ChatGPTやClaudeのGUIアプリは、使いやすさを極限まで追求しています。その設計思想は正しい。しかし、その結果として、幾つかのものが見えなくなっています。
入力の全体像が見えません。テキストボックスに入力した内容だけがLLMに渡されるわけではありません。会話履歴、システムプロンプト、場合によってはRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)で取得された外部情報。これらがどう組み合わされてコンテキストを形成しているのか、GUIでは確認できません。
そのため、判断の境界線が曖昧になります。AIの提案をそのまま採用するのか、修正するのか、却下するのか。GUIの滑らかさの中で、判断のタイミングは明示されません。気づけば、AIの出力をコピー&ペーストして作業を終えている。自分がどこで判断したのか、振り返っても思い出せないことがあります。
モデルの挙動の根拠が見えません。同じ質問をしても、異なる回答が返ってくることがあります。GUIでは、その違いがどこから来ているのか追跡が難しい。コンテキストのどの部分がどう影響したのか、検証する手段が限られています。
CLIでは、これらが可視化されます。渡す情報を自分で選び、指示を自分で構成し、出力をテキストとして受け取る。入力と出力の関係が明確になります。
CLI型AIツールの真価は、コンテキストを「設計」できることにあります。
開発の文脈では、プロジェクトルートにCLAUDE.mdやAGENTS.mdというファイルを置くことで、AIに永続的な指示を与えられます。コーディング規約、アーキテクチャの方針、避けるべきパターン。これらをファイルとして明示的に定義し、チームで共有できます。
しかし、この「コンテキストを設計する」という考え方は、開発以外の領域にも適用できます。
例えば、文章を書くとき。過去に発表した記事をスタイルの手本として読み込ませる。媒体の執筆ガイドラインをファイルとして渡す。参照すべき一次資料だけを選んで添付する。「どう指示するか」ではなく「何を読ませるか」を設計することで、出力の品質は大きく変わります。
例えば、リサーチをするとき。「この資料を参照してください」「この観点から分析してください」「この情報は除外してください」。コンテキストを絞り込むことで、ノイズを減らし、必要な情報に焦点を当てられます。
先ほどのAnthropicの記事では、コンテキスト設計の指導原則をこう述べています。「最も小さな高信号トークンの集合を見つけ、望ましい結果の可能性を最大化すること」。情報が少なすぎても、多すぎても、LLMの性能は下がります。適切な情報を、適切な量だけ渡す。その最適化がコンテキストエンジニアリングの核心です。
Gemini CLIのConductorという拡張は、この思想を端的に表現しています。「コンテキストをコードと並ぶ管理されたアーティファクトとして扱う」。コンテキストは一時的な会話ではなく、設計し、保存し、再利用する資産になるのです。
CLIには、GUIにはない構造的な強みがあります。ディレクトリ(フォルダ)ごとに用途を明確に分けられることです。
GUI型のチャットボットでも、「プロジェクト」や「スペース」といった機能で会話を分類できます。しかし、CLIの方がこれを自然に実現できます。なぜなら、ファイルシステムという既存の仕組みをそのまま活用できるからです。
例えば、~/work/project-a/ というディレクトリでCLI型AIツールを起動すれば、そのプロジェクト専用のコンテキストで作業できます。設定ファイルやプロンプトのテンプレートも、ディレクトリごとに管理できます。別のプロジェクトに移れば、自動的に別のコンテキストに切り替わります。
これは、GUIの「プロジェクト切り替え」より直感的です。ファイルを整理するように、AIとの作業環境を整理できる。エクスプローラーやFinderで日常的にフォルダを使い分けている人なら、すぐに馴染むはずです。
さらに、CLIではファイルシステムを意識的に扱うことになります。設定はMarkdownファイルに書く。途中の成果物もファイルとして保存できる。AIとのやり取りの履歴も、必要ならテキストファイルとして残せます。
GUI型のチャットボットでは、AIの内部処理がどう進んでいるのか見えないことがあります。ログが残らない、途中経過が確認できない。その「見えなさ」が気持ち悪いと感じる人は多いはずです。CLIとファイルシステムの組み合わせは、生成AIのブラックボックス的な処理をできるだけ可視化する手段にもなります。
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