日本全国の物流を支えるヤマト運輸で「クラウドネイティブ」はどう生かされているか目的化しないDX、内製化にも取り組む

1919年の創業以来、「宅急便」をはじめとした宅配サービスや法人企業の経営判断に資するサプライチェーンマネジメント戦略の企画立案など、100年以上にわたり国内外の物流を支えているヤマトグループ。経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」のもと、大規模な経営構造改革に取り組んでいる。2022年9月に@ITが開催した「ITmedia Cloud Native Week 2022 秋」に登壇したヤマト運輸 執行役員 DX推進担当の中林紀彦氏が、ヤマト運輸のビジネス変革においてクラウドネイティブ技術がどのように貢献しているのか紹介した。

» 2022年10月27日 05時00分 公開
[柴田克己@IT]

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ヤマト運輸 執行役員 DX推進担当 中林紀彦氏 ヤマト運輸 執行役員 DX推進担当 中林紀彦氏

 経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」は、2019年に創業100周年を迎えたヤマトグループが、次の100年を視野に目指す方向性を示した中長期経営のグランドデザインだ。「お客さま、社会のニーズに正面から向き合う経営」「データドリブン経営」「共創による物流エコシステムの創出」を基本戦略とし、「3つの事業構造改革」と「3つの基盤構造改革」の推進が掲げられている。

 事業構造改革には「宅急便のデジタルトランスフォーメーション(DX)」「ECエコシステムの確立」「法人向け物流事業の強化」が、基盤構造改革には「グループ経営体制の刷新」「データドリブン経営への転換」「サステナビリティへの取り組み」が、それぞれ掲げられている。これらの改革を推進するに当たって「デジタル化」と「データ活用」の強化は不可欠であり、ヤマト運輸では、クラウドネイティブ技術とアーキテクチャを用いて独自に構築した「Yamato Digital Platform(YDP)」を通じて、その実現を図っている。

 「ヤマト運輸が、2022年3月期に取り扱った荷物は22億7000万個を超えた。個人向け会員サービスの『クロネコメンバーズ』は5000万人超、法人向け会員サービスの『ビジネスメンバーズ』は150万社に達している。急速かつ膨大に成長する配送ニーズに応えるため、営業所や車両といったフィジカルなリソースも保有している。昨今では、荷物の増加に伴って、さまざまな課題も生まれてきており、その解決策が求められている」(中林氏)

ヤマト運輸の事業規模 ヤマト運輸の事業規模

急速に変化する市場環境にマッチした「運び方」の仕組みを次々とリリース

 中林氏は、「3つの事業構造改革」と「3つの基盤構造改革」について、それらをどのように実現していこうとしているのか、取り組みの具体例を紹介した。

 「宅急便のDX」は、利用者から見える部分だけでなく、バックヤードやサービスを実現するシステム面も含め、より利用者の利便性を高めるものへ刷新しているという。ここで重要になるのは、データ分析やAI(人工知能)の活用だ。例えば、荷物のソーティングシステムやロボティクスへの展開などだ。

 「ECエコシステムの確立」は、EC事業者、ECを利用する生活者、配送事業者の3者にとってメリットが生まれるような、荷物配送の新たな仕組みの構築を指す。同社では現在、EC向け配送商品「EAZY」を展開している。EAZYの特長である「受け取る方が、さまざまな受け取り方法を、配達直前まで指定できる」仕組みは、「EC事業者、EC利用者、配送事業者の全てをリアルタイムなデジタル情報でつなぐ」ことで実現している。

ECエコシステムの全体像 ECエコシステムの全体像

 また、2022年3月に発表した「マルチデジタルキープラットフォーム」は、オートロック付きのマンションで「置き配」を実現し、非対面配送における受け取り利便性の向上と、ドライバーの業務負荷を軽減できる仕組みだ。デジタルキーを提供する企業との契約に基づいて、複数の異なるデジタルキーを一括管理するシステムであり、オートロック解錠用デバイスの設置情報と、EC注文時の配達先の住所情報をマッチングした上で、対象のデジタルキー会社にエントランスのオートロック解錠を申請する。キーの解除に当たっては、配達情報ごとにドライバーへワンタイムパスワードが発行されるため、セキュリティも確保されるという。デジタルキー会社は、自社のシステムをヤマト運輸が提供するプラットフォームとAPI連携するだけでサービスに対応できる。

 マルチデジタルキープラットフォームは、クラウド、コンテナを活用し、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)を実践することで、高速かつ高品質なサービス開発を実現できたという。

 基盤構造改革の2つ目にある「データドリブン経営への転換」は、5つの「データ戦略」として、「データドリブン経営の基盤となる需要量予測の精緻化と、意思決定の迅速化」「アカウントマネジメント強化に向けた顧客データの完全な統合」「流動のリアルタイム把握によるサービスレベルの向上」「稼働の見える化、原価の見える化によるリソース配置の最適化、高度化」「最先端のテクノロジーを取り入れたデジタルプラットフォームの構築と基幹システムの刷新」を掲げており、すでに着手している。

マルチデジタルキープラットフォームの概要 マルチデジタルキープラットフォームの概要

 こうした一連の取り組みに当たり、ヤマト運輸では300人規模のデジタル組織を新設。2024年3月期までに、デジタル領域を含めて計4000億円を投資し、営業収益2兆円、1200億円以上の営業利益の達成を目指している。

データドリブンな経営、事業を成功させるための「3つのポイント」

 中林氏は、企業がクラウドを活用した「データドリブン経営」を実現し、そこから成果を生むためのポイントとして、以下の3点を挙げ「ヤマト運輸として、この3点を意識して構造改革を進めている」とした。

  1. 経営戦略の中で「DX」が議論されているか
  2. 「アーキテクチャ」を描いているか
  3. 事業の戦力になる「デジタル人材」を育成できているか

 1は、「DX」はあくまでも経営目標を達成するための「手段」であり、手段を目的化しないことが重要という意味だ。

 「DXは経営戦略に組み込まれて実行される必要がある。データを、『ヒト、モノ、カネ』に並ぶ、経営資源の一つと位置付け、データ活用も、それがP/L(損益計算書)やB/S(バランスシート)にどう貢献するのかという視点で取り組まれなければならない。経営戦略や事業戦略からのアプローチが『縦糸』だとすれば、テクノロジーやデータからのアプローチは『横糸』。この両方が組み合わさることで、DXを着実に推進できる」(中林氏)

 2は、デジタルプラットフォームの構築に、クラウドの活用は当たり前という前提で、実装においては「クラウドファースト」な視点でのアーキテクチャデザインが必須になることを意味する。同社では、クラウド上のシステムアーキテクチャの基本方針を「都市計画」になぞらえ、経営陣も含めた共通理解を図ったという。

アーキテクチャの基本方針 アーキテクチャの基本方針

 中林氏は「クラウドでプラットフォームを作っていくためには『設計図』となるアーキテクチャの策定が不可欠。ITベンダーに頼るところは頼る一方で、重要な設計は自社でスピード感を持って進められる内製の体制を作っていくこともポイントになる」と話す。こうしたアーキテクチャを原則として実装されたものが、同社におけるビジネスのデジタル化、データ活用の基盤となるYDPというわけだ。

 アーキテクチャに基づいて標準化したクラウドプラットフォームから企業が得られるメリットはスピードと柔軟性であり、これはデジタル施策だけではなく、「経営」のスピードと柔軟性の向上に直結するものだとする。

 YDPでは、用途に応じて「高可用性」「標準」「簡易」の大きく分けて3つのインフラ構成を標準化している。構築作業を効率化するために、コンテナとCI/CDによる開発、テスト、デプロイの自動化を実現している。幾つかの標準的なCI/CDテンプレートをGitHub上に展開し、各プロジェクトで任意に利用できるという。この仕組みは、AIのモデルを継続的に改善する「MLOps」の体制づくりにも応用されている。

 「こうした仕組みによって運用を自動化することにより、月次での運用工数は自動化前の半分以下になった。MLOpsを通じた機械学習モデルの精度向上においても、平均絶対誤差を約55%削減できている」(中林氏)

 3の「デジタル人材の育成」も、同社が注力する領域の一つだ。

 ヤマト運輸では、2021年度からデジタル人材の早期育成を図る教育プログラム「Yamato Digital Academy」をスタートしている。これは経営層、事業部門のマネジメント層、現場管理者、デジタル人材に加え、卒業後の就職を検討する学生向けインターンシップなども含むプログラムとなっている。

デジタル人材育成の取り組み デジタル人材育成の取り組み

 「日々進化するテクノロジーを学び続け、ビジネスへの理解をもとに設計や実装ができるデジタル人材の育成だけでなく、経営陣も含めた全社員でのデジタルリテラシーの底上げが、DXの実現において重要になると考えている」(中林氏)

 講演のまとめとして、中林氏はあらためて、ヤマト運輸が経営戦略として取り組む「3つの事業構造改革」「3つの基盤構造改革」、そして、それを成功に導くための「3つのポイント」を強調した。

 「企業がデジタル化の取り組みの中でクラウドを使うのはもはや当たり前。そこからさらに、クラウドならではのテクノロジーをフル活用して、さまざまな面で『標準化』『自動化』を進めていくことが重要だ。そうした『クラウドネイティブ』な環境を通じ、ビジネスのスピードと柔軟性の向上に、いかに貢献できるかという課題へ引き続き取り組んでいきたい」(中林氏)

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