私がCLIを勧める理由  コンテキストを制する者がAIを支配する及川卓也からエージェント時代の開発者たちへ(5)(3/3 ページ)

» 2026年02月25日 05時00分 公開
[及川卓也Tably株式会社]
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不便さの価値

 CLIは不便です。コマンドを覚え、オプションを調べ、タイプミスに気をつけなければなりません。GUIのようにボタン1つでは動きません。

 しかし、この不便さには価値があります。

 不便さは、立ち止まる契機を与えます。指示を入力する前に、本当にこれでいいのかを考える時間があります。LLMへの依頼を言語化するプロセスで、自分の思考が整理されます。曖昧な依頼は曖昧な結果を生む。その因果関係が可視化されます。

 不便さは、判断の所在を明確にします。自分がコマンドを打ったから実行された。自分が出力を採用したから反映された。判断の主体が誰なのか、曖昧になりません。

 サイモン・ウィリソン(Simon Willison)氏は、英ガーディアンやDjangoプロジェクトへの貢献で知られる開発者であり、近年は自身のブログでLLMや「バイブコーディング」といったAI時代の開発スタイルを精力的に発信しています。彼は「もしLLMがコードの全てを書いていたとしても、あなたがそのコードをきちんとレビューし、テストし、内容を理解できているなら、それはバイブコーディングではない。それは、LLMをタイピング支援として使った通常のソフトウェア開発だ」と述べています。

 この区別は、コーディング以外にも当てはまります。LLMが文章を書き、あなたがそれをレビューし、修正し、自分の言葉として責任を持てるなら、それは丸投げではありません。あなた自身の創作です。

 CLIは、このレビューと判断のプロセスを構造化します。出力を確認し、必要なら修正し、採用するかどうかを決める。その一連の流れが、明示的なステップとして可視化されるのです。

思考を構造化するインタフェース

 「CLIはエンジニアのもの」という認識があります。確かに、これまでCLIを日常的に使ってきたのは主にエンジニアでした。しかし、生成AIのCLIツールは、この前提を変える可能性があります。

 なぜなら、生成AIのCLIで打つコマンドは、プログラミング言語ではないからです。

 Claudeに "この文章を要約して" と打てば、要約が返ってきます。Geminiに "来週の会議のアジェンダを考えて" と打てば、アジェンダの案が返ってきます。必要なのは、プログラミングの知識ではなく、自分が何をしたいのかを言語化する力です。

 GUIでは、用意されたメニューや選択肢から選ぶことが多くなります。それは便利ですが、自分の思考を制約する側面もあります。一方、CLIでは、自分の言葉で依頼を構成します。選択肢を選ぶのではなく、選択肢を作るのです。

 これは、思考や作業を構造化するインタフェースとして捉え直すことができます。何をAIに依頼するか、どのような前提で依頼するか、どのような出力を期待するか。それらを言語化するプロセスそのものが、思考の整理になります。

CLIを選ぶ理由

 CLIには、生成AIを日常的な道具として使う上で、幾つかの実践的な利点があります。

 まず再現性です。同じコマンド、同じファイル、同じ指示を与えれば、同じ結果が得られます。「昨日はうまくいったのに今日はダメだった」という状況が起きたときも、どこが変わったのかを後から追いやすい。コンテキストが偶然ではなく、設計対象として扱われているからです。

 次にカスタマイズです。前提条件や方針をファイルとして管理できるため、「毎回説明し直す」必要がありません。自分がLLMに何を期待しているのかを、永続的なコンテキストとして保持できます。

 統合もしやすい。開発者であれば既存のツールチェーンと自然に組み合わせられますし、非開発者であっても、定型的な作業を自分なりの形で自動化する道が開けます。CLIは特定の用途に閉じたUIではなく、作業全体の流れの中に組み込めるインタフェースです。

 そして何より重要なのが透明性です。何を入力し、何が出力されたのかが、全てテキストとして残る。LLMに渡されたコンテキストと、その結果として返ってきた出力の関係を、自分の目で確認できます。ブラックボックスがありません。

 LLMの能力は急速に向上しています。しかし、その能力を引き出せるかどうかは、モデルそのものよりも、どんなコンテキストを与えたかに大きく依存します。GUIは便利ですが、コンテキストの多くが見えなくなります。一方CLIでは、何を渡し、何を渡さないかを自分で決める必要があります。

 バイブコーディングやバイブライティングで日常のタスクを効率化するのは自由です。しかし、品質が求められる仕事では、コンテキストを意識的に設計する姿勢が欠かせません。プロンプトという魔法の呪文を探すだけではなく、情報を選別し、構造化し、適切な形でモデルに渡す。その地道な作業こそが、生成AIを「道具」として使いこなすための本質ではないでしょうか。

 CLIは、その地道さを否応なく突きつけてきます。だからこそ、生成AIとの関係において、制御権を手放したくない人にとって、CLIという選択肢には意味があると思うのです。

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