Dellが、ストレージ大手のEMCを買収するという。統合の結果、IT業界の5指に入る企業規模になるようだ。統合後、Dellの創業ビジネスといえるパソコン事業にも手が入ることになるのだろうか?
DellとEMCの統合という、IT業界でも最大級の規模の買収案件が発表された(Dellのニュースリリース「Michael S. Dell, MSD Partners and Silver Lake Lead Transaction to Combine Dell and EMC, Creating Premier End-to-End Technology Company」)。両社経営陣による最終合意が発表されたのであって、手続きが済んだわけではないことに注意する必要があるが、買収規模は8兆円にものぼるそうだ。
Dellは、日本でもパソコンメーカーとして一般向けの製品も売っているから知名度は高い。パソコン業界の立ち上がりの時期から生き残ってきた老舗であり、規模もトップクラスの企業である。
一方、EMCもパソコン市場の発展とともに成長してきた長い歴史を持つ企業であり、やはりIT業界大手の一角を占める。しかし本拠地が米国な上、企業相手のビジネスが中心のため、あまり日本ではなじみがないせいか、単にストレージメーカーといった説明で済ませているニュースが多いようだ。ストレージといっても単なるストレージデバイスではなく、「データセンター」「クラウド」「ビッグデータ」といったキーワードで語られる現代的なITインフラの会社と言うべきだろう。
そんな両者の統合によって、IT業界でも「多分」5本の指に入ることになるであろう規模と、パソコンからデータセンター、ITインフラのサービスまでカバーする業界屈指の幅広い品ぞろえばかりが注目されているように思われる。しかし、ニュースリリースの背後にあるものを読み取れば、その意図や次に起こりそうなことはかなり分かるのではないかと思う。
先ほど「多分」と書いたが、なぜ「多分」なのかといえば、Dellが非公開企業でその売上高その他が公開されていないので、DellとEMCを統合した場合の売上高などの事業規模の正確なところが分からないためである。Dellは、かつて公開企業であったわけだが、Dellの創業者であるMichael S. Dell(マイケル・デル)氏本人と投資家グループによって買収され、現在は株式は非公開となっているのだ。
今回のEMCの買収もDellを所有しているDell氏と投資家グループが、「EMCを買収し、非公開化する」ということである。キャピタリストが入っている以上、そこにある意図は明確だろう。両社を統合し「手札を組み替えて」企業価値を高め、最終的には株式を再上場して巨額のキャピタルゲインを得るということである。
創業者でかつ現在もCEOを務めるDell氏がそうするかはともかく、投資家グループはある時(そんな何十年もお金を寝かせておくことはないから、それほど遠い未来のはずがない)が来たら、「売り抜け」て利益を得るに決まっているわけだ。そのために必要な手札としてEMCを「引いて」きたように思える。そしてEMC傘下には今回の買収で行方が注目されているVMwareがぶら下がっているのだ。VMwareの動向が注目されるのは、EMCの価値の数分の一を占める規模の大きさからだけでなく、サーバーなどのリソース管理を支える近代的なインフラといっていい仮想化技術を握っている企業であるからだ。当然、DellとEMCのハードウエアでなくてもVMwareは使われている。
投資家グループによる買収という大筋をまず押さえれば、これから起こりそうなことは大体予想が付くように思われる。Dellは巨大な企業だが、最近の成長率はそれほど大きくなかったと想像される。古くはパソコンのBTO販売という手法で急成長したDellだが、パソコン市場そのものが成熟し、数量は横ばい、単価的には下落方向であろう。パソコンビジネスそのものはいまだ売り上げ規模は大きく、キャッシュフローの額自体は大きいだろうが、成長の余力はほとんどないと思われる。
タブレットのような小型端末も手掛けているが、さらに利幅は小さいし、市場競争は激しい。現代の強欲な資本主義体制下では、着実にキャッシュフローが回っていたとしても横ばいでは評価されないから、株価は上がらない。株価が上がらなければ投資グループはエグジット(出口、すなわち投資した資金の回収のこと)できない道理である。「成長率」に大きな期待を呼び込まねばならないわけだ。
そのため、今までもDellは、より成長率の高いデータセンターやクラウドといったITインフラビジネスに、旧来のパソコン中心から軸足をシフトしつつあったように思える。今回のEMCとの統合によりこの面はさらに強化されるし、その方面の事業規模も一気に拡大されるはずだ。とすれば、統合後に打つ手は決まっているだろう。両社の重複を取り除いて合理化するのはもちろん、成長率の悪い分野は売却するなり何なりして成長率の足を引っ張りそうなところを切り捨て、より高い成長の見込める分野に集中するということになろう。あくまで個人的な考えだが、その過程でDell創業のビジネス領域であるパソコン事業も見直される可能性もあるだろう。
そう考えていくと公開企業であり続けるVMwareについても、その価値を棄損するような方向に投資家グループが動くわけはないと思う。VMware自体は、幅広い使用者からのライセンス料などが収入の柱の一つのはずなので、Dellの資本の系列に入ったからといってDell系のハードウエア優先というようなクローズドな方向にしたらもうからなくなるだろうからだ。VMware以外にもいくつかの企業が新たに傘下に入るが、それら全てをトータルしたときに最大のリターンが得られる方向に損得勘定されるに違いない。いずれにせよ、膨大な金を投じるのであるから、得られるべき相応なゲイン(収益)というのもまた膨大な金額である。
非公開というのは、ギリギリまで情報公開しないで済むと同時に、素早い決断が可能となる体制でもある。たとえ話ではなく、時は金(金利)なのであるから、そんなに悠長なことはしないと思う。EMCの非公開化がなされれば、着々と「手札の入れ替え」がなされるであろうと予想する。それがどんな形になるかは知らないが、企業規模からいっても2016年におけるIT業界再編の目ともなるかもしれない。
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
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