第134回 EMSはハードウェア・ビジネスのクラウド化か?頭脳放談

クラウドにより、数万台規模のデータセンターが即座に手に入るのと同様、EMSによって製造業も製造能力が即座に手に入る世界に突入している。

» 2011年07月27日 05時00分 公開
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 すでにクラウドに精通していると思われるみなさんに対して、釈迦に説法をするつもりはないのだが、クラウドというのは不思議なものである。いまとなっては当たり前になってしまったが、この概念成立以前の時代に戻って眺めてみれば、その当時の常識からは「異常」だと思われるビジネス形態に違いない。特にそれを支えているインフラである。「ちょっとした手続きと使用料の支払い」で、数千台、数万台規模のデータセンターがほとんど即座に「手に入り」、「誰でも」自分のサービスを使用可能にできるのだ。多大な設備投資と人員を必要とした時代からすれば、考え方というか、ビジネス・モデルを根本から変えてしまったといってよいだろう。

 もしかするとソフトウェア寄りの方々は、ソフトウェア商売だから物理的実体のある設備とその上の「ビジネス」とを分離できたのだ、ハードウェア商売ではそうはいかないだろう、と思われるかもしれない。しかし、ハードウェア商売もまた「誰でもお金さえ払えば、ほとんど即座に製造能力が手に入る」世界に突入しているのである。そして、その進展は最近のことではなく、クラウドが持てはやされるようになるはるか以前からのことなのだ。

 真偽は不明だが、数週間前に台湾のPegatron(ペガトロン)がiPhone 5の1500万台の製造を受注したというニュース記事が流れた。ハードウェア業界はともかく「台数」に関心がある(蛇足だが、ハードウェアの営業は、数と単価と納期と型番が分かればOKなのだ)。部品屋にすれば1500万個(1個の製品に2個の部品が使われるならば3000万個)の部品が売れるかもしれない、ということだ。目が眩むのももっともだろう。ごく短期間での1500万台はデカイ。このごろの日本の携帯電話など1機種で数十万台も売れれば大ヒットなのだから、そのボリュームが分かるだろう。

 しかし、Pegatronとは誰? と思われるかもしれない。しかし、例によって台湾のEMSの1社だといえば、それで納得するかもしれない。なじみのない方のために補足しておくと、EMSすなわち、Electronics Manufacturing Serviceである。自分のブランドを付けて製品を販売する「メーカー」から委託を受けて、実際に製品を製造する会社のことだ。委託する側は「メーカー」といいつつも、製造はEMSに丸投げしているわけだが、自前の工場を持ち続けるのに比べれば、必要に応じて製造能力を「買う」方がはるかに機動性に富む運用ができるのはクラウドと同じである。

 EMSは、いまや水平分業の代表的な形態といってもよいかもしれない。有名どころでは鴻海精密(あるいはフォックスコンという名で知られている)がある。鴻海精密は、中国本土に数十万人ともいう従業員をかかえる巨大な工場(もはや都市そのものといってよいボリュームである)を持っており、アメリカ企業であろうと、日本の企業であろうと大手「メーカー」の電子装置の数々を製造している。製造を委託している側の企業同士は競合関係にあるかもしれないが、その製品そのものは同じ工場で製造されているのだ。

 ただし、黙して語らず。どこの会社の製品をどれだけ作っていますといったことは通例、口を滑らせたりしないものである。今回のiPhone 5の件もPegatron自体は何もコメントしておらず、どうも部品の調達先のどこからか情報が流れ出たものらしい。話題性のあるAppleの製品であり、ボリュームも大きいのでたまたまニュース記事として取り上げられたものだろう。また、鴻海精密に比べると歴史も浅く、規模的にも小さいと思われるPegatronが「とった」ということで注目されたのかもしれない。

 まぁ、実際にPegatronがとったのかどうかは別にして、AppleはEMSを大々的に活用してきた会社の1社である。Appleに限らず、EMS抜きに製造を考えられない「メーカー」は多い。Appleもそのほか多くの電子機器メーカーも、基幹部品については自社開発の半導体であったりするし、設計自体は自社で行っていることが多いだろう。しかし、全部の部品を「メーカー」側で指定しているとも思えない。部品の中には互換性のあるものも多い。そこで決め手になるのはコストだが、知ってのとおり、部品価格は発注数量次第で大きく変わる。その点、各社からのいろいろな製品をあれこれ作っているEMSは、互換部品を共通化できれば部品調達時の発注数量を大きくまとめられて有利である。「メーカー」がばらばらに調達するより価格交渉力は大きいと思われる。

 そのうえ、このごろはEMSといわず、ODM(original design manufacturer)といった言い方もよくされるようになってきた。EMSというと製造ばかりのイメージだが、実際には、設計から請け負うようなケースも増えているからだ。実は、設計も製造同様にリソース要求量の変動の多い仕事で、いざ新製品を短期間に開発しようとすると、大きなマンパワーを必要とするが、一段落すると必要な工数は減少する。ピークに合わせてリソースを自社で抱えるのは大変だから、設計外注を使用するのは従前から一般的であった。

 この際、EMS側に設計から丸投げしてしまおう、という考えが出てくるのは無理がない。もちろん、製造だけでなく付加価値を付けたいEMS側がそのような方向を推進している。このあたりも「より使いやすく」上位のレイヤまで提供するようになっているクラウドと似ているかもしれない。もちろんその場合は、部品屋に対する「支配力」はますます高まる構図である。

 結局、現代のビジネス・パラダイムでは、何かと何かが分離し、その一部が「サービス」として提供され、また「仮想化」されるということかもしれない。しかし、その背景には、クラウドであれば発電所を飲み込むような巨大なデータセンターがあり、製造であれば一都市と見まがうような巨大な工場があるのだ。ある意味、インフラ・ビジネスの時代であるのかもしれない。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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