多数の事例取材から企業ごとのクラウド移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出する本特集「百花繚乱。令和のクラウド移行」。福井銀行の事例では、VMware on IBM Cloudを活用した移行の背景とポイントをお届けする。
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地域産業の育成を目的に創立され、120周年を迎えた福井銀行は、これまでシステムのインフラを幾度も改革し、クラウドへの移行も始めている。福井銀行は、ITインフラを変革する際に、何を重視し、どのような思いを持って進めてきたのか。
2019年6月18〜21日に開催された日本IBMのイベント「IBM Think Summit Tokyo」の基調講演に福井銀行 事務企画グループ グループマネージャーの酒井尚之氏が登壇。「地銀分散系システムの改革に向けて―金融機関におけるIBM Cloudの本格活用―」と題して、2019年5月に開始したIBM Cloudへの移行プロジェクトの背景と全容を明かした。
1899年に福井県で創業し、「地域産業の育成、発展と地域に暮らす人々の豊かな生活の実現」を企業理念に掲げる福井銀行。地域産業の育成を目的に地元有志が集まって創立された同行は、120周年を迎えた現在、福井県、石川県、富山県、滋賀県といった北陸/近畿地方の他、京都、東京、大阪、愛知、バーチャル店舗など、計98店舗を展開する。
「福井は繊維や眼鏡のフレームの生産が盛んな地域です。1924年に全国に先駆けて人絹糸と人絹織物を担保とした融資を開始。戦後は空襲や福井大震災からの復興に向けて共同融資団を設立し、その後、1983年に預金量1兆円、2014年に預金量2兆円にするなど、地域をつなぎ未来を創ることを目指して取り組んできました」(酒井氏)
そんな同行は2009年1月から、「勘定系システム」をNTTデータの「地銀共同センター」へ移行し共同化する取り組みを実施。また、勘定系とは別に財務管理や総務などの業務要件ごとに細分化して構築された「分散系システム」については自行の「事務センター」に集中させた。
「とはいえ、福井県下に本部機能含め、ほとんどの営業店が集中する中、障害時のBCP(事業継続計画)/DR(災害復旧)をどうするか、センターの維持コストやシステム更改コストをどうするかが課題になりました。そこで分散系システムの集中運用を当行内で行うのではなく、外部に委託し、システムリスクの低減と運用コストの削減とともにセキュリティの向上を図りました」(酒井氏)
このアウトソーシングで採用されたのが、2009年から提供が始まっていた「IBMマネージドクラウドコンピューティングサービス(IBM MCCS)」だった。2011年から約1年半かけて分散系システムのサーバ約200台をMCCS基盤へと移行し、IBMのサポートを受けながら安定稼働を継続させた。
IBM MCCSを採用した理由は、提案が画期的だったからだという。「IBMは業務量に合わせて柔軟にリソースを増減できるという提案をしてくれました。他のベンダーが業務利用の最大値に合わせてサーバのスペックなどを決めていましたが、IBMは、利用が瞬間的に増えてサーバにスペックが必要になる場合、通常の4倍までは自由に使っていいという提案でした。今では当たり前なのかもしれせんが、当時のわれわれにとっては大きな魅力でした」(酒井氏)
利用開始からトラブルはなかったものの、将来を踏まえると新たな懸念も発生していた。まず、運用はアウトソーシングしたものの、データセンターで稼働する物理基盤/ハイパーバイザー(VM)やOSは老朽化すること。また、AI/マーケティング分析など最新のIT活用にはリソースが不十分なこと。加えて、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureなどクラウドサービスと比べて見劣りしがちな点も懸念された。クラウドサービスの進化は速く、ITインフラ基盤を乗り換えることで課題を解消し、将来的にメリットが得られる可能性も高まっていた。
そこで、次世代のITインフラ基盤として、スケーラブルで柔軟性が高いIBM Cloudのベアメタルサーバ環境を採用することに決めた。IBM Cloudの他にも、さまざまなクラウドベンダーを比較したが「最終的にはIBM一択だった」と酒井氏は振り返る。
「コストパフォーマンスや既存環境との親和性などを考慮しました。まず、コストは関してはAWSやAzureと十分並び立つ水準であることを確認。また当行では、勘定系システムと関連性が高いミッションクリティカルなシステムをIBM AIXで運用しており、それを含めて先が見通せるのはIBMのみでした。加えて、当行の環境を知り尽くした専属チームが継続して参画するので大きな安心感がありました」(酒井氏)
酒井氏がIBM Cloudで評価した点は大きく2つある。
1つは、ベアメタルクラウドを基盤にしていながら、リソースの追加が従来以上にスピーディー、タイムリーに実施できることだ。「従来もスペックの追加は可能だったものの、ある程度提供のために要件があり、タイムラグがありました。IBM Cloudの場合、『明日からサーバを追加したい』といったケースでも、その通りにベアメタルサーバを追加できます。これにより、業務の要請にも迅速に応えられるようになりました」(酒井氏)
もう1つは、処理スピードそのものの向上だ。「ハイスペックなCPU、メモリ、フルSSD化された高速ストレージを専有できます。マーケティング関連の分析などは従来1週間かかっていたものが、新基盤では数時間で可能になることを確認しています。コストが同水準のまま、処理のスピードが格段に上がることは大きな魅力です」(酒井氏)
さらに、基盤を移行する際のポイントとして、並行稼働やダウンタイムが少ない点を評価した。具体的には、アプリケーションやネットワークの設計をできるだけ変更せずに移行すること、稼働中のシステムをできるだけ止めずに移行すること、並行稼働期間や構築期間を最小化することだ。
この要件を満たす移行方式として採用されたのが、「VMware on IBM Cloud」による仮想化基盤の短期構築と、「VMware NSX」のネットワーク仮想化技術を使用したシームレスな移行だ。VMware NSXで既存データセンターとIBM Cloudの東京データセンターをL2延伸し、VMware vCenter Server(VCS)によって移行先環境の迅速な構築とV2V(Virtual to Virtual)での高速移動を行った。移行時は、世界中の企業をサポートした実績のあるIBMの知見とノウハウ、ツール群が詰まった「IBM Cloud Migration Factory」を活用した。
移行作業は2019年5月に開始され、6月時点で約20台のサーバ移行を完了させた段階だ。「これは2009年のMSSC移行時と比べて32倍の速さです。また、全サーバともL2延伸で設定の変更がないことや、現行サーバは稼働直前の状態をワンスイッチで移行できること、切り戻しもワンスイッチで完了するなど、これまでの移行と比較しても多くのメリット、効果を確認できています」(酒井氏)
今後の展開としては、月20〜30システムをめどに移行を進め、2019年9月末に移行を完了する予定だ。旧データセンターの外部接続機器など、移行対象外となった機器は、老朽化後に新データセンターに移設、更改する。災対基盤をどうするかは現在IBMと協議を進めているところだ。
酒井氏はクラウドへの向き合い方について「クラウドサービスは適材適所で利用していくことが重要だと考えています。当行でも幾つかのシステムはAWSで稼働させています。クラウドや仮想化に夢見る時期は過ぎ、冷静に熱意を持ってクラウド利用を進めていく流れにあると思っています。当行はシステムを外部に委託することに文化的な抵抗が少ない金融機関の一つです。安全に安く使いやすい環境であるなら、クラウドを積極的に利用していきます」と説明。
最後に、これからの福井銀行の在り方について「福井県は幸福度で日本一ともいわれる県です。ITを活用しながら、北陸を中心に引き続き地域産業やお客さまの発展のために貢献していきたい」と述べ、講演を締めくくった。
時は令和。クラウド移行は企業の“花”。雲の上で咲き乱れる花は何色か?どんな実を結ぶのか? 徒花としないためにすべきことは? 多数の事例取材から企業ごとの移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出します。
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