IBMはコグニティブコンピューティングについて、歴史的背景から次のようにも位置付けている。
「世界は今、かつての産業革命、コンピュータ革命に続く第三の技術革新の時代を迎えている。ビッグデータによるデジタル化がもたらす“情報革命”がそれだ。この革命では情報を分析して生み出すナレッジをいかに活用していくかがカギとなる。それを支えるのがコグニティブコンピューティングである」
この見解は、米IBMシニアバイスプレジデントIBM Watson事業担当のマイク・ローディン氏が2015年11月に来日した際、日本IBM社長のポール与那嶺氏、同執行役員研究開発担当の久世和資氏、そして吉崎氏とともに臨んだ記者会見「コグニティブ・ビジネスに関するラウンドテーブル」で語ったものだ。
ローディン氏はこの会見で、Watson関連のプロジェクトが世界30カ国以上で17の産業分野を対象に進行しており、400社を超えるパートナー企業とエコシステムを形成していることを明らかにした。日本では、ソフトバンクグループと共同で日本語化を進めており、間もなく日本語でのWatson活用が可能になる見通しだ(2016年1月現在)。
ちなみに、この会見では「“コグニティブ”という多くの人になじみがない言葉を、IBMは今後も使い続けるのか」との質問も飛んだ。これに対しては与那嶺氏は、「IT分野では技術革新とともに新しい言葉が頻繁に出てくるが、最初はどれもなじみがない。ただし、コグニティブコンピューティングは第三の技術革新の時代を象徴する言葉になると確信している。従って、ぜひともコグニティブという言葉になじんでいただきたい」と答え、“コグニティブコンピューティング”を前面に押し出す姿勢をあらためて示した。
こうしたIBMの姿勢は、同社がコグニティブコンピューティングを推進するビジネスを「コグニティブビジネス」と呼んでいるところに、どうやら核心があるようだ。
それは与那嶺氏の2016年の年頭所感からも見て取れる。その一文には「IBMにとってコグニティブビジネスは、1990年代の“e-ビジネス”、2000年代の“スマータープラネット”に続くコーポレートビジョンである」と記されていた。IBMが「コグニティブ」に注力するのは、まさしくコーポレートビジョンだからである。
では、コグニティブコンピューティングに対してIT担当者はどう向き合えばよいのか。吉崎氏は次のようにメッセージを送ってくれた。
「Watsonはこれから幅広い用途でどんどん活用されていくが、それを担っていただくのはITエンジニアの皆さんだ。Watsonに実装した機能は全てAPI経由で利用できるようになるので、ぜひとも多くの皆さんに活用していただきたい」
日本では、日本IBMとソフトバンクグループが共同で展開するWatsonのエコシステムなどを通じて、日本で利用可能なAPIが提供され、Watsonのアプリケーションを開発できるようになるという。先述した通り、間もなく日本語での利用も可能になる。また、英語のアプリケーションならば、グローバル市場にチャレンジすることもできそうだ。
(参考記事)話題のWatsonをBluemixで使うには
最後に、もう一度コグニティブコンピューティングという言葉の真意を振り返ろう。
吉崎氏は個人的な見解と断りながら、「もしコグニティブコンピューティングという言葉がなかなか浸透しなくても、Watsonが広く受け入れられて愛着を持っていただければ、それでいいと考えている」と語った。ワトソン事業部長としての本音だろう。
そう考えると、IBMにとってはコグニティブコンピューティングをAIと言うか言わないかなどは、たいした話ではないのかもしれない。要はコグニティブビジネスを広げられるかだ。その最も重要なキーワードはWatsonである。
ITジャーナリストとしてビジネス誌やメディアサイトなどに執筆中。1957年生まれ、大阪府出身。電波新聞社、日刊工業新聞社、コンピュータ・ニュース社(現BCN)などを経てフリーに。2003年10月より3年間、『月刊アイティセレクト』(アイティメディア発行)編集長を務める。(有)松岡編集企画 代表。主な著書は『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。Facebook。
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