第163回 MRAMの時代がやってくる?頭脳放談

日米20社の半導体企業が集まって、東北大学でMRAMを共同開発するという。MRAMはすでに製品も登場しているものの、期待ほど市場は立ち上がっていない。さて、この共同開発でブレークスルーが起き、DRAMを置き換えるまでになるのか。

» 2013年12月24日 05時00分 公開
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 「日米20社の半導体企業がMRAMを共同開発し、量産化する」という記事が流れているというので、これにコメントすることにした。記憶容量10倍、消費電力3分の2という触れ込みである。すわ日米が大同団結して、半導体メモリで反転攻勢(反転するのは日本だけかもしれないが)か、と捉える向きもあるようだ。部外者が勝手に変なことを書いていると偉い先生から怒られそうなのだが、あえて書いてしまうと、関係者の心意気は良しとして、現状で一気にそんな大きな話になっているとも思われない。その辺り、憶測や想像をたくましくして考えてみた。

 まずは「そのMRAMとは何んぞや」という話のおさらいから入る。「不揮発なメモリ」だと十把一絡げにしてしまっては何も分からない。頭に冠する「M」は磁気(Magnetic)につながるMである。今回の記事の中心になっているのは、東北大学の「国際集積エレクトロニクス研究開発センター」という新たに開所したばかりの新組織だ(「東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター」のホームページ)。

 つい先日、お披露目のパーティを開いたらしい。新組織であっても東北大学は戦前からの「磁気、磁性」研究のメッカ(古い言い方だな……)だということを思い出そう。MRAMも、この伝統の延長にあるものと勝手に認識している。ぶっちゃけ古くからやっているので、この手の磁気現象、磁性材料に関する研究レベルも高い。東北大学がMRAMに使えそうな関連特許を数多く持っていても不思議ではない。一方、MRAMそのものは、今世紀に入ってすぐから話題に上り、夢のメモリ的に扱われた一方で、現在一応量産になっているけど用途はごく限られている、というような状況にある。

 理由はいくつかある。今世紀初頭に現れたMRAMは、書き込み、読み込みとも「電流を流せばその周りに磁界ができる」というマクスウェル(James Clerk Maxwell)先生以来の古典的な原理に 基づいていた。これは早い段階で集積度的にも電流的にも限界が来てしまった。MRAMの可能性はここまでかと思われた。しかし、新たなアイデアが出てきた。それがSTT(Spin-transfer-torque)というアイデアである。絶縁膜をトンネル効果で乗り越えて電流を流すが、その際に電子の持つ「スピン」を使って、磁性体膜の磁化の方向を変えようというモダンな原理の導入だ。これにより集積度を高められることが分かり、一気に展望が開けてきたのだ。

 ご存じかと思うがMRAM以外にも、いろいろな原理の新しい不揮発メモリが提案されている。それらは全て現時点の代表的なメモリであるSRAM、DRAM、Flash(フラッシュメモリ)の弱点を突いて自分の居場所を見つけようとしている。SRAM、DRAMは高速で、実用的にはほぼ無限ともいえる書き換え可能回数を持つが、電源を切れば記憶は消えてしまう。それに対して、Flashは電源を切っても記憶は残るが、速度は遅い。特に書き込み速度のDRAMと大差があり、致命的に遅すぎる。そして、DRAMもFlashもそろそろ原理的に集積度の壁にぶち当たりつつある。ブレークスルーが待たれているような状態にあるわけだ。新たな不揮発メモリは、どれもFlashよりははるかに速い書き込みと多い書き換え可能回数を持つが、STT型のMRAMは、DRAMに匹敵する速さと書き換え可能回数に近いところまで来ており、他の不揮発メモリと比べてもアドバンテージがある。市場規模を考えれば力瘤が入るのもうなずける。

 しかし、数量的にはまだまだのようだ。Everspin Technologiesという会社がSTT-MRAMを量産しているが、最近までの累積数量で1000万個だそうだ(「Everspin Technologies」のホームページ)。この会社は2008年ごろ、Freescaleからスピンアウトしてできた会社だ。日本では東京エレクトロンの子会社経由で販売しており、2015年中にバッファローがSSDのキャッシュメモリとしてこの製品を採用するということだ(バッファローのニュースリリース「MRAM搭載まで視野に入れた新プラットフォームが実現する オリジナルコントローラ搭載産業用SATA3 SSDの発売」)。バッファローの人が通常型のSRAMやDRAMでなく、このSTT-RAMを選択した理由を詳しく語ってくれていると良いのだが、ちょっと調べた限りでは見当たらなかった。DRAM互換のインターフェースになっているところがミソかもしれない。それにしても数年間の出荷累計1000万個というのは、一応量産と胸を張れるけれども、メモリ商売としてはいかにも心細い出荷量である。実際、Everspinはつい最近もベンチャー・キャピタリストから追加投資を受けていて、キャピタリストのいう「エクジット(株式公開や会社の高値売却)」には至っていない感じである。

 それでもSTT-MRAMを使って割に合う用途があることは証明済というわけだ。あとは大量生産してコストダウンし、DRAMの世界をひっくり返すという目論見であろう。そこで日米20社という構図に戻ってくる。「量産化」が本決まりになっているのであれば、結構大ごとである。それらの会社にとっては、戦略的な他社との提携ということになるから経営にも影響が出る話である。株価も動く。公開企業では正式発表なしに進められる話でもない。

 そこで、いくつか名前の出ている会社のニュースリリースをのぞいてみた。どうもそんなニュースリリースが打たれているような兆候は見当たらなかった。よって現時点では、経営に関わるような大きなプロジェクトが正式決定されて動いているという証拠はないように思われる。考えられるのは「量産化に向けた研究」に、研究費とか、研究員とか、装置とか、材料とかを提供し、研究に一口のった、というスタンスである。昔風に言うと、新研究所開所のご祝儀を出したという感じ。「量産する」というのと「量産に向けて研究する」というは、言葉は似ているが異なる。「量産する」ということになると、例えばメモリメーカーだったら、新たなメモリをいついつからこれだけ作ってこれだけ売り、逆に古いDRAMとかFlashとかはこのように収束させ、差し引きこれだけもうけるつもりです、などと株主に説明しないとならない。このごろはイチイチ面倒なのである。

 東北大学といえば、ほとんどの半導体メーカー、製造装置メーカー、半導体材料メーカーなどに卒業生を送り出している。その上、新しい研究開発センターにはクリーンルームもあるらしい。当然そこには、ピカピカの製造装置があるのだろうし、先端素材も必要になる。そして有望なSTT-MRAM関係の特許も数多く押さえている。言っちゃ悪いが「取りあえず一本」くらい置いておく(プロジェクトに取りあえず参加しておく)というのがありがちな反応だろう。まあ、昔はともかく昨今は、「取りあえず一本」置くのもつらいような経営状態の半導体会社が多いから、それでも出させた東北大学の政治力こそ瞠目(どうもく)すべきかもしれない。しかし、本当に連合軍で量産に向けて動けるのかどうかはまた別の話である。株価が動くような公式ニュースリリースが出ることを望みたい。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス・マルチコア・プロセッサを中心とした開発を行っている。


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