社会一般から大きな注目を集めているIoT(Internet of Things)。だが、その具体像はまだ浸透しているとはいえない。今回は、2016年5月25、26日に開催された「IBM Watson Summit 2016」の幾つかのセッションの模様から、その最新事例をお伝えしよう。
2016年5月25、26日に開催された「IBM Watson Summit 2016」では、数多くの最新IoT活用事例が紹介された。注目を集めたのが、26日に行われた日本アイ・ビー・エム Watson IoT事業部 事業部長の林健一郎氏によるセッション「IoTとWatsonがつながる世界を劇的に変革 - IBMのIoT活用技術を最新事例で一挙公開」だ。このセッションでは、IoTの最新事例だけではなく、グローバルおよび国内におけるIoTの動向についても説明していた。まず、事例紹介に入る前に、IoTを取り巻く状況を見てみよう。
IoTという考え方は、2012年頃、ドイツが国家戦略として、インターネット接続によって製造業の競争力を高める「インダストリー4.0」を発表したことが、浸透のきっかけとなった。2014年には、米国でインターネットを利用したサービスによる生産性、効率性向上を目的にした「Industrial Internet Consortium」(IIC)が民間企業主導で立ち上がった。そうした中で、日本では、成長戦略「日本再興戦略」のカギとなる施策として、IoTやビッグデータ、人工知能を活用した産業構造および就業構造変革の検討が行われているのが現状だという。
「最近の動きとしては、2016年4月に行われた『HANNOVER MESSE』で、IoT分野における日独連携が成立し、IoTの標準化などを共同で進めていくことが発表された。一方、ドイツのインダストリー4.0チームは、米国のIICとも連携してIoTで使われる技術の標準化への取り組みを進めている。昨今は、日独米の3カ国が中心となってさまざまな技術の標準化を策定し、ソリューション展開を推進している。これがIoTのグローバルトレンドになりつつある」(林氏)
なお、IDC Japanが調査した「国内IoT市場 産業分野別 2020年支出額予測」によれば、日本国内では「組立製造」「プロセス製造」「公共/公益」「クロスインダスト リー」「官公庁」「運輸」が、「2020年にIoTの支出額が1兆円を超える分野」と見られているという。
「この中で、支出額が最も大きくなると見込まれているのが製造業だ。もともと製造業は、M2Mで生産性の効率化に取り組んできた背景があり、そこにIoTのテクノロジーが加わることで、オペレーションやアセット管理、食品トレーサビリティなど本格的に市場が立ち上がることが期待される。その他、公共/公益分野ではスマートグリッド、クロスインダストリー分野ではスマートビルディングやコネクテッドカー、官公庁では公共交通システムや公共安全システム、運輸分野では輸送貨物管理やフリート管理でIoTの活用が進むことが予測される」(林氏)
ここからは、IoTによって新しい価値創造が期待できる領域として、「製造業」「自動車」「ヘルスケア・医療」「顧客対応」「農業」「建築・公共」の6分野にフォーカスして、最新のIoT活用事例を紹介していこう。
まず、「製造業」では、三菱電機、アドバンテックのIoT活用事例が紹介された。
三菱電機では次世代のものづくりを実現するソリューション「e-F@ctory」へのIoT技術導入に向けて、日本IBMと技術協力。三菱電機の持つファクトリーオートメーション(FA)の制御系システムとIBMの情報系システムを接続することで、製造業向けのIoTソリューションを共同構築するプロジェクトを進めているという。例えば、制御系システムに収集されるさまざまなセンサーデータを、IBMのアナリティクスソリューションに取り込むことで、予知保全を実現することが可能となる。
台湾に本社を置くアドバンテックは、産業用コンピュータ分野におけるIoT向けハードウェアソリューションのグローバルベンダー。同社が提供するPaaSソリューション「WISE-PaaS」を、IBMのクラウド基盤「SoftLayer」およびPaaS「IBM Bluemix」と連携させることで、ユーザー企業がIoT関連の新たなサービスやアプリケーションを容易に開発・実行できる環境を提供している。
例えば、センサーゲートウェイやセンサーノードから収集されたデータを基に、クラウド上で工場設備機器の稼働状況や環境を可視化し、保全を支援するIoTソリューションなどを開発できるという。
次に、「自動車」の分野では、本田技研研究所(ホンダ)と富士重工業(スバル)のIoT活用事例が紹介された。
ホンダは、2015年からF1レースに再参戦しているが、F1マシンに搭載されているハイブリッドエンジン(パワーユニット)の状況をリアルタイムに分析するべく、レーシングデータ解析システムの基盤としてIBMの「IoT for Automotive」を採用。パワーユニットに設置された160個以上のセンサーからの情報を、国内の研究所で収集・分析し、レース中の走行状況をリアルタイムで把握するとともに、パワーユニットの異常を検知する仕組みを構築した。
これにより、ホンダでは、年間約20レースで、トラックサイドに配置されるサーキットエンジニアの負荷軽減とコスト削減を実現。その結果、開発本拠地におけるパワーユニット開発に、より多くのリソースを投入できるようになったという。
スバルでは、高度運転支援システム分野における、実験映像データの解析システムの構築と、クラウドおよび人工知能技術(AI)に関して、日本IBMと協業を開始している。具体的には、ステレオカメラを用いた運転支援システム「アイサイト」などの先進安全システムの膨大な実験映像データを集約して統合的に管理するシステムを構築し、2016年4月から運用を開始している。
この取り組みについて、5月25日に行われたゼネラルセッションのパネルディスカッションで、富士重工業 取締役専務執行役員の武藤直人氏は、次のように述べる。「今回の日本IBMとの協業では、『アイサイト』のさらなる進化を目指して、特に人工知能を活用した自動運転の研究・開発を加速していく。現在、当社では世界で200万キロ以上の走行データを蓄積しており、このビッグデータを高度に解析して、自動運転のレベル向上を図る」。
「さらに、Deep Learningを取り込んで、自動運転が提供する“安心と楽しさ”の価値拡大を目指す。2017年には、高速道路の渋滞の中でも、車線を守りつつ、前の車との車間をキープしながら自動運転ができる技術を実現する予定だ。2020年には、レーダー技術も取り入れ、車線変更まで自動で行えるようにする」(武藤氏)
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