高い上司であれば、部下の行動を直接観察できなくても、重要なポイントを外さずに本人に報告をさせ、信頼の置けるほかのメンバーからの情報も参考にしながら、部下が納得できるフィードバックを行うことができます。ところが、そうでない上司の場合には、部下がどのような仕事をしているか観察できないことをいい訳に、「僕はよく分からないから」といってフィードバックを放棄したり、役に立たないアドバイスしかできなくなったりする場合が多くなります。
仮に客観的な事実に基づいて的確な評価を行うことができたとしても、上司のフィードバックが部下にうまく伝わらない場合があります。最近では、部下の気持ちに配慮しすぎて厳しいことを指摘できない上司が多いのではないでしょうか。また、そもそも上司と部下の間に信頼関係がないために、せっかくの上司の有益な指摘やアドバイスを前向きに受け取ってもらえない場合もあります。
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