バズワードとなりつつある「デジタルトランスフォーメーション(DX)」。だが、ちまたで語られるDXは手段が先行しているように見える。本当のDX実現のために何が必要なのか。長年IT業界で働く著者が現場の目線で解説する。
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何かと話題になっているデジタルトランスフォーメーション(DX)ですが、危機感をあおる情報に踊らされ、「新しい製品やサービスを導入しないとDXが実現できない」と早合点してしまう企業は少なくありません。しかし、本当のDX実現のためには、経営者やIT担当者はDXの考え方や定義を正しく理解し「本当に実現したいこと」を整理する必要があります。
本連載では、約20年間IT業界で働き、ITベンダーと事業責任者という両方の立場に身を置いた著者の経験を基に「DXの真相に迫る」というテーマで深堀りします。まず第1回目は「DXの本当のゴール」について解説します。
DXを語る上で2018年9月に経済産業省から発表されたDXレポート(正式名称は「DXレポート 〜ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開〜」)は外せません。DXレポートは端的にいえば「レガシーシステムを何とかしてDXを進めないと、2025年以降で巨額の損失が出る」といった内容です。ここでいうレガシーシステムとは長期間の利用などで複雑化、ブラックボックス化した既存のシステムを指します。多くのメディアで取り上げられ、注目を集めています。
企業は対策を進めようとしていますが「非デジタルな業務をデジタル化することがDXのゴール」と考え、結果としてRPA(Robotic Process Automation)やプロセス管理システムなど「話題になっている製品やサービスを導入して終わり」になっていることが少なくありません。確かに業務効率化といった点では効果はあると思いますが、導入しただけで「DXが実現できた」とはいえません。
こうした誤解が生じるのは2つの背景があると考えます。
さまざまなITベンダーが「2025年の崖」の解決に向けた製品やサービスを提供しています。DX実現のためには適切にITを活用する必要がありますが、そのためには導入後の運用を含めたさまざまな検討が必要です。ですが、手っ取り早く目の前の課題を解決できる製品やサービスを見て「これこそDXだ」と後先考えずに導入してしまう経営者やIT担当者がいます。ITベンダーも利益を出す必要があるので「これを導入してくれ」と言われれば当然断りません。
意地の悪い見方をすれば「今こそビジネスチャンスだ」と言葉巧みに危機感をあおり、製品やサービスの導入を急かすITベンダーがいるかもしれません。経営者やIT担当者が「DXはよく分からないからITベンダーに任せよう」という姿勢では、ITベンダーに勧められるまま不必要な製品やサービスを導入することになります。
例えばDXレポートには「データを活用しきれなければ、ビジネスモデルを柔軟・迅速に変更できず、デジタル競争に負ける」(要約)とあります。これだけを見ると「データ活用=デジタル競争の勝者」という解釈になりますが、このレポートのメッセージは別にあります。
それは、企業があらゆる競争環境で戦っていくために自社のコアコンピテンシーを再定義し、「どの市場で何を価値提供していくのか」という基本的な経営戦略を見直す必要があるということです。データ活用は手段の一つです。製品やサービスを導入する場合、それらは「見直した経営戦略を実行するための仕組み」でなければなりません(参考記事:経済産業省に聞く「DXレポート」の真意)。
ではDXの本当のゴールとはどんなものでしょうか。著者が考えるDXのゴールとは、以下の5点を実施することです。
この5点の中でも特に重要なのが「2.経営戦略で描いたゴールにたどり着くための事業戦略を立てる」です。事業戦略を立てる上で注意すべき点が2つあります。
1つ目は事業戦略の整理の場にITの責任者と担当者を同席させること。後ほど発足させるプロジェクトの立ち上がりスピードが速くなります。さらに、事業戦略を理解していることで要件漏れや勘違いを減らせるため、結果的に生産性と精度が上がります。プロジェクト成功確率の観点、キャリア形成の観点、立ち上がりのスピードの観点から事業担当者がITを理解するのではなく、ITの担当者が業務を理解する方が有効な手段だといえます。
2つ目は事業戦略と経営戦略に一貫性を持たせること。一般的に経営戦略は「売上〇〇億を目指す」などの定量的な目標か、「グローバル企業になる」といった定性的な目標を立てます。定量的な目標であれば比較的事業戦略に落とし込みやすいので問題ありません。ですが定性的な目標は、実現するための要素分解や経営戦略と一貫性のある事業戦略に落とし込むことが難しくなります。そのため「市場分析」「顧客分析」「自社の強み」「競合分析」などを実施し、しっかりとした戦略を策定しましょう。
このような作業は面倒ですし、既存事業を否定するような議論に発展することもあるため敬遠する方もいるでしょう。ですが、自社が戦っていくためには非常に重要な作業です。ここがブレると「結局、DXを推進したところで何のためだったの?」という本末転倒なことになってしまいます。
経営戦略や事業戦略の再考を優先し、なるべく早く実施すべきです。「2025年のXデー」に突然何かが起きることはありませんが、競争企業に対し、いち早く先手を打つためにはできるだけ早く、戦略立案〜プロジェクト完遂を目指すべきでしょう。
著者はDXを「真の戦略目標を達成するための手法」と解釈しています。
手法が先行しては駄目ですし、目の前にある課題をしらみつぶしに対応するのも悪手といえます。「戦略から戦術まで一貫性を持たせる」ことが重要なので、社内の共通理解とコミットメントが必要になります。心してかかりましょう。
ここまで、DXレポートを基に「DXの本当のゴール」について解説してきました。次回は、実際にDXプロジェクトが動き始めた局面においての障壁や回避方法について解説します。
20年間IT業界に身を置き、ITベンダー時代はプログラマーからSE、プロジェクトマネジャーに従事。2016年に今のゴルフダイジェスト・オンライン(以下GDO)に入社。GDOではIT責任者として、多くの大規模プロジェクトの陣頭指揮を執る。現在は自ら新規事業を立ち上げ、タイにおけるゴルフ場予約サービスの事業責任者を務める。
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