通信自由化を契機に発展してきた企業ネットワークは、IP統合やクラウド、コロナ禍などの転換期を経てきた。連載100回となる本稿は、その歴史を振り返るとともに、企業ネットワークの今後の方向性を解説する。
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本コラムが連載100回を迎えた。少し長くなるが企業ネットワークの歴史を振り返り、これからの企業ネットワークが何を目的にどう進化すべきか述べたい。
2026年4月11日、京都駅前にあるキャンパスプラザ京都で第119回情報化研究会・第27回京都研究会を開催した。研究会での筆者の講演テーマは「今、企業ネットワークは何を目的にどう進化させるべきか?」であった。これまでの企業ネットワークの歴史を振り返り、これからの企業ネットワークの在り方について講演した。その要点は以下の通りだ。
企業ネットワークは1985年の通信自由化で生まれた。日本電信電話公社(電電公社)が独占していた通信事業が自由化され、電電公社は日本電信電話株式会社(NTT)になるとともに、多くの通信事業会社が誕生した。同時に企業向けの高速デジタル回線(といっても最高6Mbps)のサービスが始まり、それを活用するためのTDM(Time Division Multiplexer:時分割多重化装置)やパケット交換機、デジタルPBX(Private Branch eXchange:構内交換機)などのネットワーク機器が登場した。
この時期の企業ネットワークは図1の通り、コンピュータ通信を担う「データ系」と内線電話を扱う「音声系」から成っていた。TDMは東京―大阪間の高速デジタル回線に企業内のデータ系、音声系の通信を統合し、コスト削減を図るために使われた。企業ネットワークの第一の目的はコスト削減だった。
東京や大阪といった主要拠点ではTDMにデジタルPBXが接続され、社内の内線電話網を構成した。パケット交換機で扱うパケットはIPではない。X.25という低品質な回線でも使える重いパケット通信プロトコルだ。パケット交換を使うことで、当時バラバラだったIBM、富士通、日立製作所といったホストコンピュータのネットワークをパケット多重で1つのネットワークに統合することが可能になった。コンピュータネットワークとしての拡張性も格段に向上した。
1995年に「Windows 95」を搭載した安価なPCが登場し、それがTCP/IPをサポートしていたためインターネットが一気に普及した。高品質なデジタル回線の高速化、低価格化が進み、高速・高品質なネットワークに適するIPが企業ネットワークを席巻した。
TDMやパケット交換機は消滅し、ルーターやスイッチがデータ系ネットワークを構成した。2003年に東京ガス・IP電話が稼働すると、大企業を中心にIP電話ブームが起こり、電話もIPで扱われるようになった。データ系、音声系ともにIPとなり、IP統合によるコスト削減が可能となった。
この時期の後半、2010年以降はスマートフォンとクラウドの普及が進み、コスト削減だけでなく、利便性や拡張性が大幅に向上した。スマートフォンによる内線電話も一般化した。
インターネットの活用が進み、この時期の前半ではウイルスによる被害が増え、後半にはランサムウェアも現れた。企業ネットワークで「セキュリティ系」が重要な要素として加わった。
この時期のネットワークの特徴をまとめると図2の通りだ。
この時期はわずか6年間と短いが、「コロナ」という外圧によって企業ネットワークが大きく進化した。図3にあるように目的の筆頭は「働き方改革」、実態に即して言えば「コロナの感染を避けるため出社したくない」「自宅にいても会社にいるのと同様に働ける環境が欲しい」ということだ。
このため初期の2020年には「VPN」(Virtual Private Network)による在宅勤務が一気に広がり、Web会議や「Microsoft 365」の利用が増えた。この圧力が企業ネットワークを変えることになった。VPNを増やすことはセキュリティを脆弱(ぜいじゃく)にする。安全なリモートアクセスの手段として「ゼロトラスト」への関心が高まり、導入も始まった。インターネットを使うWeb会議やSaaS(Software as a Service)のトラフィックがデータセンターに集中し、ボトルネックになった。ローカルブレークアウトでそれを解消するため「SD-WAN」(Software-Defined WAN)を採用する企業が増えた。セキュリティを担う「SSE」(Security Service Edge)とSD-WANをセットで採用した例も多い。
音声系のテーマは「出社しなくても代表電話への着信を受電できる」ことだった。これが実現できるクラウドPBXが広まり、大企業が次々とレガシーなPBXを捨てた。「脱・PBX」が進んだのだ。音声系は仕組みが進化しただけでなく、「電話文化」とも言うべき「電話の使い方」も大きく変えた。もともと従業員全員が携帯電話を持つようになって、PBXの持つ代表電話番号を使わず、携帯電話を使うようになっていた。その傾向が在宅勤務の一般化でさらに進んだのだ。「PBX不要時代」が始まったとも言える。
顧客からの問い合わせや申し込みを受付ける代表電話番号を完全になくすことはできず、PBX機能は残る。しかし、顧客接点と無関係に山のようにあった代表番号は淘汰され、PBX機能は縮小されている。
企業ネットワークが良い意味で大きく進化したコロナ禍時代は「急を要する対応」が求められた。その結果、ゼロトラストやSD-WANが教科書的に理解され、そこに向かって突き進んだ面がある。
これからは企業ネットワークの企画や設計を担う人は、教科書よりも効果的、効率的な独自性のあるネットワークを追求すべきだ。そのためのヒントとなる事例を3つ紹介する。
図4は静岡銀行のOA(Office Automation)ネットワークだ。グループ会社ごとに分かれていたOAネットワークを「SASE」(Secure Access Service Edge)で1つに統合したのは教科書通りだ。独自性はグループ約7000人の4割以上がSIM内蔵PCでネットワークにつながっているところにある。モバイルの比率が高くなれば、固定回線、ルーター、スイッチといったネットワーク設備が削減され、イニシャルコストも保守料などのランニングコストも減少するだけでなく、働く場所を選ばずに仕事ができる。筆者はこれからの企業ネットワークはモバイル比率を100%近くまで上げるべきだと考えている。
図5は住友商事の音声系ネットワークだ。レガシーなPBXを捨ててクラウドPBX(Teams Phone)にしたことは一般的だが、思い切った「PBX機能の利用縮小」「固定電話機の削減」「拠点電話回線の廃止」を行ったことが特徴だ。
PBX機能の利用縮小とは、代表電話番号を極力使わない、ということだ。顧客対応など真に必要な代表電話番号だけを残し、他は廃止した。結果、全社で代表番号は130になった。スマートフォンを主体とし、固定電話機は全社でわずか241台まで削減した。
拠点に引かれていた電話回線は廃止し、全てクラウド側に集中した。電話は発信も受電もスマートフォンで行うことを原則とし、「PBX機能の大胆なダウンサイジング」をしたのが住友商事の事例だ。
3つ目の事例は京都研究会に参加したA氏が運用する大規模ネットワークだ。コロナ禍時代以前からVPNを使っており、今も使い続けている。教科書通りゼロトラストにするとコストがVPNの3倍になるからだ。VPN装置の緊急パッチに対応できる運用体制を整えてVPNを利用している。インターネットへのアクセスは「SWG」(Secure Web Gateway)でセキュリティ対策をしている。VPNを閉域モバイル網に置き換えれば、VPNの脆弱性の心配もなくなるし、運用負荷もなくすことができる。今後どう展開するか注目したい。
これらの事例も踏まえ、筆者が考えるこれからの企業ネットワークの目的と特徴は図6の通りだ。
先に述べた通り、「コスト削減」は長い間、企業ネットワークの重要な目的だった。円安が進み、AIの爆発的拡大で半導体不足とその価格高騰が発生、IT関係のサービスや機器はコスト増大が大きな問題になっている。「経済性追求」を第一の目的に挙げたのはそのためだ。
セキュリティの強度を維持することは極めて重要だが、無制限に費用をかけられる環境ではない。教科書的発想から脱して、ネットワークの在り方を再考し、セキュリティ費用を抑制すべきだ。
音声系において「脱・PBX」は当たり前のことになっている。今必要なのは「脱・PBX業者」だ。技術の問題ではなく、電話工事の「内製化」をすべき、ということだ。PBX業者の工事費用の高さは相変わらずだ。せっかく、脱・PBXをしても電話の運用をPBX業者にアウトソースしたのでは意味がない。京都研究会に参加したB氏の会社は数年前にPBXを捨て、クラウドPBXにした。スマホ中心の運用だが、固定電話機の追加や代表グループへの端末追加など電話の運用は情報子会社がやっており、PBX業者は使っていない。
クラウドPBXにおいては代表グループへの端末追加など、エンドユーザーができるくらい簡単なサービスもある。何十年と続いたPBX業者への依存から脱却し、脱・PBX業者を図るべきだ。
これまで述べたことを踏まえ、これからの企業ネットワークの構成イメージを図7に示す。5G閉域網を中心とするネットワークで、データセンターもAmazon Web Services(AWS)も5G閉域網と閉域接続する。PCはSIM内蔵であり、端末の認証はSIMで行う。SIM認証と閉域網により、正しい端末と正しい経路でしかサーバにアクセスできない。「ZTNA」(Zero Trust Network Access)は使用しない。
SSEの機能としてSWGを利用する。2026年現在、5G閉域網はネットワークスライシングのサービスが充実していないが、将来的には「イントラネットスライス」(イントラネット用の仮想ネットワーク)と「インターネット接続スライス」(インターネット接続用の閉域仮想ネットワーク)を分けて使えるようになるだろう。PCはデータセンターやAWSへのアクセスにはイントラネットスライス、インターネット接続にはインターネット接続スライスを使う。こうすることで、インターネットへのトラフィックがデータセンターに集中することが避けられるし、インターネットへの経路を二重化できる。
オフィスには複合機の接続といった特定用途と万一、モバイル網が被災して使えなくなった場合の最小限のバックアップとして小規模なLANを設置している。
音声系の設計ポリシーは住友商事と同じだ。この音声基盤の上で「脱・PBX業者」を実現する。
図7 閉域モバイル網を主体としたこれからの企業ネットワークこれからの企業ネットワークにはネットワークエンジニアが知恵を絞り、独自性と大きな効果を持つネットワークを企画・設計できる余地がたくさんある。新しいアイデアで新しい事例が生まれ、それが積み重なって企業ネットワーク全体が進化していく。
そんな進化の一助となる仕事をしたいものだ。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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