AMDが動作周波数5GHzを実現したプロセッサを発表。一時、IntelとAMDが繰り広げたクロック競争が再び起きるのか? でも時代は、動作クロックだけが選択の尺度でなくなっている。
2013年5月は、あれよあれよという間に株価が一瞬指数関数的とも思える上昇を示した後、急激な下落を示したのはご存じのとおりである。ミニバブル崩壊にも見える値動きであった。株価が戻ってほしいと思っている方も多いだろう。最近は、バブルを知らない世代もいるので注釈しておくと、20年ほど前の日本のバブル崩壊のときは、期間的には昨年末から半年といった期間より、さらに長期間の上昇の後、大崩壊が起こった。やはり、崩壊前の上昇率はそれ以前に比べると急激であり、一瞬指数関数的に見える。株のコラムでもない本稿で、こんなことを書いているのは「指数関数的グラフ」を引っ張り出したかったからである。マイクロプロセッサの世界でも、この手の上昇傾向が現れることがある(ムーアの法則自体がそれだといってしまえば身も蓋もないが……)。プロセッサのクロックについてだ。そして、それが話題になるときには大抵の場合、AMDが役者のひとりとして登場するのである。
AMDという会社は、長らくIntelに次ぐ2番手(最近、この定位置から落ちてしまったことが話題になっているが)で、何か新味を出さねば存在価値がない。それもあって、自社をアピールするポイントには必死に張り込んでくるところがある。それはパソコン産業が立ち上がったころからそうで、いまや伝説となったPC/AT互換機世代からそうであったのだ。Intelが12MHzの80286をようやく出荷できるころに、セカンドソースのAMDは、それよりも動作クロックが速い16MHz品を出している。当時、AMDはIntelの正式セカンドソースで、設計データなどをIntelから提供受けていたにも関わらず、本家より1段速い製品を出してきたわけだ。「謎の16MHz品」である。25%の高速化だな。実態は製造プロセスなどを高速化のためにチューンして出したと思われるのだが、2番手だけに売りのポイントを作るのにはなりふりかまわないところがある。
その後、Intelとは周波数向上競争を繰り広げたのは、ちょっと年寄なら覚えているだろう。当時、「複雑なx86はRISCのような高速なクロックでは動作しない」と言われていて、確かに486くらいまではそうであった。ところがIntelが人海戦術で100MHzの壁を破ると、その後は両社の熾烈なトップ争いが続き、周波数はまさにうなぎ上り、その余波としてRISCはx86の後塵を拝するに至り、デスクトップから駆逐されてしまった。そのあたりの周波数競争で「指数関数的」な成長が見て取れるはずだ。当時はシングルプロセッサであったし、周波数くらいしか分かりやすい指標がなかったので、そこにみなさん集中していたわけだ。
しかし、それもPentium 4まで。Pentium 4は、10年以上も前に、いまからしたら何世代も古い、線幅の太い製造プロセスながら4GHzに迫るクロック速度を達成した。しかし、周波数を追及するため小分けにし過ぎた長大なパイプラインには適合しづらいプログラムも多く、また何よりも、熱的な問題に直面し、結局、マルチコア型の別な流れにとって代わられた。ここで「バブル崩壊」な周波数の低下が見られるわけである。マルチコア化に進んだ後は、周波数的にはいったん半分くらいに下がった後、そのあと10年ほどかけてほぼPentium 4時代に達成したあたりまで「回復」してきたわけである。この間、プロセスは何世代も改良されたし、熱的問題へのアプローチも整ってきた。
ようやく機は熟したと思ったのか、どうか。またもやAMDである。AMDが商用世界初とうたう5GHz越えのプロセッサを発表した(AMDのニュースリリース「AMD Unleashes First-Ever 5 GHz Processor」)。今度もクロックの比であれば25%くらいのアドバンテージではないだろうか。発表がクロックアップに血道をあげるゲーマー御用達といった感じであるのは、AMDの最近の性格からしてもいたしかたない。久しぶりの「最高値更新」というわけである。
昔であれば、これを機に苛烈(かれつ)な周波数向上競争が起こるところだが、もうそんなこともなさそうである。昔と違って周波数だけが尺度でもないことをみんなよく理解しているからだ。それに、周波数以上に別系統の問題の方が頭が痛い。「たくさんのコアを積んでいるわりに効率的に使いきれていない」とか「全部のコアをフルスピードで動かしたら熱くなりすぎるから、結局一部は手を抜いて動いていたりする」といったマルチコア独特の問題である。つまりは膨大なトランジスタを搭載できるようになったけれど、実際は遊んでいるトランジスタもまた膨大、といった問題である。まだ周波数は緩やかに上がるであろうが、その辺の問題を解決していかないと、かつてのように周波数が上がったといって手放しで喜べないわけだ。
今回、AMDの5GHzは、非常な新規性のあるプロセス技術や革新的なアーキテクチャなどを使ったブレーク・スルーというわけでもないようだ。手近な範囲でできる改良をやり、いわば「チューンナップ」で達成したもののようだ。そういう点では「崩壊」するような無理やり感もないが、「暴騰」を引き起こすようなインパクトにも欠ける。いままでゆるやかに回復してきた数字を「踏みしめている」といったような感じか。今後のクロック上昇のトレンドの目安くらいにはなるだろう。
AMDは昔から、この手のチューニングが得意なのだから、この際、一歩踏み出して、5GHzで動くx86とARMをワンチップに押し込んだような、ほかがやりそうにないチップをやってもらいたいものである。これならゲーマー以外にもインパクトはあるだろう。でも売れるかどうかは請け負えないが……。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス・マルチコア・プロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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