報酬制度の検証IT企業のための人事制度導入ノウハウ(10)(1/2 ページ)

IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。

» 2009年08月21日 00時00分 公開
[クレイア・コンサルティング]

 前回は、IT企業における報酬制度の設計・構築のポイントを解説しました。

 今回は、「報酬制度の検証」について解説を進めます。報酬制度の検証とは、設計した報酬制度が自社の人材マネジメント方針に対して妥当かどうかを確認することです。まず、報酬制度の検証の視点について、次にその方法と留意点について説明を行います。

報酬制度の検証の視点

 報酬制度の妥当性について、主にどのようなポイントを確認しなければならないのでしょうか? 報酬制度の検証は、報酬を「社員からとらえた場合」と「会社からとらえた場合」で意味が変わってきます。

I.報酬を社員からとらえた場合:切り替えの検証

 新報酬制度への切り替えの際、どのような影響が発生するかを確認する必要があります。社員の報酬は労働法によって強固に守られているため、法的手続きにのっとって制度を切り替えなければ、係争リスクが発生します。また、社員にとって報酬は生活に直結した労働条件の1つであるため、社員の生活を考慮した慎重な制度の切り替えが必要です。

II.報酬を会社側からとらえた場合の検証:存続性の検証

 新報酬制度における存続性(=当該制度を継続的に運用していくことが可能かどうか?)を確認する必要があります。報酬は経営に多大な影響を及ぼすため、中長期的な視点で新制度の存続性を検証する必要があります。

 以下、I 「切り替えの検証」、II 「存続性の検証」について解説を進めます。

報酬制度の検証の方法と留意点

 2つの検証について、その方法と留意点について考えてみます。ここでは、報酬制度だけではなく等級制度も含めて、新しい人事制度が導入されることを前提とします。

I.切り替えの検証:移行シミュレーション

 新しい人事制度が導入されると、社員の等級や報酬が現行制度から新制度へと移行します。もちろん、新しい評価制度に基づいて人事評価も行われます。

 新制度へ移行する際、新しい等級や報酬は何に基づいて決定されることが望ましいでしょうか?

 報酬は、「等級制度に基づく格付けと人事評価の結果、会社の業績」によって決定します。このことを前提に考えると、まず新旧の等級基準を照らし合わせて等級を移行し、次に等級の移行を基準にした報酬の移行が行われるべきです。報酬を基準に移行してしまうと、人材価値と報酬にミスマッチが生じる懸念があります。等級を基準に移行すれば、新制度が求める人材価値に適合した報酬水準を設定できます。

 ただし、等級を基準にして報酬を移行させると、新制度で報酬が増減する場合が出てきます。仮に報酬水準が下がる場合は「労働条件の不利益変更」になります。労働契約法では、労働条件を定めた就業規則を会社(使用者)が一方的に変更したとしても、社員(労働者)の不利益になるような労働条件の変更はできないとしているためです(労働契約法第9条)。

 では、「労働条件の不利益変更」に該当してしまうケースでは、どのような対応が必要になるのでしょうか?

 労働条件が不利益に変更される場合は、「合意の原則」にのっとった対応を取らなければなりません。つまり、労働者と使用者の間で労働条件の変更に対する合意があれば、変更が可能になります。また、労働契約法第9条では使用者が労働条件を定めた就業規則を、一方的かつ不利益に変更することはできませんが、これはあくまで原則論です。以下の要件を満たせば例外として変更が可能になります。

(1)変更後の就業規則を労働者に周知させた

(2)就業規則の変更が合理的なものである

 (2)の「合理的なもの(=合理性)」については、以下の判断基準が考慮されます。

a.労働者の受ける不利益の程度

b.労働条件の不利益の必要性

c.変更後の就業規則の内容の相当性

d.労働組合などとの交渉の状況

 特に切り替えの検証では、「b.労働条件の不利益の必要性」を明確にしたうえで「a.労働者の受ける不利益の程度」を検証し、合理性を判断しなければなりません。また、給与に関する労働条件が不利益に変更されたとしても、その代償措置として手当や退職金などの労働条件に便益が生まれる場合には、労働条件の変更に関して合理性を認められる場合があります。

 労働条件の不利益変更に関する法的手続きにのっとった移行プロセスは、同時に社員の生活に最大限配慮した移行を成立させます。社員への配慮がなければ、社員と会社との信頼関係が大きく崩れてしまう可能性があります。法的な側面を考えると同時に、社員との関係性を重視した姿勢を会社が持ったうえで、移行シミュレーションを行いましょう。

コラム 報酬を基準にして処遇を移行した結末

 新制度への移行において、等級ではなく報酬を基準にして処遇を移行させた例をお話しします。

 仮に、現行制度では年収500万円の社員(3等級)が、新制度に移行した場合を想定してください。移行に伴い、等級は3等級のままではあるものの、報酬レンジが変わったことで年収が450万円まで報酬水準が下がってしまうことになりました。皆さんはどのような対応を取りますか?

  実力は伴っていないが4等級に昇格させて500万円を維持する、または3等級のままで年収を50万円下げるといった方法が考えられます。ある会社では、前者のやり方を採用しました。結末は……。

 本人は周囲のレベルについていけず、降格願いを提出しました。しかし、報酬水準は維持してほしいといっています。会社としては、移行の際に報酬水準に最大限の配慮をしたつもりでしたが、当初の思惑とは違う方向にいってしまったようです。

 報酬だけにフォーカスした移行は、会社と社員の間でWin-Winの関係を構築することが難しく、不都合が生じる可能性が高まります。移行時には、短期的な視点に陥ることなく、現状の実力(等級基準)に基づいて処遇を決定することが重要であることを忘れてはなりません。


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