もう投資家からも許されない「経営者のITに対する“無理解”」「DX銘柄」の選定基準が示唆するもの

「AIを使って何かやれ」「ウチもクラウドを使え」といった戦略なき要請が、企業として許されなくなる日が、既に到来している――経済産業省と東京証券取引所が実施する「DX銘柄 2020」。その選定基準において、日本企業のIT活用における根本的な問題が、改めて強く問い直されている。

» 2020年02月12日 08時00分 公開
[内野宏信,@IT]

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「DX銘柄」の選定基準とは

 2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート」が企業の注目を集めて久しい。「レガシーを刷新しなければ生き残れない」とした「2025年の崖」というメッセージも多くの企業に浸透し、テクノロジーの力を生かして創出された新たな価値が既存の業界構造を破壊する、いわゆる“ディスラプション”に強い危機感を抱く経営層もかなり増えたといわれている。

 だが、その危機感は「具体的なアクション」や「成果」には必ずしも結び付いていない。背景にあるのは、10年以上前から指摘され続けている「経営層のITに対する理解」だ。「AIを使って何かやれ」「隣が入れたからウチもクラウドを」といった具体的な戦略、目的を提示できない経営層の掛け声に、現場が困惑、疲弊しているといった例は枚挙にいとまがない。だが、ITがビジネスコアとなった今、そうした経営層のITに対するスタンスも、いよいよ従来のままでは許されない状況になりつつある。

 経済産業省は2020年2月4日、「デジタルトランスフォーメーション銘柄」(以下、DX銘柄)の説明会を行った。東京証券取引所と共同で2015年から5回にわたり実施してきた「攻めのIT経営銘柄」をブラッシュアップしたもので、今回からはDXに焦点を絞り込み、選定基準の全般的な見直しを図ったという。

参考リンク:「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2020」の選定に向けたアンケート調査を開始します(経済産業省)

ALT 一橋大学CFO教育研究センター長 商学博士 伊藤邦雄氏

 説明会には多数の経営者や投資家らが参加。特に基調講演に登壇した、一橋大学CFO教育研究センター長 商学博士 伊藤邦雄氏の、「企業価値の決定因子は有形資産から無形資産へと移行している」「無形資産の中でも、DXの重要性が注目され、投資家やアナリストが最も注目するテーマになっている」といった指摘に多くの参加者がうなずいていた。ここでは伊藤氏の講演に基づきつつ、説明内容のポイントを紹介する。

投資家をはじめ「ステークホルダーが今最も重視するもの」とは?

 「ITを使った中長期的な企業価値向上や競争力強化につながる取り組み」を評価してきた「攻めのIT経営銘柄」に対し、「DX銘柄」は「デジタルガバナンス・コード」の視点を盛り込んだ選定基準としていることが特徴だ。

参考リンク:デジタルガバナンスに関する有識者検討会 とりまとめ資料(経済産業省)

 デジタルガバナンス・コードとは、「事業者がDXを進めるための基本的な事柄」の指針となるもの。有識者委員会「Society5.0時代のデジタル・ガバナンス検討会」で2020年1月に検討開始したもので、「企業経営におけるデジタル・ガバナンスの指針」「デジタル変革への対応について経営者とステークホルダーの対話を促進するための基盤整備」「デジタル技術の発展を踏まえた企業ガバナンスの将来の姿」をまとめていく。

ALT 「デジタルガバナンス・コード」の構造(経済産業省)クリックで拡大

 DX銘柄はこの視点を選定基準に盛り込み、「ステークホルダーとの対話(経営者のリーダーシップ)」「ビジネスモデルの変革」「経営者のコミットの下での、経営戦略に位置付けられた取り組み」という3点を重視する。DXの取り組み内容や成果だけではなく、それを下支えするもの――すなわち、「ウチもAIを使って何かやれ」「クラウドを使って何かやれ」といった経営層のあいまいな要請が目立つ中、「DXを正しく理解しているか」「経営戦略として取り組み、適切に指示を出せているか」といった“経営者自身のスタンス”を評価基準に組み込んだものといえる。

 特に重要なのが「ステークホルダーとの対話」だ。2015年、改正会社法が施行されたことを受けて、「どう不正、不祥事を防止するか」「どう企業価値を高めていくか」といった攻めと守り、両面を定めたコーポレートガバナンス(株主、従業員などステークホルダーの立場を踏まえ、経営の透明性、公正性を高めるために、企業経営を管理監督する仕組み)改革が上場企業を中心に進んでいる。伊藤氏によると、そうした改革の中でも「ステークホルダーとの対話力が特に重視されている」という。

 「投資家、従業員、サプライチェーンの取引先といったステークホルダーとの対話力、エンゲージメント、情報開示力は、ここ5年ほどの改革の流れの中で非常に注目度が高まっており、これを経営戦略に実装することが重視されている。より具体的には『無形資産をどのくらい構築・活用できているか』を“経営者自身が”ステークホルダーに説明できることが求められている」(伊藤氏)

 この背景には、企業価値の決定要因が1990年代を境に、有形資産から無形資産へと転換したことがあるという。例えば「S&P500」(米国で上場している主要500銘柄)の「市場価値における無形資産の割合」は年々増加し、2015年時点で87%にも上っている(参考)。米国企業の有形資産と無形資産への投資も、(「The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers」[Baruch Lev,Feng Gu著/Wiley社刊]によると)1992年に無形資産への投資が有形資産へのそれを逆転しているという。

 「つまり、“企業価値向上のドライバー”が、1992年を境に無形資産へと切り替わっている。恐ろしいのは、現在のGAFA(の台頭)に至る流れがこの時点で既に表れていたことだ。投資家はこの“バランスシートに現れない無形資産の構築/活用力とサステナビリティ”に今、最も関心を寄せている」(伊藤氏)

 では「無形資産」とは何か? 

 それがまさしく、DXトレンドが進む中、国内でも見直されている「人材力の育成と活用」「DX構想力と活用力(ビジネスモデル、経営戦略への実装力)」「将来の姿からバックキャスティングしたイノベーション創出力」の3つだという。

手付かずだった「経営層のITに対する理解」が、最大の経営課題

 ただ前述のように、日本企業には「DX」という言葉や概念は浸透しているものの、成果を上げている例はごく一部だ。経営層の戦略なき要請に現場が困惑したり、プロジェクトを立ち上げてもPoC(概念検証)止まりになってしまったりするケースが多い。だがそうした困惑や失敗の原因は、現場だけに求められるものではない。

 そもそもITを収益や企業価値向上に生かす、いわゆる「攻めのIT」の考え方が広がり始めたのは、2008年ごろにx86アーキテクチャにおけるサーバ仮想化が注目され、その後クラウド活用がIaaSから本格化し始めたあたりからだ。この考え方を実践してきたのは、当初こそITとビジネスが直結したWeb系企業が中心だったが、今やエンタープライズにも浸透している。

 だが、10年以上たった今でも、IT活用の在り方が2008年以前からさほど変わっていない例が多いのが現実だ。JUAS(一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会)の「企業IT動向調査」でも、「攻めの施策」には積極的に投資されず、システムの維持・運用コストにIT予算の約8割が割かれる傾向がずっと続いている。

ALT 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書 2017」から引用《クリックで拡大》

 @IT編集部の読者調査でも、「運用課題」の上位を毎年「コスト削減」が独占している。事実、サーバ仮想化もパブリッククラウドも当初は「コスト削減の手段」として受け止められた。パブリッククラウド活用も「運用を丸投げするもの」「RFP(提案依頼書)を書いてもらうもの」といった従来の認識のまま使ってしまい、かえってコストが高くついてしまう例が多かった。「既存環境をそのままクラウドに移行できる」サービスにしても、アーキテクチャの見直しをせず、まさしく「そのまま移行」しただけの単なる延命策のような例が目立つ。DevOps実践の一手段となるコンテナ技術ですら「コスト削減の手段」と誤解している声はいまだに聞かれる。

 言うまでもなく、この背景には長年指摘され続けてきた「ビジネスとITの分断」がある。ITは「コスト削減、効率化のためのもの」と認識され、経営戦略とは切り離して考えられてきた。IT部門やIT子会社は「ビジネス部門/親会社の要請を受動的に引き受ける立場」であり、システムは「動いていて当たり前」という減点法の文化や評価制度が一般的だった。ベンダーとの仲介役のような業務を軸としているIT部門も多い。

 クラウド活用やDXトレンドが高まる中で、「IT部門はITの専門家として、もっと主体的にビジネス部門に関わるべきだ」といった考え方も広まった。だが、主体的に動こうにも組織間の関係、社内文化や評価制度に至っては、ボトムアップだけで解決できる問題ではない。現場側がインフラ刷新の必要性を経営層に訴えても「短期的に利益に結び付かない」といった理由で稟議(りんぎ)承認が得られない、“ビジネスから遠い”インフラへの投資は後回しにされる、といった声も多い。

「7pay」事件が示唆する「経営者の説明責任」

 利益が得られるか分からない「攻めのIT」への投資傾向も、米国企業とは対照的だ。仮に、デジタル推進室のようなDXの専門組織を創設し、社外からCDO(最高デジタル責任者)を招聘(しょうへい)していたとしても、専門組織の意義や活動が社内に認知されず、結局、実ビジネスとは分断されているケースも多い。ともすれば、「二要素認証等の追加認証の検討が十分ではなかった」ことなどと併せて、その開発内容や開発体制に対する「経営層の理解」が社会からバッシングを受けた「7pay」事件のように、自社の信頼・ブランドを揺るがしかねないリスクすら存在する。

ALT 一般社団法人電子情報技術産業協会「2017年国内企業の「IT経営」に対する調査」(2018年1月)から引用《クリックで拡大》

 社内におけるITの位置付けを変えるためには、伊藤氏の指摘通り、経営層が経営戦略にITを組み込み、その実践に向けて自ら組織をリードしなければならない。

 「米国ではDXについて取締役会で議論しているケースが多い。日本では経営者自らが取締役会でDXについてビジョンを語る場面がほとんどないのではないか。レガシー問題も俎上(そじょう)に上げられず放置されていることが多い。社外取締役にもITに詳しい人材が少ない」 「DXの必要性は認識されているが、実際にやっている行動が呼応していない。DXやAIという言葉は知っているが、それ以上の具体的な指示が出せていない。経営層のコミットメントがまだまだ足りない」「ITで企業価値を高めずに、保守だけをやっているのは『負債』。それを経営者は意識すべきだ」(伊藤氏)

SDGs、ステークホルダー資本主義――DXに対する経営者のスタンスが企業存続を左右する

 DX銘柄は国内の上場会社3700社を対象にアンケート調査で実施。有識者らによる「銘柄評価委員会」において、原則、業種別に1〜2社を選定する。業種の枠を超えて「デジタル時代を先導する企業」として「DXグランプリ」も選定する他、DX銘柄に選ばれなくとも総合評価が高い企業や、注目されるべき取り組みをしている企業は「DX注目企業」として選定される。

 なお、伊藤氏は、投資家が経営者と対話するためのフレームワーク「価値共創ガイダンス」も併せて紹介した。またDX銘柄は、2015年に国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標:2016年〜2030年までの国際目標で、持続可能な世界を実現する17の目標と169のターゲットで構成されている)に資する内容が、その取り組みに含まれていると加点要素とされる。2020年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で討議された「ステークホルダー資本主義」も、DXで取り組むべき一つの方向性を示唆するものといえるだろう。

参考リンク:企業と投資家の対話のための「価値協創ガイダンス」(経済産業省)

 このように、DXを試行や局所的な取り組みに終わらせず、全社的な取り組みとして経営者自らが“具体的に”リードし、発信していくための足掛かりは年々充実しつつある。と同時に、社会からの圧力も高まりつつある。ディスラプションに対する危機感をどう戦略に落とし込み、言語化し、経営者自らステークホルダーに説明していくのか――「DX銘柄」を一つのきっかけに、DXトレンドと「経営のITに対する理解」、ひいては日本企業の競争力がどう変化していくか注目される。

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