本連載は、中小IT事業者が「Microsoft Azure」をエンドユーザーに提案、導入する方法と、導入/利用する情報システム担当者も知っておいてほしいクラウドのメリットなどを解説しています。今回は、エンドユーザーにAzureを提案する際の「活用シナリオ」を整理します。
本連載第1回では、クラウドの基本概念と責任共有モデルを整理し、オンプレミス時代の価格決定モデルをそのままクラウドに当てはめてしまうことの課題を解説しました。クラウドでは、インフラ運用の一部が利用料に含まれているため、表面的な金額比較だけでは実態を正しく捉えられない点が重要なポイントでした。
本連載第2回では、オンプレミスと「Microsoft Azure」(以下、Azure)のコスト構造の違いを整理し、「見えない運用コスト」を中小IT事業者自身がどう捉え、どのように提案へ反映すべきかを解説しました。Azureを単なる製品/商品として販売するのではなく、自社のマネージドサービスとして提供することが、ビジネスモデルの転換点になり得ることもお伝えしました。
今回は、これらを前提として、エンドユーザーにAzureを提案する際の「活用シナリオ」を俯瞰(ふかん)的に整理し、次回以降で解説する具体的な提案パターンへの橋渡しを行います。
中小企業のエンドユーザーにAzureを提案する際、最初に意識すべきなのは「クラウドを導入すること」そのものを目的としないことです。
多くのエンドユーザーは、新しい技術を導入したいのではなく、「今の業務を止めずに、安心して使い続けたい」と考えています。具体的には、以下のような極めて現実的な要求が中心です。
そのため、Azure提案は「最新技術の導入」ではなく、「既存の業務基盤をどう安全に、どう楽に維持するか」という視点の延長線上で考える必要があります。この視点を欠いた提案は、エンドユーザーとの“認識のズレ”を生み、結果としてクラウド導入そのものが進まなくなります。
中小企業のエンドユーザーに対するAzure提案は、業務テーマ別に整理すると、おおむね以下のような6つのパターンに集約できます(図1)。
もっとも導入しやすく、Azure活用の第一歩として適しているのが、「バックアップ」や「災害対策」です。これなら既存のオンプレミス構成を大きく変更する必要がなく、業務の使い勝手もほとんど変わりません。
一方、「万が一」の事態に備えられるという価値は非常に分かりやすく、エンドユーザーの理解も得やすい提案パターンです。特に昨今猛威を振るうランサムウェア(身代金要求型マルウェア)被害への対策としても、提案しやすいパターンです。
オンプレミスサーバの老朽化やOS/ハードウェアの保守期限切れをきっかけに検討されることが多いのが、「Windows Server」のクラウド移行です。
「Azure Virtual Machines」を利用することで、従来と同様の運用イメージを保ちつつ、サーバ管理の負担を軽減可能になります。オンプレミスとAzure環境での管理の違いや、SLA(サービス品質保証)/可用性に関する誤解を正しく整理、理解することが、提案の成否を分けるポイントになります。
ファイルサーバの移行は、「そのままクラウドに持っていく」ことが目的ではありません。Azure Virtual Machinesと「Azure VPN Gateway」を組み合わせた構成や、「Azure Files」を利用した構成など、複数の選択肢があります。
また、実際には「Microsoft 365」やクラウドファイル共有サービスを利用した方が、ユーザーニーズを満たせるケースもあります。単純な移行にとどまらず、「ファイル共有の在り方」を見直す提案が重要になります。
働き方の変化や拠点の分散、管理者が不在になるといったことを背景に、リモートデスクトップ環境の見直しを検討する企業も増えています。
オンプレミスの「リモートデスクトップサービス」をAzureへ移行する際には、「Microsoft Office」のライセンスの扱いや、Windows ServerにおけるMicrosoft Officeサポートの制約など、注意すべき点が存在します。
Azureにおいては、Windows Serverによるリモートデスクトップサービスではなく、「Windows 11」といったクライアントOSも利用可能な「Azure Virtual Desktop」を活用することが推奨されているパターンです。
オンプレミスのデータベースサーバは、バックアップや可用性、障害対応といった運用負荷が高くなりがちです。「Azure SQL Database」のようなPaaS(Platform as a Service)を活用することで、これらの負担を大きく軽減できますが、移行時や運用時の注意点もあります。このパターンでは、IaaS(Infrastructure as a Service)として移行するのか、PaaSとして移行するのかといった判断も必要になります。
中小IT事業者にとって、最も事業に直結するのが、自社で開発・提供しているクライアント/サーバ(CS)型ソフトウェアのクラウド移行です。提案パターン(5)を含んでいることが多くあります。
オンプレミスでの提供形態や構成によって、Azureへの移行パターンは大きく異なります。どの部分をクラウド化し、どこを残すのか。将来的なサービス提供モデルを見据えた判断が重要になります。
中小企業の多くでは、オンプレミスサーバが業務の中核を担っています。ファイルサーバ、業務アプリケーション、帳票出力、リモートアクセスなど、用途はさまざまですが、構成自体は比較的シンプルなケースがほとんどです。
Azure活用を検討する際に重要なのは、「これらを一気に切り替えようとしない」ことです。先に挙げた提案パターンを、複数適用して一気に切り替えるような提案をするのではなく、「オンプレミスで担っている役割をAzureでどう補完・置き換えるか」という視点も持って提案内容を検討することが重要です。
例えば、「ファイルサーバをAzureに移行する」というテーマであっても、最初からサーバを移行する必要はありません。まずは「バックアップ先としてAzureを利用する」「災害時の退避先として活用する」といった段階的なアプローチも、十分に意味のあるAzure活用シナリオです。
エンドユーザーへの過剰な提案を避け、納得感のある提案を行うためにも、置き換えから考えることは、予算規模が限られた中小企業への提案には有効なプロセスになります。
Azure活用の提案を検討する上で欠かせないのが「現状の正確な把握」です。提案前には、以下のような点を整理しておく必要があります。
これらを確認していくと、「バックアップは取っているが、復旧テストをしたことがない」「特定の担当者しか対応方法を知らない」「外出先でも業務を行いたい」といった課題が見えてきます。
Azureは、こうした“見過ごされがちなリスクや業務課題”を補強する手段として有効です。提案時には、Azureの機能説明よりも、こうしたリスクや課題整理を丁寧に行うことが重要になります。
中小企業向けのAzure提案では、以下のような段階的な活用シナリオが現実的です。
最初の段階である「バックアップ」は、業務の使い勝手をほとんど変えずに導入できる点が大きなメリットです。エンドユーザーにとっても「今の環境はそのまま」「万が一に備えるための対策」という説明がしやすく、心理的なハードルが低くなります。IT事業者側にとっても、比較的小さな構成からAzure運用を経験できるため、ノウハウを蓄積しやすいという利点があります(図2)。
Azure提案で陥りがちなのが、「便利さ」や「自動化」を強調し過ぎてしまうことです。中小企業のエンドユーザーが重視するのは、以下のようなことです。
・運用が複雑にならないこと
・問題発生時の連絡先が明確であること
・これまでと同じ感覚で使い続けられること
そのため、提案時には以下の点を明確にする必要があります。
・Azureを利用することで、運用は何が変わり、何が変わらないのか
・障害時の一時対応は誰が行うのか
・復旧までの流れはどのようになるのか
特に重要になるのが「事前検証」と「切り替え計画」です。Azureは柔軟な構成が可能な半面、オンプレミスと完全に同じ挙動になるとは限りません。そのため、検証環境を用意し、段階的に導入する計画を提案に含めることが、信頼性の高い提案につながります。
Azure提案を成功させるためには「Azureを売る」のではなく、「Azureを活用したサービスを提供する」という視点が欠かせません。
エンドユーザーが知りたいのは、以下の点です。
・月額でいくらかかるのか
・その費用に何が含まれているのか
・どこまで対応してもらえるのか
Azureをマネージドサービスとして提供することで、中小IT事業者は運用手順を標準化し、複数顧客を効率的に管理できるようになります。また、前回(第2回)もお伝えした内容ですが、単なるサーバ販売から、継続的なサービス提供型ビジネスへの転換も進められます。Azureはあくまで「手段」であり、主役はIT事業者自身のサービスである、という認識が重要です(図3)。
今回は、中小企業のエンドユーザーにAzureを提案する際の活用シナリオの考え方と構成の基本を整理しました。重要なのは、クラウドを導入することではなく、「今ある業務を、どう守り、どう続けるか」という視点です。
この考え方を最も分かりやすく形にできるのが「バックアップ」というテーマです。業務の使い方を変えず、構成も大きく変えず、それでも“万が一”に備えることができます。この入り口は、Azure活用の第一歩として非常に適しています。
次回は「Azure Backup」を利用したオンプレミスサーバのバックアップ構成を具体的に取り上げ、Azureを「最初にどこから使うか」という実践的な視点で解説していきます。併せて、「Linux NAS(Network Attached Storage)」のバックアップにも触れ、提案イメージを紹介していく予定です。
株式会社インテルレート 執行役員CTO。地方を中心とした複数の中小SIer(システムインテグレーター)や創業期のITベンチャーなどに所属していた経歴を持つ。営業からインフラの設計および構築、システム開発における設計や開発、テストといった、幅広い実務実績あり。SIerの自社パッケージ製品のクラウド対応を企画から販売体制まで構築した経験から、現職でMicrosoft AzureとAWSのプリセールス活動および構築支援を行っている。地方のSIerでの経験を生かし、SIerとエンドユーザーの関係性の実態に即した支援を得意とする。趣味はキャンプ。Snow Peak好き。
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