以上の課題を受けて、2009年からパブリッククラウドを利用し始めました。使用感としては、前述した「機器調達のスピード」が長年の課題だったのですが、クラウドサービスはこの課題をあっさり解決するものとなりました。何しろWeb上の管理画面からボタンを押すだけでサーバーが手に入り、5営業日待っていたものが5分で済むわけですから。圧倒的なスピード感に驚きつつ、喜びつつ、次世代への進化を実感しました。
システム部門の事だけを考えれば、全面的にパブリッククラウドに移行できれば都合が良かったのですが、前述のように多種多様なクライアント企業の要望があるため、そこは慎重に進めないといけません。そこで、パブリッククラウドを使うことを少しずつ提案に織り交ぜていったものの、クライアント企業の理解がなかなか得られず、活用は思うほど進みませんでした。クライアント企業もそのスピードやコストを削減できる点には関心を示すのですが、安定性や可用性が重要であるだけに、自社サービスへの適用を決断できない様子でした。
実際、当時は各種メディアで「パブリッククラウドでデータが消えた」「数百台のサーバーが一斉に動かなくなった」といった事件が報道されたり、「I/Oが遅い」「セキュリティ面が懸念される」など、「クラウドは時期尚早なのでは」といった論調が強かった時期です。無理もないところではあったかと思います。
個人情報取り扱いの観点でも課題がありました。それまでは案件終了とともに、クライアント企業には「データの破棄証明」を発行していたのですが、パブリッククラウドは自社内のリソースではない以上、実際に消えたのか、残っているのかは誰にも分かりません。もちろん消去することはできますが、本当に消えたことを「証明」することはできません。これは現在も同じです。従って、そうした破棄証明をどうやって発行すれば良いのかという問題がありました。
以上の事情から、クライアント企業にはなかなか受け入れられなかったパブリッククラウドですが、われわれからするとメリットはたくさんありました。一部従量制サービスもあるため、コストやキャパシティを見積もりにくい点もありましたが、資産として持たなくても利用できるパブリッククラウドは、投資や運用の柔軟性を大幅に高めてくれました。
例えば、クライアント企業には「Webサイトのローンチと同時に、最初の1週間はYahoo!ブランドパネルにも出稿する」というケースが比較的多いため、「そのタイミングだけサーバーを増台したい」というケースが少なくありません。その点、パブリッククラウドは、料金的には1時間単位で、ピンポイントでスケーリングできます。実際には、スケーリングの対応時間もあるので1時間単位では難しい場合もありますが、1日単位なら問題なく運用できます。
ただ「自社内のリソースでスケーリングした際に掛かる作業人件費」と「スケーリングした際に掛かるパブリッククラウドの料金」はどちらが多いのか、「パブリッククラウドのオートスケールをどこまで信用していいのか」という課題も浮上してきました。この点については今後も研究を進めていく必要があると考えています。
では同じようなサーバー構成の案件では一体どれくらいの差が出るのか、時間とコストの2軸で比較してみたのが、以下の図2です。
比較は弊社キャンペーン案件で一般的なWebサーバー2台/DBサーバー2台の構成で行っています。定性的に分かっていたことも、あらためて可視化してみるとだいぶ印象が違います。
ただ、こうして見てみると、パブリッククラウドでは対応し切れないことも見えてきました。構築の部分です。サーバーイメージのコピーなども方法によっては可能なのですが、基本的には同じアカウント(契約の単位)の中でしかできません。
ですので図3のように、構築にかかる時間は基本的には物理環境とさほど変わらないのです。今は「yum」(Yellowdog Updater Modified)など優れたパッケージ管理ツールがありますので、それらを利用すれば比較的短時間で構築はできます。ただパブリッククラウドでしか使えないものではないのでどちらの環境でも効率は同じになります。
作業者の時間はコストにもつながるところがあるので、構築に関してはコストとしても圧縮が難しくなります。
従って、パブリッククラウドのコスト面でのメリットは、あくまで機器調達の初期費用とランニング費用がメインになります。とはいえ、物理サーバーと比べてこれらのメリットが十分に大きいインパクトを持っていることはやはり注目に値します。
ということで、一長一短のパブリッククラウドですが、少し俯瞰してみるとかゆいところは残るものの、「ヒト」「モノ」「カネ」「ジカン」といわれるビジネスリソースのうち、「カネ」と「ジカン」の2つに対して圧倒的なパワーを持つパブリッククラウドを使ってみて、時代の変化といいますか、インフラの明らかな進化を感じましたし、「今後、企業がクラウドに流れないわけがない」という予感がしました。
「これは何としてもこの波に乗らなきゃ。パワー不足な面や、セキュリティ面の気になるところも、やり方次第ではなんとかなるんじゃないか」―― そんな感覚を覚えた辺りから、第三の選択肢としてプライベートクラウドの模索を始めていくことになったのです。次回はその経緯を詳しく紹介します。
メリット
デメリット
使ってみて気付いたこと
梁取雅夫(やなとり まさお)
博報堂アイ・スタジオ システム開発部 部長 テクニカルディレクター
2005年モバイルサイト制作会社の創業に参画、約7年間の会社経営を経て、2012年博報堂アイ・スタジオへ入社。技術部門の取りまとめを行う傍らプライベートクラウドの立ち上げに寄与する。
矢吹豪(やぶき たけし)
テクノロジーソリューション本部 シニアテクニカルディレクター
モバイルベンチャー企業を経て、2004年博報堂アイ・スタジオ入社。現在は企画全体を見据えた技術領域でのシニアテクニカルディレクターとして従事し、自らも、LAMP環境でのPHPプログラミングから、ミドルウェアチューニングまで行う。
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