Ryzenで人気急上昇中のAMD。次はデータセンター市場を狙っているようだ。前に立ちはだかるのは当然ながらIntelである。安心してはいられない、後ろからも迫ってくる企業が……。
頭脳放談「第237回 新型コロナが半導体産業を直撃! Qualcommの5G+AI戦略にも影響?」の原稿を書いた時点では、新型肺炎(COVID-19)の感染は中国が中心で、その他の国がそれを眺めている、という感じだった。しかし、この1カ月で局面が大きく変わってしまった。
この原稿を書いている時点では、中国は剛腕で抑え込みに成功したように見える。一方で、その他の国が非常事態になっている。中国製造業が復旧の兆しが見えるのに対して、航空物流の混乱はより深刻になっているようだ。工場が動き始めてもサプライチェーンのどこかが寸断されれば、物は流れない。ブツの確保に走り回っている(実際には在宅勤務中?)諸氏の姿が想像される。
そんな中、「Ryzen(ライゼン)」人気で上昇機運に乗っているAMDからアナリスト向けの資料が公開されていた(AMD Details Strategy to Deliver Best-in-Class Growth and Strong Shareholder Returns at 2020 Financial Analyst Day)。もちろん、COVID-19についても言及されている。
2020年第一四半期(Q1)のNet Revenue(純収益)の見通しではわずかに影響がある程度としている。通年での予想は変更しないともある。日々状況が変わり、先行きの予想がつかない中ではあまり変なことも言えない。「今のところは平常運転」という公式見解なのであろう。
上げ潮のAMDに対して、2019年はあまりいい話題がなかったはずのIntelだが、2019年は増収のようだ(Intelの決算発表「Intel Reports Fourth-Quarter and Full-Year 2019 Financial Results」)。あれだけCPU不足が問題になっている中での増収は、モノが出せない分、単価高止まりで得たものではないかと勘繰る人もいるのではないか。
しかし、Intelの利益率は落ちているようだ。製造面でのトラブル対策で金をつぎ込んでいるのが主因なのか、AMDの追い上げが主因なのかは分からない。ただ、AMDのアナリスト向けの資料を読むと、AMDがIntelの金城湯池であったデータセンター市場に本格的な攻勢をかけつつあることは明らかである。もちろん、AMDとしては収益源のゲーム市場についてもぬかりはないようだが、今回はデータセンター市場にフォーカスしてみたい。
AMDはデータセンター市場に対しては、「EPYC(エピック)」という名の製品群を販売している。やはりアーキテクチャ的にはZenである。つまりデスクトップもデータセンターも「Zen(ゼン)」に頼っているわけなので、ここの競争力の維持は重要である。
資料では、2020年終わりまでに現行のZen 2の次世代となるZen 3を導入すると書いてある。また、さらにその先のZen 4は5nmプロセスで現在設計中だとしている。CPUコアの方はぬかりなく継続開発しておりますというスタンスであろう。
これに対して新味があるのがGPU側である。データセンターにグラフィックスはないが、汎用の計算エンジンとしてのGPUの需要は増えているからだ。AI(人工知能)が多くのアプリケーションで使われていることが主因なのだろう。
AMDとしては、ゲームなどのグラフィックス主体の応用に使われているRadeon系列のGPUをAMD RDNAと呼ぶのに対して、新たに汎用計算エンジン(GPGPU)としてのGPU製品系列を設定し、「AMD CDNA(Compute DNA)」と呼ぶことにしたようだ。NVIDIAがグラフィックス(ゲーム)向けをGeForce製品、データセンター向けをTesla製品と分けていることに対応している。
GPGPUを計算資源として使うには、計算用のソフトウェアプラットフォームを利用することが一般的だ。先行するNVIDIAの場合、CUDAという基盤が整備されており、多くの人工知能プラットフォームがCUDAの上に構築されるに至っている。当然、AMDも、計算用のソフトウェアプラットフォームを整備している。「ROCm」という名だ。
筆者はまだ使ったことがないが、概要を読む限り、CUDAで行っているのと同様な処理ができるようだ。また、GPUだけでなく、CPUやCPU+GPU一体製品なども展開しているAMDなので、ソフトウェアプラットフォームとしての適用可能な範囲は、CUDAよりも広いように見える。
しかし、残念ながらROCmは、先行するNVIDIAのCUDAと比べると知名度も、応用例も少ないように思われる。ソフトウェアプラットフォームというのはその上でソフトウェア開発を行うアクティブな開発者がたくさんいて、多くのソフトウェア資産が蓄積されていないと存在感が薄い。AMDとしては、何かインパクトのある成功例でCDNAとそのソフト基盤ROCmをもっとアピールしたいところだろう。
そこで持ち出されるのが、LLNL(ローレンス・リバモア国立研究所、米カリフォルニア州)の「El Capitan(エルキャピタン。ヨセミテ国立公園のあの有名な岩壁だと思われる)」という名の世界最高峰のエクサスケールHPC(スパコン)だ。2023年稼働予定だ。
HPCは巨大な1つの問題を多数のCPUで解き、データセンターは膨大な数の小さな問題を多数のCPUで解く。アプリの向いている方向は真逆だが、それを支えるハードウェアは似たもの同士だ。
この「El Capitan」という名のスパコンは、老舗スパコンベンダーのCRAYとHewlett Packard Enterprise(以下、HP Enterprise)の合作なのだが、HP Enterpriseはデータセンター向けのサーバ機の大手でもある。そしてLLNLは、スパコン業界では歴史と伝統、ソフトウェア開発力のある最有力の仕向け先といえるだろう。LLNLは、今ではいろいろやっているみたいだが、もともと核兵器の研究所だ。少なくとも軍資金(文字通り)はあるだろう。
そこの最強(?)スパコンが、AMD EPYCとAMDのGPU(HP Enterprise のプレスリリースではいまだに「CDNA」でなく、「Radeon」と書いてある)ベースであるのは大きな実績になる。この採用をきっかけにROCmベースのソフトウェア開発に弾みをつけて、先行するNIVIDAを追撃したいところだ。それにEPYC+CDNAでデータセンターを攻められると、今のところGPUではあまり実績がない(発表はしている)Intelも防戦しにくいと思われる。
しかし、データセンターに攻め込むAMDに向かい風がないわけではない。何と逆風がデータセンター市場の顧客側から吹きつけてきているのだ。データセンター市場におけるクジラ的存在、「Amazon Web Services(AWS)」からだ。
AWSではAWS Gravitonシリーズのプロセッサの利用が進んでいる。近年のAmazonは、自社傘下に半導体やらRTOSやらまで取り込んでおり、EC主体だったころと面目を一新している。そしてAWSのサーバ機のCPU向けに独自開発されたのが、Armの64bitコアからなるGravitonである。そして2019年末には第2世代のGraviton 2を発表している。
これを利用したAWSサーバ機のスペック(EC2 M6g)を見ると、現行のAWS用Intelサーバ機(EC2 M5nなど)、AMDサーバ機(EC2 M5aなど)と遜色ないように見える。AWSの物量をもってすれば、自社開発しても十分コストが見合って、おつりがくるという計算なのだろう。Intelサーバ相手にAMDが攻勢をかけていると見ていると、後ろからAmazonを先頭にArm機が襲ってくる可能性が十分ある。
ArmベースのHPCも開発されているのはご存じの通りだ。するとArmの大勝利かと思うとArmにも不安がある。組み込み用途の末端用途からだがRISC-VがArmの独壇場だった市場に入り込んできているからだ。RISC-Vを担いでいるところには中国系ベンダーが多い。潜在力の大きさを想像すると不気味だ。
COVID-19で大荒れの2020年だが、その騒ぎの裏側でデータセンター市場でも大きな変動が起こりそうな雲行きに見える。まあ、大きなトレンドとして勝敗が明らかになるのは、この騒ぎが収まった後になるだろうが。はやく収まってほしいものだ。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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