元ITコンサルタントの弁護士が、「法律」という観点から、IT業界で起こるさまざまな事件について解説します。
6月20日、レンタルサーバ事業者であるファーストサーバが運営するサービスで大規模な障害が発生し、Web、メールなどのデータが消失するという事故が発生しました。
さまざまな復旧が試みられたものの、最終的にファーストサーバは「データ復旧を行うことは不可能」という判断を下しました。
障害が生じたサービスの利用者は5000件以上に及ぶとされています。さらに、6月29日の発表によれば、復旧作業中の2次障害により情報漏えいが起きており、全体の規模はまだ分かっていません。
事故の原因は同社のFAQをご確認いただくとして、本記事では元ITコンサルタントの弁護士が、「法律」という観点から、ファーストサーバ障害事件を解説します。
多くの場所で議論されている損害賠償の問題、契約形態について解説し、最後に「サービスを使うユーザーが気を付けるべきこと」をまとめます。
今回の事件で、大きな争点の1つとなっているのが、サービスの「損害賠償」です。
FAQを見ると、「サービス利用契約約款に基づいて、お客様にサービスの対価としてお支払いただいた総額を限度額として、損害賠償させていただきます」とあります。
また、Webサイトや顧客情報を失ったことによる機会損失については、「機会損失は損害賠償の対象外」というアナウンスが出ています。
ポイントとなる「契約」形態と「約款」について、順番に見ていきましょう。
レンタルサーバ事業(ホスティング事業)自体は特に新しいものではないですが、そもそも「レンタルサーバ契約」とはどんな契約なのでしょうか?
契約に関する基本的事項を定めている民法では、「典型契約」として、売買や賃貸借など13の契約類型ごとにルールを定めています。裁判では、「この契約は、民法でいうとどの契約?(つまりどの条文を適用するべきか?)」といったことが争点になる場合があります。
ユーザーからすれば、データやファイルを預けているのだから、倉庫に物を預ける時のような「寄託契約」だと考えたくなるかもしれません。寄託契約において荷物を預かる事業者は、預かったものについて「善良な管理者による注意によって管理しなければならない」とされています。
また、「レンタル」という言葉からすると「賃貸借契約」としてとらえて、貸主がレンタルした物件の管理を怠ったのだから、やはり貸主について義務違反を問えるのではないか、と考えたくなるところです。
しかし、寄託契約の目的物は「物」であり、民法上は「物」とは有体物なので、電子データなどは含まれません。また、同種の事故に関する裁判例では、レンタルサーバ契約について「寄託契約的性質があるともいえない」と判断しています(東京地裁平成21年5月20日判決※1)。
また、レンタルサーバという名は付くものの、実際にサーバがユーザーの支配管理下に移るものではなく、占有が移転しているわけではないので、賃貸借契約ともいえないでしょう。
結局、レンタルサーバ契約は、民法の定める典型契約のどれにも当てはまらないと考えられます。あえていうなら、多くの業者が「レンタルサーバサービス契約」と呼んでいることから、事務処理の委託を行う「準委任契約」が近いのではないかと思われます。
仕事・業務の委託をする際の契約形態の1つだが、仕事の完成を目的とする「請負契約」とは異なり、一定の事務処理を委託する契約。診療行為の契約などが典型例。ソフトウェア開発においては、要件定義などの上流工程で一般に用いられる業務委託契約は、準委任契約。
もっともこの議論を突き詰めても、問題の解決につながるというわけではありません。
というのも、ファーストサーバの場合もそうですが、レンタルサーバ契約には法律以上に詳細な条件が「約款」という形式で定められているからです。
普通、契約は双方の話し合いによって決めるものです。一方、約款とは、サービス提供者が一方的にルールを定めたものです。
鉄道運送契約、生命保険契約などの契約関係において、契約の一方当事者(企業)が一方的に契約の条件を定型的に定めたもの。本来、契約とは双方の当事者が話し合いの上で締結するものだが、約款の場合、画一的なサービスを提供するためにサービス提供者が定めたルールに一定条件のもとに拘束される。
約款は、話し合いの手間を省くメリットがありますが、一方が決めたルールに拘束されます。一定の手続きを踏んでいれば、約款の規定は原則として当事者間に適用され、法律の規定が直接適用される状況が少なくなるのです。
ファーストサーバは、約款を定めていました。詳細に見ていくと、二重三重の防御線を張っていることが分かります。まずは、ファーストサーバの約款を読み込んでみましょう。
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