奈良市は2026年3月16日、市民サービスの向上と職員の電話業務軽減を図るため、クラウドPBXの運用を開始した。PBX業者が不要で高度なAIが使える先進的な電話システムを短期間で構築している。
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奈良市はこれまで電話対応業務の増大に対応するため、コールセンターの設置やAI活用の試行などに取り組んできた。しかし、従来の交換機を使った通話録音/音声認識は品質が低く、また交換機への機能付加は高コストであったため断念した。
そこで新たなコミュケーションプラットフォームとして採用したのがクラウドPBX、「Zoom Phone」だ。奈良市の取り組みやシステムの特徴について総務部資産管理課に取材させていただいた。
奈良市のクラウドPBXの目的はAIによる1次応答や通話データの活用により、問い合わせへの迅速で分かりやすい対応を実現し市民サービスを向上させることと、職員による電話対応数削減や通話メモ(要約)の自動作成などにより職員負担軽減と本来業務に注力できる環境を作ることだ。
奈良市のクラウドPBXの最大の特徴は「本庁舎内に電話設備が一切ない」こと、電話の運用のほとんどをユーザーができるため「PBX業者が不要」なことだ。その構成イメージを図1に示す。
各部署の代表電話番号やコールセンターの代表番号はNTT西日本から、KDDIへと番号ポータビリティを行い同番号でKDDI電話網に移行し、KDDI電話網からZoomPhoneに接続されている。したがって、市庁舎には電話回線がない。ただし、FAXはデジタル庁が推奨するFAXに関するアナログ規制の見直しとして、必要不可欠な業務を除き廃止し、どうしても残さねばならないものに限って例外的に個別回線で電話網に接続している。
市庁舎に固定電話機や配線といった電話設備は一切ない。Zoomアプリを搭載したスマートフォン(以下、スマホ)として「Google Pixel 9a」が1030台使われているだけだ。市長席にも固定電話機はなく、市長はスマホを使っている。
スマホが地下フロアも含め、庁舎内のどこでも利用可能にするにはモバイルの電波がどこでも使えねばならない。そのためKDDIが電波調査を行い、電波の届かない場所や弱い場所の電波対策としてドナーアンテナを20台、レピーターを32台設置している。ドナーアンテナは屋上など電波状態が良好な場所に設置し、電波の届きにくい場所にレピーターを設置する。ドナーアンテナが受信した電波は同軸ケーブルでレピーターに送られ、レピーターが増幅して発射する。逆にスマホからレピーターに出された電波はドナーアンテナに送られ、携帯電話網へ送出される。
各課の代表番号は従来通りの番号が使われており、そこに電話が着信するとその課のコールキュー(着信待ち行列)に登録されているスマホが鳴動する。着信できる状態にあるスマホを一斉に鳴動させることもできるし、1台ずつ順番に鳴動させることもできる。
奈良市では各課に「コールキュー管理者」がおり、代表グループへのスマホの追加/削除などの運用を行っている。旧来のPBXでは電話機1台の追加でも、PBX業者に電話機の設置や配線、PBXの設定変更の費用を支払う必要があり、時間もかかった。今ではユーザーが簡単、迅速にスマホを追加できるようになっている。「脱・PBX業者」ができているのだ。
施設管理課によるとクラウドPBXが稼働した3月16日の後、年度末の人事異動、組織改革に伴うレイアウト変更や代表グループの変更などがあったが、固定電話機がないため配線工事が不要で、コールキューのグループ変更が容易なため、旧来のPBXと比較して大幅に負担が減ったという。
コールセンター業務は東京の外部業者に委託している。コールセンターではZoomアプリを搭載したPCとヘッドセットが使われている。
上述の構成から設計ポリシーをまとめると次の3点になる。
職員の利便性向上、電話配線の排除で運用を効率化。テレワークへの対応も可能にする。
かつてはスマホ内線にWi-Fiを使うこともあった。Wi-Fiの不安定さ、音質の悪さをモバイル回線100%とすることで回避。Wi-Fiに必要なLAN配線、Wi-Fiアクセスポイントも不要。モバイル回線の電波対策に必要なドナーアンテナやレピーターは携帯電話事業者が設置。
電話回線を拠点に残置し、ゲートウェイでクラウドPBXに接続して使うこともできる。クラウドに集中することで設備(ゲートウェイ)を減らし運用も効率化。
これらのポリシーは奈良市に限らず、これからのクラウドPBX設計のスタンダードになるだろう。筆者は以前から企業ネットワークはモバイル中心で設計すべきだと主張している。奈良市の構成でPCもモバイルで接続すれば奈良市のネットワーク全体がモバイルベースになる。もっとも、PCをモバイルで使うには音声より広い帯域が必要なのでドナーアンテナとレピーターによる電波対策では不十分で、DASが必要になるだろう。
(注)DAS:Distributed Antenna System、ビル内に携帯の電波を行き届かせるために携帯電話事業者が設置する基地局/光ケーブル/アンテナなどで構成されるシステム。
取材して筆者が驚いたことは重要な電話システムであり、1000端末を超える規模であるにもかかわらず、設計開始から稼働までわずか3カ月あまりしかかかっていないことだ。
2025年12月に設計開始、2026年2月にスマホを配備し内線電話の試行、3月16日には電話番号をNTT西日本からKDDIに一斉に移行した上で、外線/内線/コールセンターの全てをクラウドPBXで稼働させている。
現在、全ての通話は録音してテキスト化され、リアルタイムで要約を作成している。誰でもスマホで履歴をタップすれば要約が参照できる。通話全体が保存されており、権限のある管理者はPCで検索して音声を聴いたり、テキストを読んだりすることができる。
奈良市では市民サービス向上のため、2026年秋を目標にコールセンターへZoom Virtual Agentを導入することを計画している。奈良市ではコールセンターに年間約14万件の問い合わせがあるが、コールセンターだけで解決できるのは約30%で、約70%は担当部署に転送されている(令和6年度)。市民が回答を得るまでに時間がかかり、職員の負担も大きい。
そこで、保存蓄積している通話データを分析してFAQ(Frequently Asked Questions)をブラッシュアップし、Zoom Virtual Agentによる自動応対で多くの問い合わせを完了できるようにする。図2にあるようにZoom Virtual Agentで解決できない問い合わせは対応経過とともにコールセンターのオペレーターに引き継ぐ。オペレーターでも解決できない案件は担当部署に転送する。このようなフローで市民から見た問い合わせ完了までの平均時間を短くするとともに、職員への転送を削減し負担軽減を図る。
筆者は奈良市のクラウドPBXとネットワーク(インターネットとモバイル網)の設計は企業の音声系ネットワークとして理想的なモデルだと思う。
シンプルな3つの設計ポリシーに基づいて音声系を短期間で設計、構築し、クラウドの持つ高度なAI機能が利用できる。音声系はすっかり新しい時代に突入した。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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