「コグニティブコンピューティング」と呼ぶAI(人工知能)領域のテクノロジーに注力するIBM。だが、同社はAIという表現を使っていない。その背景を探る。
近年、さまざまな技術トレンドが注目され、ニュースとして盛んに取り上げられています。それらは社会、企業に対してどのようなインパクトを及ぼすのでしょう。ベンダーを中心としたプレーヤーたちは何を狙いとしているのでしょう。
それらのニュースから一歩踏み込んで、キーワードの“真相”と“裏側”を聞き出す本連載。今回は「コグニティブコンピューティング」を取り上げます。
「AI分野の研究開発は、これまで文字通り、人の知能をITで実現する学術的な取り組みが中心だった。そのITが進化し、AIの要素技術も高度化してきたことで、世の中のあらゆるデータをビジネスや生活に幅広く活用できるようになってきた。そこでIBMはこれまでのAIのイメージではなく、ビジネスや生活において人をサポートする新たなITとして“コグニティブコンピューティング”を提案し、それを具現化したシステムとして“Watson(ワトソン)”を世に送り出した。WatsonはAIの要素技術をふんだんに活用しているが、あくまで人をサポートすることが目的だ。この目的こそがAIとの違いである」
表題の疑問に対してこう一気に答えてくれたのは、日本IBM 執行役員ワトソン事業部長の吉崎敏文氏だ。
本連載初回のキーワードは、IBMが現在、強力に事業化を押し進めている「コグニティブコンピューティング」を取り上げる。
コグニティブとは日本語で「認知」を意味する。AI領域の言葉でもあるが、同社はAIという表現を使っていない。冒頭で吉崎氏が語ったのはその理由である。
では、コグニティブコンピューティングとは、「どのようなIT利用環境」なのか。IBMでは「人間が話す自然言語を理解し、根拠を基に仮説を立てて評価して、コンピュータ自身が自己学習を繰り返して知見を蓄えるテクノロジーを活用した、コンピューティングの新しい概念」と定義付けているという。そして吉崎氏が語った通り、それを具現化したシステムが「Watson」である。
Watsonは米IBMの創設者であるトーマス・J・ワトソン氏にちなんで命名されたコンピュータで、人間の能力に対抗して「迅速かつ正確に自然言語での質問に答える」ことを目指して開発された。2011年には米国のクイズ番組「Jeopardy!」で人間と対戦して勝利したことで一躍注目を集めた。これをきっかけにIBMはWatson、そしてコグニティブコンピューティングを前面に押し出して事業化を進めるようになった。
こうしたIBMの動きに対し、国内IT大手でAIにも注力している企業の研究開発担当役員が、「創設者の名前を付けたWatsonを、コグニティブコンピューティングより先に押し出したところにしたたかさを感じる」と、テクノロジーではなくマーケティングの観点で評価していたのが印象的だった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.