人間にまつわるセキュリティを考える本連載。第2回のテーマは「行動規範はセキュリティに役立つのか?」です。企業における「社是・社訓」や、国家公務員に対する「倫理規程」などの行動規範が、情報セキュリティ上果たす役割について、ある実験を参考に考えます。
企業や専門家団体など、各種の組織において、「社是・社訓」や「倫理規定」などといった「行動規範」が定められていることがあります。また、専門資格などを受験したときに、合格条件の中に「倫理規約の順守」といった項目が入っていることもあります。このような規範は、どうして必要なのでしょうか? また、情報セキュリティの面から見たとき、こうした規範は一体どのような役割を果たしているのでしょう。今回は、こうした行動規範の持つ効果について考えます。
まず、いきなり「行動規範」などと言われてもピンとこない方のために、一例として、情報セキュリティの専門家資格である「CISSP(Certified Information Systems Security Professional)」の認定試験などを実施している(ISC)2が定めている「倫理規約」の一部を紹介します。
倫理規約の序文
倫理規約の規律
上記規律を達成するため、以下に指針を示す。
(中略)
(以下略)
(ISC)2では、上記の規約は必ず従うべきものではなく、「倫理的ジレンマに直面したときに、その状況を分析し、問題を解決するための糸口」として参考にしてほしいとしています。しかしながら、この規約に故意に違反すれば、「資格の取り消し」もあり得るとしています。さて、このような行動規範には、一体どのような意味があるのでしょうか?
ここで、行動規範の効果を考える上で参考になる、ある実験を紹介しましょう。
これは、行動経済学者のダン・アリエリー(Dan Ariely)が、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の学生を対象に実施した二つの実験です(参考:ダン・アリエリー著『予想どおりに不合理』、早川書房)。情報セキュリティについての実験ではありませんが、興味を引くものです。
MITの学生寮の共用スペースにある複数の冷蔵庫に、6本パックの缶コーラと6枚の1ドル札を載せたお皿を置いて、それぞれ72時間(3日)後にどうなるかを調べた。
72時間後、共用スペースにある複数の冷蔵庫から、全てのコーラがなくなっていたが、1ドル札はそのまま残っていた。
MITの学生に計算問題を5分間で20問回答させ、終了後にグループごとに以下のことを行った。
実験の結果、各グループの正答率は以下のようになった。
グループ | グループ1 | グループ2 | グループ3 |
---|---|---|---|
平均正答率 | 3.5問 | 6.2問 | 9.4問 |
この二つの実験から分かったのは、以下のことです。
この実験結果を情報セキュリティに置き換えて考えると、「情報には価値はあるが、現金ではないため、現金以上に盗取の可能性が高くなる」と考えることができます。金銭を直接盗み取るより、情報を盗み取る方が「心理的なハードルが低い」といえるのです。
さらに、この実験には続きがあります。
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