では、「重過失」とはどんな過失をいうのでしょうか。法律にはその定義はありませんが、最高裁の判例では次のように示されています(昭和32年7月9日最高裁判決)。
(重過失とは)通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態
これを見ると、そう簡単には重過失が認められそうにはありません。
IT関連の紛争において重過失かどうかが争われた例としては、「ジェイコム株誤発注事故に関する東証と証券会社の間の訴訟」(平成21年12月4日東京地裁判決)があります。東証側に重過失があれば、証券会社の賠償が認められるため、過失の程度が争点となりました。
2005年、みずほ証券により、大量のジェイコム株式がご発注された事故。担当者が「61万円1株売り」とすべき注文を「1円61万株売り」と誤ってコンピュータに入力。コンピュータの画面に、警告が表示されたが、担当者がこれを無視して注文を執行。結果として大量の株式が異常価格のまま取引成立した。
この事故でも、さまざまな過失が複合的に生じて結果として深刻な損害が生じたわけですが、「取り消し注文が入らないバグがあった」という部分についての重過失は認めなかったものの、「注文を取り消してほしい」という連絡があったにもかかわらず、東証が売買停止措置を適時に取らなかったという部分については、重過失を認めています。
一方、スルガ銀行がIBMに対して、システム開発に関わる損害賠償を請求した事件(平成24年3月29日東京地裁判決)でも、IBM側の重過失が争点の1つとなりました。この事件では、ベンダであるIBMのプロジェクト・マネジメント義務違反により、プロジェクトが頓挫(とんざ)したと明確に認定されていますが、その原因がIBMの「故意またはこれと同視すべき重過失」にあるとまでは認められていません。
IT関連以外の事故に目を向けると、事業者の重過失が認められた事例としては、航空貨物の木箱に行き先が一見して分かるように書かれていたにもかかわらず、手違いで積み下ろしで滅失したケース(昭和51年3月19日最高裁判決)や、トラック運送業者が積込口の扉を閉め忘れて走行して荷物を落下させたケース(昭和55年3月25日最高裁判決)などがあります。
再び、ファーストサーバ事故に話を戻します。
調査委員会は、今回の事故は「重過失」とまでは言えないとしました。もし、今回の事故が「重過失」であり、かつ利用者が消費者であった場合は、賠償額を限定する規定は無効となりますから、「お客様にサービスの対価としてお支払いただいた総額を限度額」とする現在のファーストサーバの立場と矛盾してしまうことになります。
結果として、ファーストサーバの賠償請求への対応と、調査委員会の判断は整合していますが、調査委員会の見解は、あくまで諮問機関としての見解であり、確定的なものではありません。しかし、上記のように、過去に「重過失」が認められた裁判例に照らすと、将来、裁判所によって「重過失がある」という判断が出る可能性も残っています。
今回は、ファーストサーバ事故の調査報告書を題材に、「過失」には2種類あり、その程度の差によって賠償の範囲や額が大きく変わることがあり得ることを説明しました。
ただ、すべてのホスティング事業者・クラウドサービス事業者が、過失の程度によって補償範囲を分けているわけではありません。これは事業者が定める契約条件や、適用される法律によって決まります。前回でも述べたように、利用者は、自分が利用するサービスについて、
していかなければなりません。
その際は、重大な被害を発生させた事故だからといって、必ずしも「重過失」にあたるとはいえないことにも、留意しておくべきでしょう。
伊藤雅浩
弁護士。内田・鮫島法律事務所に所属。前職では、ITコンサルタントとして、ERPパッケージソフト、サプライチェーンマネジメントシステムの導入企画、設計その他、開発業務に従事。前職でのコンサルティング、システム構築経験を生かし、システム開発に関する一連のリーガル業務、ITベンチャー企業に関するリーガル業務を中心に担当している。
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