オフィスビルやショッピングモールには必ず「非常口」が設置されている。普段意識することはほとんどないが、もし火事や地震が発生したとき、中の人々はそこまでスムーズにたどり着けるだろうか? また安全なところに避難するまでどのくらい時間がかかるだろうか?
「建築空間内のヒトの行動のVR可視化」と題するセッションでは、建築設計において非常に重要な「避難」という行動を、シミュレーションソフトとUnityを使ってビジュアルに表現し、防災機能を高めるための取り組みが紹介された。
今回作成されたシミュレーションは、ゼネコン大手の竹中工務店と3D CADソフトを販売しているエーアンドエー、ならびにユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの三者が協力して作成した。「建築空間というのは、ほとんどの場合人が中に入って何かをするものであり、人の行動の器。建築空間の中における人の行動を可視化できないか」(竹中工務店 片桐岳氏)という狙いでプロジェクトチームを作ったそうだ。
片桐氏によると、竹中工務店では以前から、建築デザインプレゼンテーションのためにUnityを活用していたそうだ。模型やCGビデオを使えば、建築物が出来上がったときのイメージは大まかには把握できる。しかし、細かな質感や差し込む日光の加減、さまざまな角度からの視点などまでは再現できない。
そこで竹中工務店では、独自開発のドーム型シミュレータ「visiMAX」をベースにしたドーム型のビジュアルシミュレーター「visiMax Mobile」を開発した。
持ち運び可能なこのシミュレーターの内部に、Unityで作成した3D立体視のCG映像を投影することで、実際に建物の中にいるかのような臨場感あふれるプレゼンテーションに活用している。季節感を出したり、一日の間の日光の差し込み方を再現したりすることも可能だ。これによって、施工主との間で細かなところのイメージが食い違う、といった事態を避けることができる。
visiMax Mobileはカンファレンス会場の展示スペースに持ち込まれており、来場者がその3D画像を立体視で体験できるようになっていた。
今回片桐氏らが取り組んだシミュレーションの目的は、建物の意匠やデザインではなく、防災という「機能」を、目で見て分かりやすく表現しようというものだ。
そのために、竹中工務店内で安全・避難設備などの開発に取り組む「防災屋」に加え、エーアンドエーや早稲田大学渡辺研究室の協力を得て開発した、人の流れ・動きをシミュレートする歩行者シミュレーションソフト「SimTread」や、流体解析に基づく煙の流れのシミュレーションなどを活用。それらの出力結果(ログ)をUnityと連携させ、グラフィカルに表示する試みを行った。
竹中工務店の竹市尚広氏は、設計の中でどう避難の安全を確保するかを常に考え続けている「防災屋」だ。竹市氏によると、地震や火事が起きたときに、屋内にいる人が何分で避難を完了できるかという計算は、これまでの蓄積に基づいてある程度数式化されているという。ただ、「この数式は専門家には分かるけれど、それ以外の人にはちっとも直感的に分からない。ボトルネックになりそうな箇所の見落としが起こる懸念がある上、時系列的な解析が難しいという課題があった。そこで、シミュレーター化できないかと考え、共同で避難シミュレーターを開発した」(竹市氏)。
それがSimTreadだ。このソフトウェアは3D CADソフトの「VectorWorks」上で動作するもので、部屋の大きさと形、出口の数と大きさや階段の有無、部屋の中にある障害物、避難の目的地といった情報を与えると、図形でシンボル化された人物が目的地に向け移動してくれる。どこで人同士の渋滞が発生するか、全員が目的地に到達するまでどのくらいの時間がかかるかを目で見て把握できる。
ただ、いかんせんSimTreadの解析結果は、二次元上に幾何学模様(□印)で示されるだけ。棒線と□印の組み合わせを直感的に「人」と感じさせるのは難しい。そこで、SimTreadの解析結果をQuickTime形式の動画として出力し、そのデータにUnityを活用して三次元化させた。デモンストレーションでは、竹中工務店の本社オフィスを舞台とし、そのほぼ真ん中にあるリフレッシュスペースで「火事が発生した」という仮定で、どのような避難行動が取られるかを3Dで可視化した。当然、上から俯瞰するなど、さまざまに角度を変えてみることも可能だ。
今回の取り組みでは、シミュレーションにいっそうのリアリティを持たせるため、煙の動きのデータも追加している。米国立標準技術研究所(NIST)が開発した「Fire Dynamics Simulator(FDS)」というシミュレーターを使って再現した煙の動きを上記のデータに追加すると、人々が避難する後ろから徐々に煙が追いかけてくるという状況が、映画さながらに再現された。
現実の空間上にシミュレーション結果を反映し、3D CGで再現してみると、通路の合流地点や階段の手前などでボトルネックが生じる(おそらく現実には、何らかのパニックが生じる可能性もある)ことが、目で見てまざまざと分かる。Unity上で設定を変更し、停電や夜間条件を加えることもでき、「恐怖感というものも実感できると思う」と片桐氏は述べた。
このように、建築分野で3D CGが活用できる余地は存分にあると片桐氏は述べ、「建築分野でVRに取り組みたい人を歓迎したい」と会場に呼び掛けた。ただし、多少の誇張や想像が許されるゲームの世界とは異なり、建築、特に安全に関する分野は「正確でなければならない。ノリだけではできません」(片桐氏)という。
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