そもそもサッカーは、データ分析に向くスポーツか専門家が語るサッカーとデータ分析(1)

サッカーはデータをどう生かせるのか。データ分析の力は、サッカーをどう変える可能性を秘めているのか。これを探る2回シリーズの前編として、専門家に、サッカーとデータ分析の相性について聞いた。

» 2015年09月29日 05時00分 公開
[三木 泉@IT]

サッカーでは、何を目的に、どういうデータを収集し、どう分析しているのか

 サッカーの世界では、これまでもデータを生かす取り組みが進められてきた。例えばデータスタジアムという企業は、プロ野球、ラグビートップリーグとともに、Jリーグに関する各種データを取得・分析し、これを主にクラブやメディアへ提供することをビジネスとしている。

 さらにJリーグでは、2015年に、データ分析に関連して新たな仕組みが導入された。これは試合中の選手とボールの動きをカメラで追尾し、リアルタイムで情報に変換して提供できるというものだ。

 こうした取り組みは、どうサッカーを変える可能性があるのだろうか。一般企業でも、データを活用することを考える際、何を目的に、どういうデータを収集し、どう分析するかが重要なテーマとなるが、サッカーではどうなのか。サッカーとデータ分析の関係を探る2回シリーズの第1回として、サッカーの世界ではデータをどう収集し、どう分析できるようになってきたかを、専門家に聞いた。

 登場するのはデータスタジアム 代表取締役社長 加藤善彦氏、データスタジアム フットボール事業部 滝川有伸氏、そして2015年8月、Jリーグアドバイザーに就任した統計家でデータビークル取締役の西内啓氏だ。聞き手はアイティメディア エグゼクティブエディターの三木泉。

他のスポーツとは異なる、サッカーならではの複雑さ

――野球など、他のスポーツと比べて、サッカーはデータ分析のしがいのあるスポーツなのか、どうなのでしょうか?

データスタジアム 代表取締役社長 加藤善彦氏

加藤氏 野球はすごく分かりやすいですよね。ストライクかボールか、フェアかファウルか、セーフかアウトか、ある意味デジタルです。でもサッカーは常に流動性があって、つながりがあって、見慣れない人にとっては分かりづらいスポーツです。ですが、その局面を切り出すことで、可視化できます。そのためのツールとしてデータが使える競技だと思っています。

西内氏 野球だと、公式のスコア情報だけで、状況の説明がかなりできます。ラジオで「何アウトでランナーが何塁にいて、何ストライク何ボール」と言われれば、誰もが大体同じ状況をイメージできます。一方サッカーは、状況を正確に説明しようとすると、膨大な情報を全て言わなければならない。「ディフェンダーはいまこの辺にいて、この人とこの人の関係がずれていて」とか。でも、結局中継では、「開始何分で、どちらのポゼッションで、どの選手がボールを持っている」というくらいの情報になってしまう。

統計家 西内啓氏

 さらに、パスやシュートにしても一つとして同じ状況はありません。バリエーションの幅が広いです。これを指して、「サッカーは野球に比べ、データ分析に向かない」と言われたりもしますが、多分そうではないと思います。

 例えば一般的なマーケティング調査でも、潜在顧客に一人として同じ人はいない。でも、ある程度枠を決めてデータを取得する。そこにはある程度のばらつきとか、誤差はある。それでも平均的には「こういうことをすればどうやらもうかりやすいらしい」ということを見いだすのがデータ分析の価値です。そういう意味で、一見よく分からない複雑なものだからこそ、現代的な統計解析が意味を持つと考えています。

――(データスタジアムでは、)野球とサッカーの担当部署間で、どうも話が通じないということはあるんですか?

データスタジアム フットボール事業部 滝川有伸氏

滝川氏 野球はピッチャーとバッターが1対1の関係であるところから始まり、これにボールがどこに飛んだといった情報が加わります。一方、サッカーでは22人が常に動いていて、ボールがあります。一人だけの能力や数字だけでは計れません。チーム全体として何らかの数字が良かったとしても、一回のチャンスでやられてしまうということもあり、結果が予想しづらい。「100回くらい対戦して、何パーセントの確率で勝つ」ということは言えますが、一回の対戦でどうなるということは難しいです。

 同じ場面がないので、細かくデータ分析をやろうとすれば、各局面で「こういうときはこうしたほうがいい」などといったことを含め、大量のデータを取り込んでやらなければなりません。単純に「何かの成功率が高いからいい」とはいえないところが、野球に比べれば難しいところでもあり、分析の醍醐味(だいごみ)でもあります。

データ活用の積み重ねから生まれる戦術

――「この間のワールドカップで、ドイツがブラジルに勝ったのは、データ分析の結果、ボールを持つ時間を極力短くしたからだ」と言われたりしますが、それだけのはずはないですよね。ボールを極力長く持たずにパスを回していくのがいいということは、多くの人が経験上知っていることで、これがデータ分析の力だといわれても、あまり説得力はないですよね?

滝川氏 そうですね。ドイツ代表の場合は10年ほど前から、若手の育成を含めて、オリジナルなデータを駆使してきたので、それでも100%勝てるわけではありませんが、データ活用の積み重ねが貢献したということだと思います。ベースがありつつ、勝利する確率を高めるような準備をし、さらに現地では相手に合わせて、「こういう状況ならこうする」という対策を練っていたと思います。

Jリーグが2015年にWebページで提供開始した「LIVEトラッキング」のイメージ画像

西内氏 戦術にはある程度トレンドがあり、何が勝敗を分けるかは、ワールドカップでも大会ごとに違うし、各国リーグのシーズンごとにも違います。これもまた面白いところです。野球に比べ、サッカーは相性問題がかなり出てきます。バルセロナのように、自らの強さを突き詰めたようなチームに対して、その良さをいかにつぶすかということは、世界中の監督が研究しています。そこから新しい戦術やフォーメーションが生まれてきます。こうした相性問題が積み重なってサッカーの進化があるのではないでしょうか。

 ただ、誰もが「これがいいのではないか、あれがいいのではないか」と試行錯誤をしているときに、データを活用すれば、「たぶんこれが勝敗を分けるだろう」というポイントを見出すスピードが高められる点がいいと思います。実際にその結果を関係者が見てみると、「なんとなく感じていた暗黙知を上手く言い表すことができる」ということになります。

 以前、データスタジアムがUEFAチャンピオンズリーグに関するムックの付録として、全試合のデータをCD-ROMでつけていました。私は当時、これを使って分析したことがあるのですが、あの時期は「中央でスルーパスを何本通すか」が、かなり強く得点や勝ち点につながっていました。

 でも、違う時期の同様なデータを入手して調べると、全く違う結果が出ました。その時期は、クリスチャーノ・ロナウドをはじめとするあらゆるプレイヤーが、いかにコーナーから1対1の状況で相手を抜くか、またはファウルをもらってPKを獲得するかということが、得点と勝ち点につながっていました。

 すると、ディフェンダーの能力としては、前者の場合はラインコントロールが重要になるかもしれませんが、後者の場合は、いかに1対1でクリーンに止められるかといったことが問われてきます。つまり、チームを取り巻く状況によって、これまで重宝されてきた選手が、突然むしろチームのウィークポイントになってしまうといったことすら起こり得ます。

 こうした点を大会中に修正するのは難しいと思いますが、例えばUEFAチャンピオンズリーグで優勝したいなら、前年に勝敗を分けた要因は何だったのか、そして近々対戦する強豪チームは国内リーグでどのような相手に対して弱いのかといった点を分析しておくことはおそらく必須です。これを踏まえて、各チームがどういう修正をしてくるかは、アートの世界です。いずれサッカー界にもっとデータ活用が普及してくると、「多分あのチームはこう修正してくるだろうから、逆手にとってこういう対策をとる」といったように、データだけではないさらに一段高度な情報戦が展開され出しているのではないかという気がしますが、まだ少し先の話ですね。

 このインタビューの続きは、IT INSIDER No.48「専門家が語るサッカーとデータ分析(1):サッカーはデータ分析に向くスポーツか」でお読みいただけます(閲覧は無料ですが、TechTargetの会員登録が必要です)。

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