脱・PBX(構内電話交換機)の流れは10年ほど前から続いている。音声クラウドサービスはそのための手段だ。新しい音声クラウドサービス「Zoom Phone」が日本でも2021年から使えるようになった。Zoom Phoneで「脱・PBX」はできるのだろうか?
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話を混ぜ返すようだが、「脱・PBX」の最大の要因は音声クラウドサービスではなく、スマートフォンの普及だ。企業が多くの社員にスマートフォンを貸与するようになり、それはコロナ禍によるテレワークの拡大で一層拍車が掛かった。
PBXの目的は3つある。
スマートフォンはそれぞれに電話回線を持っているので(1)は意味がない。会社が契約した同じ携帯電話会社のスマートフォン同士の通話は無料なことが多く(2)も関係ない。電話をかける際、スマートフォンの「連絡先」にある相手の名前をタップするだけで、ダイヤル操作がなくなったので(3)も無関係だ。
これほど多くスマートフォンが使われているのにPBXを残す理由は2つある。少数だが社内に残っている固定電話機を収容することと、会社やグループなど「代表電話」に対応するためだ。
音声クラウドサービスで脱・PBXを実現すると、固定電話機の収容や代表電話に対応できるだけでなく、より便利で効果的なコミュニケーションが実現できる。Zoom Phoneを使うとどうなるだろうか?
【2021年6月29日 筆者追記】本コラムを執筆した6月22日時点で、Zoom PhoneのローカルPSTNは日本でサポート外だとされていた。しかし、Zoomは6月23日にブログで日本でもローカルPSTNをサポートしたことを発表した。
それを踏まえて初出原稿の「2021年6月時点の日本では、Zoom Phoneで脱・PBXはできない。米国や英国では可能だ。日本で不可能なのはZoom Phoneが日本の電話網(PSTN:Public Switched Telephone Network)とつながっていないからだ」という記載を修正した。また、初出時はBYOCについて、「BYOCは既設PBXを利用するので、脱・PBXは不可能になる」と書いていたが、「セッションボーダーコントローラー」を使う方法もあるため記載を修正した。
つい最近まで日本ではZoom Phoneが電話網(PSTN:Public Switched Telephone Network)とつながっていなかった。そのため、外線電話の発着信を可能にするためには企業の既存電話回線を既設PBXまたはセッションボーダーコントローラー経由でZoom Phoneに接続する必要があった。
表1はZoom Phoneの主なメニューだ。「ローカルPSTN」が各国の電話網とZoom Phoneを接続するメニューである。ユーザーがZoom Phoneを契約すると、PCの画面上でZoom Phoneから提示された電話番号のうち、使いたいものを選択する。この番号を使って取引先や顧客との間で電話の発着信をする。Zoom PhoneがPSTNとつながっているからできるサービスだ。
日本でも2021年6月21日から、050番号でローカルPSTNが使えるようになった。
ローカルPSTNを使わずに外線電話を可能にするのが「BYOC(Bring Your Own Carrier)接続」だ。BYOCは既設PBXまたはセッションボーダーコントローラーを使って、外線発着信用の電話回線をZoom Phoneに接続する。
既設PBXでBYOC接続を行ったZoom Phoneの構成を図1に示す。スマートフォンやPCにはZoom Phoneのアプリケーションをインストールする。既設のPBXはZoom Phone GatewayでIPネットワークに接続し、Zoom Phoneとの通信を可能にする。電話端末の大部分がスマートフォンで、かつ携帯通信事業者から有料で提供される080/090などで始まる電話番号を持っているとすると、図1の構成は企業にとってメリットがない。
なぜなら、080/090番号を使えばZoom Phoneとは無関係に外部の電話と発着信でき、社内のスマートフォン同士の通話もZoom Phoneでなくても無料だからだ。Zoom Phoneの内線電話番号を使ってZoomミーティング切り替えや共有ライン(部門代表)などが使えるとはいえ、スマートフォンの番号とZoom Phone内線番号の両方を使う煩わしさがある。
ローカルPSTNを使うと図2のような脱・PBXが可能になる。Zoom Phone対応の固定IP電話機やスマートフォンで使う外線発着信用の050番号はZoom Phoneから提供する。
オフィスで従来使っていた電話番号は、Zoom Phoneの050番号に変わる。スマートフォンに080/090番号を付与するのは既に説明した通り無駄なので、スマートフォンにはパケット通信のみのSIMを使う。外部との発着信が必要なスマートフォンにはZoom Phoneが050番号を直通電話番号として付与する。
携帯通信事業者の080/090番号を使わないとなると、スマートフォンはスマートフォンベンダーから直接購入するか、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)から購入することになる。パケット通信のみのSIMはMVNOから買うことになるだろう。
Zoom Phoneが提供する050番号を使えば外部との発着信は080/090番号と同様にできる。080/090番号の基本料を払う無駄もない。さらにZoom Phoneのさまざまな付加機能が使え、効果的なコミュニケーションが可能になる。
スマートフォンがコミュニケーションの主体となった今、脱・PBXは当然の流れだ。Zoom Phoneはその有力な実現手段の一つである。企業がZoom Phoneを採用するかどうか判断するには、(1)Zoom Phoneの050番号の基本料+通話料が大手携帯通信事業者の080/090番号の料金よりかなり安価であること、(2)他の音声クラウドサービス(例えばMicrosoft Teams)と比較してコストでも機能でも優れていること、の2点を検討すべきである。
筆者は使いやすいZoomのファンで、しょっちゅうビデオ会議に使っている。電話の世界でも革新を起こしてくれることを期待している。これからもその動きを注視したい。
【訂正:2021年6月28日午前9時20分】本記事の初出時、記事冒頭の段落の文章で「脱・PBX」が重複していました。お詫びして訂正します。該当箇所は既に修正済みです(編集部)。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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