「AIでコスト削減」のはずが予算超過 企業が見落とすトークン課金のわな最大の敵は幻覚ではない

企業の生成AI利用が拡大する中、複雑なトークン課金や従量制モデルによる予算超過リスクが企業を圧迫している。Gartnerが明かす、AI時代の新たなコスト管理問題への備え方とは。

» 2026年06月26日 13時25分 公開
[田渕聖人@IT]

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 生成AI導入を巡る議論では、モデル性能や回答精度、ハルシネーション(幻覚)対策が注目されがちだ。しかし実際に企業で導入が進むにつれ、新たな課題として浮上しているのが「コスト管理」である。

 AIチャットbotやAIエージェントが利用されるたびにトークンが消費され、利用量によって請求額が変動する。従来のソフトウェアのようにユーザー数だけを管理していればよかった時代とは事情が異なる。

Gartnerのハンナ・デッカー氏(ディレクター アナリスト)(筆者撮影)

 Gartnerが2026年6月17日に開催した「ガートナー アプリケーション・イノベーション & ビジネス・ソリューション サミット 2026」の講演「AIおよび生成AIの購入において予算の急増を避ける方法」で、同社のハンナ・デッカー氏(ディレクター アナリスト)は、生成AI導入で企業が陥りやすい「予算急増」のリスクについて警鐘を鳴らした。

 経営層はAIによるコスト削減や売り上げ増加に期待を寄せる一方、現場は複雑な課金モデルや契約条件への対応を迫られており、想定以上のコストが発生するケースも増えている。企業はこの新たなリスクとどう向き合うべきなのだろうか。

なぜ生成AIは予算管理が難しいのか? 従来SaaSとの決定的な違い

 Gartnerの調査によると、CEOや経営幹部の85%が「AIによってコストを削減できる」と考え、86%が売り上げ増加を期待しているという。また87%が「メリットはリスクを上回る」と回答しており、経営層の期待は極めて高い。

 だが、その期待が現場に「まず導入ありき」のプレッシャーを生み、コストや契約条件の精査が後回しになるケースも多いという。デッカー氏は、適切な管理体制や交渉戦略がなければ、想定外の支出やベンダーロックインにつながる可能性があると指摘した。

 デッカー氏によると、生成AIはある背景から、過去のテクノロジー導入と比べても予算管理が難しい特徴を持つという。一体それは何だろうか。

 その背景とは、急速な市場拡大と独特の価格モデルだ。

 生成AIは特定業務向けのアプリケーションではなく、幅広い用途に適用できる汎用(はんよう)技術だ。そのため利用範囲が拡大しやすく、当初想定していなかった利用が増える傾向がある。

 さらに、LLM(大規模言語モデル)の運用には大量の計算資源が必要となる。従来のソフトウェアやSaaSのように、ライセンスを追加してもコストがほとんど増えないビジネスモデルとは異なり、利用量の増加がベンダー側の運用コスト増加にも直結する。

 こうした事情から、多くのベンダーはAI利用時、従量課金型の価格モデルやクレジット制を採用している。Gartnerは、この価格体系が結果として利用企業側の予算変動リスクを高める可能性があると指摘する。

 予算超過リスクを抑えるために、Gartnerは「蓄積する」「求める」「交渉する」「監視する」という4つのステップを提唱している。

AI予算の急増を避けるための4つのステップ(出典:Gartner《2026年6月》)

ステップ1:まずはトークン課金を理解する

 最初のステップは、クレジットやトークンをベースとした価格モデルへの理解を深めることだ。

 Gartnerによると、2027年までにエンタープライズアプリケーションベンダー上位10社の新規支出の25%超がクレジットベース価格モデルになる見通しだという。

 現在はSAPやServiceNow、OpenAI、Adobe、Salesforce、Anthropic、Databricks、「Microsoft Azure」など、多くの主要ベンダーが独自のクレジットやトークン体系を採用している。

 これらは一見すると分かりやすい仕組みに見えるが、実際には用途ごとに異なる消費倍率が設定されているケースも多い。利用方法によっては想定以上の消費につながる可能性がある。

 デッカー氏は企業が最低限確認すべきポイントとして以下を挙げた。

  • どの操作がクレジット消費を発生させるのか
  • ユースケースごとの消費倍率はどうなっているのか
  • 超過利用時の料金体系はどうなっているのか
  • クレジットは個人単位か全社共有か
  • どの期間で消費・精算されるのか

 同氏は、企業内にAIコスト管理の責任者を置き、ベストケースとワーストケースの両方を想定したシナリオ分析を実施することを推奨した。

ステップ2:ROIの説明責任を明確にする

 第2のステップは、AI導入を求めるビジネス部門に対して、期待される価値や投資収益率(ROI)を明確に示すよう求めることだ。

 Gartnerの調査では、多くの企業が業務効率化やリスク低減といった効果を実感している一方で、ROIを継続的かつ定量的に測定できている企業は限られている。財務部門向けの調査では、「ROI測定に成功している」と回答した割合は14%にとどまった。また、「測定を試みたことがある」と答えた企業も43%だった。

 この結果は、多くの企業がROI評価の枠組みを十分に確立できていない現状を示している。

 デッカー氏はシステム選定や契約交渉に進む前に、想定されるビジネス価値を明確にする必要があると指摘する。

 また、コスト削減や売り上げ向上だけでなく、作業時間短縮や顧客満足度向上、人手作業の削減といった非財務的な指標も含めて評価することが重要だと述べた。

ステップ3:契約交渉で柔軟性と予測可能性を確保する

 第3のステップは契約交渉である。

 デッカー氏は、生成AIサービスの提案内容が一見シンプルに見えても、契約条件を精査すると予算管理上のリスクが潜んでいる場合があると指摘した。そのリスクとは例えば以下のようなものだ。

  • 追加ユーザーが定価でしか追加できない
  • 未使用トークンが繰り越せない
  • 利用量超過時に自動停止されず追加課金される
  • ベンダーが消費倍率を変更できる
  • 契約途中で利用規模を縮小できない

 こうしたリスクに対し、Gartnerは従来のSaaS契約で重視されてきた価格保護や段階導入だけでなく、以下のような交渉ポイントを挙げる。

  • トークンやクレジットの全社プール化
  • 未使用クレジットの繰り越し
  • 契約数量の柔軟な見直し
  • 価格改定の制限
  • 技術進化を前提とした再交渉条項

 生成AI市場は変化が激しいため、契約時点で将来の柔軟性を確保しておくことが重要だ。

ステップ4:契約後も利用状況を継続的に監視する

 最後のステップは導入後の継続的な監視と最適化だ。

 Gartnerの調査では、従量課金型ソフトウェアを購入する企業の82%が監視機能やアラート機能を重視している。また84%が「AIエージェントの統制やセキュリティのために追加の管理機能が必要だ」と回答した。

 しかし現時点では、従来のソフトウェア資産管理ツールだけでは生成AI特有の利用状況を十分に可視化できないケースもある。

 またベンダーによって提供される管理機能には大きな差があり、詳細な利用分析機能を提供する企業もあれば、利用データの提供が限定的な企業も存在する。

 そのためデッカー氏は「ソフトウェア資産管理チームやFinOpsチームと連携しながら、自社独自の監視体制を整備する必要がある。PoC(概念実証)から本番運用まで継続的に利用状況を分析し、想定したコストモデルとの乖離(かいり)を確認し続けることが重要だ」と提言する。

 デッカー氏は「どれほど優れた契約を締結しても、継続的な監視がなければリスクは残る」と強調した。

〜記者のインサイト:AIエージェントが予算を消費する時代、企業は何を管理すべきか〜

今回の講演で興味深かったのは、生成AI導入の主戦場が「モデル選定」から「コスト管理」に移りつつあることだ。

これまで企業のソフトウェア導入では、ライセンス数を管理すればおおよその支出を予測できた。しかし生成AIでは事情が異なる。コストはユーザー数ではなく利用量によって決まり、しかも利用量そのものが予測しにくい。

さらに今後は、AIエージェントの普及によって状況が一段と複雑になる可能性がある。従来は人間がシステムを利用していたが、これからはAIがAIを呼び出し、AIが業務を実行し、AIがトークンを消費する状況になる。

そうなると、生成AIの管理対象はもはやライセンスではない。企業が管理しなければならないのは「AIの行動量」そのものになる。

Gartnerが今回強調した契約交渉や利用監視も、単なるコスト削減策ではない。AIがどの程度の価値を生み、そのためにどれだけのリソースを消費しているのかを可視化するためのガバナンス手法と言える。

特に印象的だったのは、ROI測定に成功している企業が依然として少数派だという調査結果だ。現在の生成AI市場では「どのモデルを採用するか」という議論は盛んだが、「その利用コストが妥当かどうか」を継続的に評価できている企業はまだ多くない。

生成AIの導入競争が激化する中、企業はモデル性能だけを比較していては不十分になりつつある。これから問われるのは、AIの利用状況やコストを継続的に可視化し、最適化する能力だ。

生成AIの最大の敵は幻覚ではなく、むしろ見えにくい課金体系と制御できない利用量こそが、企業のAI活用を左右する現実的な課題になりつつある。(田渕聖人)


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