新型コロナウイルス感染症拡大に伴うリモートワークの増加により、インターネットトラフィックが急増しているのではないか、というニュース記事を見ました。実は、2020年2月中旬から3月中旬までの約1カ月間、その根拠とされたサービスを筆者は別の目的で毎日確認してきました。筆者の個人的な考えでは、3月の急増は「Windows Update」の影響だと思うのですが……。
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今回の内容は、2020年4月の「緊急事態宣言」よりも半月以上前の話になります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で政府から要請された2020年3月2日からの全国一斉臨時休校の措置や在宅勤務(リモートワーク、テレワーク)の実施は、インターネットトラフィックを急増させるのではという懸念がありました。
しかし、インターネットイニシアティブ(IIJ)の技術者の考察ブログでは、トラフィックは若干増えたものの、顕著なピークの急増などなく、既存の容量内で収まっており、十分な品質を提供できている状況ということです(ただし、IIJのサービスに限定)。
一方、海外のニュースに目を向けると、こんな記事もありました。
この記事は、Akamai Technologiesの「リアルタイムWebモニター」(現在はこのモニターは提供されていません)で、インターネットトラフィックが平均より50%ほど増加しているのを確認した記者が、新型コロナウイルスによるリモートワークの増加をその要因として考察しています。また、AkamaiのCEO(最高経営責任者)もその影響を認めていると伝えています。
筆者は疑問に思いました。先に爆発的な感染拡大が起きた中国やイタリアを除けば、各国の感染拡大や都市封鎖の実施は2020年3月中旬以降のことです。この記事が書かれた時点で、リモートワーク増加の影響がそれほどまで顕著に出るものでしょうか。
もちろん、日本国内でも世界的にも、4月以降、リモートワークやリモート教育の環境の準備が整い、多くの人が一斉に利用するようになれば状況は違ってくるでしょう。しかし、これは「リアルタイムWebモニター」がまだ利用可能だった3月中旬の記事です。
残念ながら、この記者が見たというAkamaiの「リアルタイムWebモニター」は2020年3月中旬に利用できなくなりました。現在、「リアルタイムWebモニター」のURLにアクセスすると、「グローバルなインターネット状況の監視(Monitor Enterprise Threats)」という複数のモニター(「リアルタイムの攻撃可視化」など)を集めたダッシュボードにリダイレクトされます(日本語サイトには「Real Time Web Monitor」という呼称は残っていますが、これは別のものです)。
実は、筆者は別の目的でこの「リアルタイムWebモニター」を2020年2月後半から3月中旬にかけて、毎日観察していました。その目的は、「Windows Update」がインターネット全体のトラフィックに与える影響を可視化したいと考えたからです。
回線事業者やインターネットサービスプロバイダー(ISP)各社は、Windows Updateのインターネットトラフィックへの影響についてアナウンスすることがあります。それは、更新プログラムのリリースから数日間、特にリリース当日の朝9時ごろからインターネットに接続しにくい状況が続くという注意喚起や障害情報としてです。
Windows Updateのダウンロードトラフィックは、インターネット全体にどれほど影響を与えているのか気になり、Akamaiの「リアルタイムWebモニター」にたどり着いた次第です。このモニターが利用可能だったころ、日本時間のお昼ごろまでにその日の協定世界時「0:00」(日本時間の9時)前後のトラフィックのレポートが更新されていました。以下の画面1にあるように、そのレポートは、過去60日間のトラフィックの平均に対する、インターネット全体のトラフィックの増減、および各国のトラフィックの割合を示すものでした。
更新を含む品質更新プログラムは、米国時間の毎月第二火曜日の10時ごろ(提供開始時刻は約束されたものではありません)に利用可能になります。日本では翌水曜日の3時ごろに利用可能になるので、自動更新が有効であれば、朝PCを起動したときに更新プログラムの検索とダウンロードが始まると思います。米国の場合は、PCの起動時ではなく、次の実行スケジュールによって夕方、あるいは翌日の起動時に始まると想像しています(米国時間で過ごしていないので想像です)。
3月の品質更新プログラムが提供された2020年3月11日の「リアルタイムWebモニター」を見てみましょう(画面2)。日本時間で3月11日の9時ごろ、米国時間(PDT、太平洋標準時-夏時間)で17時ごろまでの24時間の状況を示しています。インターネット全体では、過去60日の平均よりも99%増の約2倍にトラフィックが急増しています。
筆者が観測した2020年2月19日から3月17日までの28日間の「リアルタイムWebモニター」のレポートを、「全体(World)」「米国(United States)」「日本(Japan)」別にグラフにしてみました(図1)。
3月1日は毎月定例のセキュリティ更新日(2020-03 B)、2月26日は「Windows 10」バージョン1809以前に対する2月のオプションの品質更新プログラム(2020-02 C)、2月28日はWindows 10 バージョン1903/1909に対する2月のオプションの品質更新プログラムが提供された日、そして3月13日はWindows 10 バージョン1903/1909の緊急のセキュリティ問題を修正する定例外(Out-of-Band、2020-03 OoB)です。オプションの品質更新プログラムは自動更新の対象外ですが、セキュリティ更新は自動更新の対象です。
ニュース記事では3月になって50%増と指摘していますが、筆者が確認した限り、過去60日の平均と比べると30%増、2月と比較して10%増といったところ。インターネットトラフィックは常に増加傾向にあるので、その範囲内ともいえますし、リモートワークが押し上げていることも否定できません。
しかし、前日までの推移から外れて3月11日に急増し、その後数日間も増加傾向にあるのは、Windows Updateのリリース後の数日間の影響かもしれません。あくまでもこれは筆者の個人的な見解です。全くの偶然かもしれません。
Windows Updateの影響であることを確認するため、4月までの状況も見たかったのですが、残念なことに「リアルタイムWebモニター」の提供が終了してしまいましたし、今後はリモートワークやリモート教育の影響も出てくるかもしれないので、証明するのは難しかったかもしれません。
Windows Updateでインターネットが遅くなるのは、「Windows Updateの更新プログラムはサイズが巨大だから」と思っている人は多いと思います。しかし、少しWindows Updateの味方をするなら、実際のダウンロードサイズはそれほどでもないということをお伝えしておきます。Windows Updateのダウンロードが遅々として進まない状況を見るとそう思えるのかもしれません。あるいは、Windows 10の3GB以上にもなる機能更新プログラムの印象が強いのかもしれません。
累積更新プログラムとして提供されるWindows 10の品質更新プログラムは、以前の累積更新プログラムがインストール済みであれば、新しい累積更新プログラムのパッケージに含まれる新しい修正プログラムのみがダウンロードされ、インストールされます。
そのため、Windows Updateで更新する場合、「Microsoft Updateカタログ」で示されるサイズ(「Windows Server 2016」は1GB以上)と同じサイズをダウンロードしているわけではありません。一度も累積更新プログラムをインストールしたことのない、真っさらなPCでない限り、圧倒的に小さなダウンロードサイズで済みます(ただし、定例外やオプションの累積更新プログラムの場合は、全体がダウンロードされることがあります)。
Windows Updateでダウンロードサイズを抑制するこの仕組みは「高速インストール(Express Install)」とも呼ばれ、「Windows Server Update Services(WSUS)」を使用している場合も、「高速インストールファイル」オプションを構成することで、高速インストールに対応することが可能です(*1)。現在は「Windows 8.1」以前のレガシーOSの品質更新プログラム(マンスリーロールアップ)にも実装されています。
(*1)Windows 10 バージョン1809以降では改善が行われ、「高速インストール(Express Install)」とは別の方法でダウンロードサイズの削減が図られています。詳しくは、以下の公式ブログの記事で説明されています。
Windows 8.1以前は更新プログラムの選択画面やダウンロード中にダウンロードサイズを表示しますが、それは実際のサイズを示しているわけではありません。Windows 10でダウンロードサイズが表示されなくなったのは、 それまでに更新済み状況によりダウンロードサイズが違うため、単純に表示を削除してしまったのでしょう(画面3)。
そして、ダウンロードに時間がかかるように見えるのも、サイズが大きいからではなく、インストール済みのコンポーネントを走査して、ダウンロードが必要な修正プログラムを判断するのに時間がかかっているのです。
Windows Updateがインターネットトラフィックに大きく影響を与えているのは、個々のPCのダウンロードサイズではなく、世界中で利用されている“膨大なデバイス数”だと思います。Windows 10については、2020年3月にアクティブデバイス数が10億台を突破したことが発表されました。
さて、今回は3月中旬のインターネットトラフィックの増加の原因は、リモートワーク増大の影響ではなく、通常営業のWindows Updateの影響ではないかと考察しましたが、4月以降のことは分かりません。残念ながらAkamaiの「リアルタイムWebモニター」で追跡することはもうできません。
日本でも全国を対象に緊急事態宣言が発せられたことで、リモート教育/リモートワークを開始する学校や企業が増えてくると予想されます。こうした状況が続けば、国内外を問わず、今後インターネットトラフィックが増大することは容易に想像できますが、その容量がインターネットの許容量を超えることは今後もないかもしれません。
インターネットが扱える総量の許容量を超える前に、サービス(サーバ)側のピーク時のリソース不足や回線末端側の問題、数年起動したことないPCのトラブル(内蔵電池切れや更新の失敗)、企業の管理下から離れたPCへの意図しない機能更新プログラムのダウンロードとインストールの開始、社内のWSUSサーバにアクセスできないという更新トラブル、情報漏えいやその他のセキュリティ上の問題など、別のさまざまな問題が顕在化すると筆者はみています。
しかし、もしリモートワークやリモート教育中にトラフィック増の影響が大きいと感じたなら、会議やクラスの参加者の顔を映しているWebカメラの映像を皆でオフにすると改善するかもしれませんよ。
岩手県花巻市在住。Microsoft MVP:Cloud and Datacenter Management(2019-2020)。SIer、IT出版社、中堅企業のシステム管理者を経て、フリーのテクニカルライターに。Microsoft製品、テクノロジーを中心に、IT雑誌、Webサイトへの記事の寄稿、ドキュメント作成、事例取材などを手掛ける。個人ブログは『山市良のえぬなんとかわーるど』。近著は『Windows版Docker&Windowsコンテナーテクノロジ入門』(日経BP社)、『ITプロフェッショナル向けWindowsトラブル解決 コマンド&テクニック集』(日経BP社)。
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