危うく脅迫された筆者に助け船を出してくれた1人のアノニマスは、以前、筆者の取材を直接受けてくれた人物だった。当時から2年以上経った今、何が変わり、何が変わらないのか―― 再びその声を直接聞く機会に恵まれた。
前回の記事では、「和歌山県太地(たいじ)町のイルカ漁に抗議する」というアノニマス(Anonymous)のオペレーション「OpKillingBay」について、主要な役割を果たしていると思われたTwitterアカウントに筆者が直接質問してみた結果を紹介した。
2013年11月に「行動する」と宣言した主要アカウントにその根拠を尋ねたところ、得られたものが少なかったどころか、脅迫までされてしまった。しまいには、そのアカウント自体も消えてしまうという、何ともしまらない結果に終わった。
さて、筆者が脅迫を受けた時、助け船を出してくれた1人のアノニマスがいた。覚えている方もいると思うが、日本で初めてアノニマスが注目を集めるきっかけとなった時期に、筆者の取材を直接受けてくれた人物だ。この件を機に、再び生の声を聞く機会を得た。今回はその声をお届けしよう。
セキュリティ・ダークナイト 番外編 本当のAnonymousが知りたいの
http://www.atmarkit.co.jp/fsecurity/special/161dknight/dknight01.html
辻:自己紹介をお願いします。
A:お久しぶりです。私は名無しさんです。2008年から日本で、オンライン、オフラインで活動するアクティビストです。初めはオンラインコミュニティのみでの活動だけでしたが、今はオフラインでの活動も始めています。オンラインといっても、私のはDDoSなどハッキングを行わない平和的な抗議です。
とある団体への反対活動から始まり、なおその活動は続けているけれど、今はメインではありません。とある団体への反対活動が活発だった頃は、DDoSなどのサイバー攻撃を行うアノニマスもいましたが、マーク・バンカーという人物(アノニマスではありません)が、アノニマスに対し「平和的、合法的に本当の抗議をしよう」と呼び掛ける動画をアップロードし、これに感銘を受けたアノニマスがオフラインで集まりました。この流れを私も汲んでいます。
辻:改めてお聞きします。アノニマスとは何ですか?
A:「ミーム」「アイデア」です。私は、日本語で表現する際には「抗議共同体」としてます。初めから人が集まって何かの行動をしようというものではなく、同じ考え、同じ意思ごとに人が集まってくるイメージですね。
とある記事では「たくさんの鳥が飛んでいるイメージ」と表現していました。あるときは同じ方向を向いて一緒に飛んでいるけど、時々、ある鳥が別のところに向かうことがあって別の流れが生まれては消える。そのたびに違うゴールにそれぞれが向かっていこうとするといったようなイメージです。アノニマスが生まれたとされる2006年のころから、それは大きく変わっていませんね。
辻:アノニマスは2006年ごろに誕生しました。誕生から8年ほど経過しましたが、何らかの変化はありましたか?
A:2006年頃、4chanが主な活動場所だったときから変わったことといえば、始めは「祭り」「いたずら」「釣り」が多かったですが、2008年以降からは「抗議」「ソーシャルジャスティス」が多くなってきているということです。
また2008年頃からは、デモなどの抗議に加え、DDoSや情報を漏洩するリークといった、ハッキングという手段を抗議に用いる、いわゆる「ハクティビスト色」が強くなってきたように思います。
辻:ソーシャルジャスティスとは何でしょうか?
A:例えば、最近では#OpMaryville、日本でも話題になったものとしては#OpRIP(Amanda Todd)などですね。
前者は、ミズーリ州の小さな町、メリービルで起きた2人の少女に対する性的暴行事件に起因するものです。犯人と思われる人物は、元議員を祖父に持っていたためか、初め性的暴行で起訴されたものの、証拠不十分で不起訴となりました。これを受けて抗議を始めたものです。「TwitterStorm」を行い、Twitterでトレンド入りすることで世間の注目を集め、リアルなデモにまで発展しました。
辻:Amanda Toddさんの事件は私も知っています。
カナダのバンクーバー近郊に住んでいた当時15歳の少女が、ネットで「トップレス姿が見たい」というリクエストに応じたことに端を発する事件ですね。ある人物がFacebookで突然メッセージを送ってきて、「もっと見せないと、以前リクエストに応えたときのトップレスの写真をばらまくぞ」と脅した。アマンダさんは、不特定多数の多くの人に写真をばらまかれ、いじめに遭い、転校しても転校先でもやはり同じような目に遭い、うつ病、パニック障害を発症し、漂白剤を飲んで自殺未遂をしてもいじめは止まらず、今までの出来事をYouTubeで告白。その1カ月後に自殺し、この世を去ってしまったという、とても悲しい事件だと思います。
昔であれば、引っ越しをすればある程度リセットできたのかもしれませんが、現代ではネットによって簡単に情報が伝わり、その情報から逃げることができない、ということを痛感させられる事件でした。
このときにアノニマスは、事件の発端となった人物の個人情報を調べ、公開しましたね。
A:もし、2006年から2008年ごろの4chanを主な活動場所としていたアノニマスならば、加害者側に加わって騒ぎ、情報を拡散したり、被害者の個人情報を暴露したりしていたかもしれません。しかし今では、全てのアノニマスがとは言い切れませんが、ソーシャルメディアにおいての弱者、被害者を救済し、加害者に制裁を与えるという「ソーシャルジャスティス」の動きが主流になってきていると思います。
特に、警察や司法が動かない場合、「何とかしなければいけない」という気持ちから行動する人が増えてきているようです。#OpMaryvilleでは、花を持ってデモに参加したアノニマスもいたようです。
辻:印象に残っているオペレーションは?
A:「OpPayback」はとても印象に残っています。DDoS攻撃はよくないことですが、Wikileaksへの送金を強制的にブロックすることはフェアではないと個人的に思いました。私は攻撃しませんが、攻撃を行った人たちの気持ちは少し分かる気がします。
SOPAに対するオペレーションも印象に残っていますね。あの法律は米国のものでしたが、その危険性についてヨーロッパ、オーストラリアなど他の国の方々にも伝わり、様々な人が参加していたようです。
結果的に、GoogleやWikipediaなど、多くの有名サイトが抗議に参加するまでに至る大きな流れを作ることになりました。危険性を伝えるところから始まり、多くの人に危険性を理解してもらえた。そして、そこから多くの人が行動し、大きな流れを作ることに成功したのだと思います。
残念ながらアノニマスの中にはDDoSや改ざん、リークなどの行為で抗議する人もいますが、反SOPAのような流れを作ることの方が、よい結果を生むのだと思います。
なぜWikipediaは停止するのか――SOPA抗議活動をひもとく
http://www.atmarkit.co.jp/news/analysis/201201/18/sopa.html
オフラインでの抗議では、2008年のサイエントロジーに対するデモ「Project Chanology」が一番印象に残っています。私自身も、このオペレーションを知ったことが、アノニマスに参加するきっかけになりました。
ネット上の掲示板に書き込みをしたり、サイトを作成したりしてメッセージを発信することはできます。でも、それだけでは何も変えることはできないと思っています。けれど、それをきっかけにリアルの世界で集まって、一緒に抗議することで何かを変えられる気がしました。
アノニマスは友達とはいえないかもしれませんが、同じ意思を共有して行動することで仲間が増えた気がしました。「危機感を持っているのは自分だけじゃない、1人じゃない」ということが分かった気がしました。
Twitter上で特定のハッシュタグなどを使って一斉につぶやくという「TweetStorm」には、その問題について多くの人に知ってもらうという目的はありますが、それで終わりではありません。それは「始まり」です。その後、どのように行動するかが大切なのだと思います。
法案であれば議員に電話や手紙、FAXなどで連絡したり、デモをするなどの手段があります。TweetStormでトレンド入りすると「勝った!」という人もいますが、全然、勝ちなどではありません。どこまでいってもオンラインでの活動は、始まりでしかないと思います。
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