「人件費」イコール「コスト」と見なされがちな風潮の中、正反対のアプローチを採り、従業員の待遇を改善することで業績を伸ばした企業もあるという。2014年最初のコラムでは、ちょっとだけ希望の持てるそんな話を紹介したい。
For generations, technology has been a source of misery for many low-paid workers, rendering their jobs tedious or eliminating them altogether. Gallup recently reported that only 29 percent of North American workers feel engaged with their work. Yet Ton suggests that a more sophisticated use of those same technological tools could reverse those trends.
Thinking Outside the (Big) Box - NYTimes
http://www.nytimes.com/2014/01/05/magazine/thinking-outside-the-big-box.html
では、上記の例文に出てきたキーワードとキーフレーズを見ていこう。
原文 | 訳 |
---|---|
for generations | 何世代にも渡って、長い間 |
misery | 悲惨、みじめな状態 |
render | 〜な状態にする/rendering their jobs tedious、仕事を退屈なものにする |
tedious | 退屈な、うんざりする |
eliminate | 取り除く、排除する |
engage〜 | 〜に打ち込む、熱中する(be engaged) |
yet | だが、それでも |
suggest | 示唆する |
reverse | 逆転させる、ひっくり返す |
今回引用したのは、昨年の大晦日にNYTimesのWebサイトに掲載された「Thinking Outside the (Big) Box」の中の一節(最後の部分に出てくる)だ。
記事自体は、従業員の待遇を改善して業績を伸ばした例外的な企業についての話だ。大半の小売業が人件費を単なる「コスト」(減らすほど良いもの)と見なす中、これらの企業では現場の従業員を競争力の源泉と捉え直して、大きな成功を収めている……といった内容だ。
タイトルの基になっている「think outside the box」というフレーズは、「創意工夫する、既存の考えにとらわれずに考える」という意味の慣用句だ。また「big box」は、大型量販店/安売り店(big box retailer)を指す言葉としてよく使われる。
つまり、この記事に出てくるイケア(IKEA)のような量販店でも、型にはまらない斬新な考え方で業務の改善に取り組むことができ、その結果、関係者全員がより大きな恩恵(reward)を手にすることも可能、といった意味が込められている。
筆者のアダム・デビッドソン(Adam Davidson、注1)がこの記事を書こうとしたきっかけは、どうやらブルックリン(ニューヨーク)にあるイケアの店舗の変貌ぶりに驚いたことにあったらしい。
デビッドソンが奥さんとともにその店舗に初めて足を運んだ際には、とても感じが悪かった。どんな商品がどこにあるか分かりにくい広い店内に買い物客がごった返し、店舗スタッフ(従業員)の姿はあまりなく、個々の商品の違いを知りたくても聞く相手がいない、といった有様だったらしい。2人は相当嫌な思いをしたらしい――「angry」とか「exhausted」といった強い言葉が使われている――「もう二度と来ない」と誓って店舗を後にした。
そしてイケアに対しては、ウォルマート(Walmart)などと同類の「商品の安さだけが取り柄」の大型量販店――すなわち買い物客はその安さにつられて足を運び、他の点には目をつぶるような店であり、また往々にして人手が十分でなく、そのせいで「不満そうで、不親切なスタッフ」(small, often unhappy and unhelpful staffs)が働く店――といった印象を受けていたという。
ところが数年後、やむにやまれぬ事情から再び同じ店舗を訪れたところ、店内の様子が一変していた。
入り口には案内係が立って来店客に挨拶し、特定の商品の売り場への近道も教えてくれた。目的の売り場では従業員がいろんな選択肢(オプション)について丁寧に説明をしてくれた。デビッドソンが声を掛けた他の従業員も皆感じが良く、商品知識なども豊富で、親切だった。
この大きな変化にびっくりしたデビッドソンは、一体何があったのかを知りたくなり、早速イケア(の米国拠点)に問い合わせた。それで返ってきた答えは「新しいワークフォース管理システム(work-force-management system)を導入したおかげ」というものだった。
予想の来店客数に対応できる必要最小限の人数を計算し、配置するためだけの古いシステムとは異なり、この新しいシステムでは本当のリソース最適化が可能で、例えば買い物客からの質問が多い商品の売り場にはスタッフを多めに配置する、といったこともできるようになったという。
さらにデビッドソンは、この新しいワークフォース管理システムを開発したクロノス(Kronos)という企業の幹部から、同社がジネップ・トン(Zeynep Ton)という学者の研究に大きな刺激を受けて、その考えをシステムの設計に採り入れた、という話を聞いてさらに驚く。デビッドソンはこの時ちょうど、トンの著作を読んでいたところだったからだ。
ジネップ・トンは、現在MITのビジネススクール(Sloan School)で教壇に立つ女性経営学者で、オペレーション管理(Operations Management)という分野の専門家だ。
デビッドソンの記事によると、トンがこの研究を志すことになったのは、出身地のトルコで、子供のころ父親の経営する衣料品の工場を手伝い、バスローブにポケットを縫い付けていた体験がきっかけだったという。
低賃金で作業も単調・退屈、しかも往々にしてプレッシャーが掛かることも多いそんな仕事でも、何とか働き手をハッピーにできる方法はないものか……そうした想いから、やがて、従業員にとっても雇用主にとってもより大きな見返りを手にできる方法を見つけることを仕事に選ぶことになったのだそうだ。
このトンと、マーシャル・フィッシャー(Marshall Fisher)という別の経営学者が共同で行った研究によると、調査対象となった小売業者の中には、従業員の賃金(時給)を1ドル引き上げるごとに売上が10ドルも増加した例や、あるいは人手の手薄な店舗で最大28ドルも売上が伸びた例もあったという。
無論、賃上げ=やる気アップだけで、この戦略が機能するわけではない。プレゼンのスライド中にも出てくるように、人材への投資――トレーニングなどに加え、扱う商品点数の絞り込みや、手続きの標準化と権限移譲とのバランスなども必要とされるという。
なお、1月14日に発売されたばかりのトンの著書「The Good Job Strategy」の中には、従業員を厚遇することで成果を上げた企業の一例として、日本にも進出しているコストコ(Costco)の名前が出てくる。
デビッドソンは記事の中で、「ウォルマートの平均時給が13ドルであるのに対し、コストコは21ドル」で、それでも過去10年間の株価の伸びはコストコの方がずっと上回っている、などと記している。このコストコの成功の秘訣については、昨年6月にBusiness weekでも特集記事で取り上げられていた。
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