圧倒的技術成果を出したエンジニアが所属企業に求めるべきは、社長表彰、ボーナス、それとも……?
2014年のノーベル物理学賞は、名城大学の赤崎勇教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授、名古屋大学の天野浩教授の日本人研究者3氏(年齢順)への授賞が決まった。3氏が日本人であることには筆者は何の感慨もないが、「青色LEDの実用化」という現実生活を大きく改善する業績は素晴らしいものであり、ノーベル賞が身近な成果に与えられたことは大変良かったと思う。
特に中村氏は、一般企業の研究環境の中で大きな成果を上げたことのすごみと、その後の企業との発明対価をめぐる訴訟事案の印象が強烈に残っている。氏の研究が今回、名誉の上でも大きく評価されたことを喜びたい。
一方、政府では、企業に所属する研究者が取得した特許の保有権を、現在の原則として研究者個人のものとするやり方から、原則として企業のものとする方向に舵を切ろうとしている。まだ法案が国会を通過したわけではないが、この制度変更は実現する公算が大きい。
政府は、研究者と企業の間で労使協議に基づくルール化をあらかじめ行うことや、研究者にとって十分インセンティブ(=やる気のもと)になるような報奨制度を設けることを求める方針のようだが、交渉上は企業側が圧倒的に有利なので、エンジニア諸氏としては、少なくともこれまで以上に注意が必要だろう。
もっとも、かつての中村氏の例を見ると分かる通り、今までの個人が発明の特許権を持つ形でも、企業に所属する研究者が十分に報われないケースも多々あった。
研究者が、そしてもう少し範囲を拡げてエンジニア全体が、自分の持つ独自の知識や技術の扱い方に対して戦略を持つことが必要だ。
会社の方針に従って、研究、開発に努める。ここまでは給料をもらっているのだから当然だ。しかし、経済的な価値が大きいであろう「成果」に近づいた段階で、エンジニアは立ち止まって考えるべきだ。
この際に、成果と損得がはっきりしている金融の世界が参考になる。例えば「もうけの出る運用の方法」を発見したトレーダー(金融機関の自己資金で、債券、為替、株式などを取引する人)は、どうするだろうか。
かつての(1990年代くらいまでの)国内の銀行の銀行員(トレーダー)なら、「仕事なのだから、もうけて当然です。特別な報酬など自分からは求めません」という顔をして、人事評価のプラスポイントを確認すれば十分に満足しただろう。もうけの額が特に大きい場合には、「社長表彰」の賞状でもあると完璧だった。
かつての日本の銀行員は転職することがまれだったし、報酬は将来の昇進に連動する所得やステータス、さらに出向先のグレードや年金の水準の差などを通じて長期的に受け取る仕組みだったので、「人事評価のプラスポイント」が最大の報償だったのだ。
同じ状況で同じころの外資系の銀行や証券会社だったら、稼ぎの額に十分見合うボーナスをもらえるか否かで、トレーダーと東京支店長との間で一騒動あったかもしれない。
外資系金融機関のトレーダーはたいていの場合、もうけに連動するボーナスをもらう仕組みになっている。しかし、もうけとボーナスの額との関係が厳密な比例関係であることはまれで、払う側の裁量が働くことが多かった。
稼いだ外資系トレーダーは「自分はもっとボーナスをもらっていいはずだ」と不満を持つ。一方、東京支店長は「大もうけが毎年続くこともあるまい」と思ったり、「トレーダーなら他に代わりがいる」と思ったりする場合もあって、交渉がどこに落ち着くかは予断を許さない。
この場合、トレーダーの側から見ると(1)支店長に「来年以降も稼げる」と思わせられるか、(2)支店長のさらに上(本社の幹部)の信頼が厚いか、(3)納得できる条件で他社に転職できるか、という3点がポイントだ。
支店長の側では、(1)トレーダーの来年以降の稼ぐ能力の見極め、(2)トレーダーをクビにした場合の本社の上司の反応、(3)トレーダーの代わりが(通常は社外に)いるかどうか、といった点を考えなければならない。
転職による人材の移動の可能性が生じることで、ゲームのありようが大きく変わるのだ。
経済価値の高い成果に到達したエンジニアの状況は、大なり小なり外資系金融のトレーダーの状況と似ている。エンジニアも日ごろから、(1)自分が継続的に(今後も)有用な技術的成果を出せることを印象付けておかねばならないし、(2)できれば経営トップや有力な株主と良い人間関係を築いておくべきだし、(3)転職の可能性についてある程度のめどを立てておくべきだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.