生成AIを開発に取り入れる動きが加速する中、開発基盤見直しの必要性も高まっている。JALデジタルは165日を最短30分に、三井住友カードは開発効率を体感2倍に高めた。その背景にある共通の考え方とは。
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生成AIやAIエージェントが本格的に業務へと組み込まれようとする中、企業のシステム開発や運用の在り方も転換期を迎えている。ソフトウェア開発のさまざまな工程にAIを取り入れ、変化に迅速に対応できるようにしながらも、安全性や信頼性の確保は欠かせない。AIを単なる開発支援ツールとして利用するのではなく、開発プロセスや体制の中にどのように組み込んでいけばいいのか。
レッドハットが2026年7月1日に開催した事業戦略説明会で、JAL(日本航空)グループでシステム開発・運用の中核を担うJALデジタルと、SMBCグループにおいて決済サービスを提供する三井住友カードの2社が登壇。AIを取り入れ、開発の生産性を高めていく取り組みについて語った。レッドハットの代表取締役社長である三浦美穂氏は、企業のシステムを取り巻く環境の変化として、システムを常に更新し続ける必要性が高まっていることや、人材不足の中でAIとの協働が欠かせなくなってくることなどを挙げた。
2社はこうした変化の中で、開発・運用体制をどのように変革しているのか。JALデジタルは、最低限のシステムを構築してリリースするまでに要する時間を165日から最短30分にまで短縮。三井住友カードは、独自の専門組織の下で開発効率を体感2倍に高めたという。
1978年設立の前身会社を母体とし、JALグループのデジタル中核会社であるJALデジタル。AIとデータの活用によって現場をルーティンワークから解放し、人間は人にしかできない業務に100%集中できるようにするという、AIの利用を当たり前にするビジョンを掲げている。だが同社の磯崎洋幸氏(デジタルデリバリー部 デリバリー戦略グループ 統括グループ長)は、開発現場では煩雑なインフラ設定や社内申請、セキュリティ審査に忙殺され、「エンジニアがコードを書く前に燃え尽きてしまうような状況があった」と話す。
業務の流れを図式化し無駄を洗い出すバリューストリームマッピングを実施した結果、最低限のシステムをリリースするまでに165日のリードタイム、正味の作業時間だけで385時間、40種類以上の申請書が必要という実態が判明した。
この状況を打破するため、同社が重要施策に位置付けているのが「プラットフォームエンジニアリング」(PFE)だ。自動車の製造ラインのように、ソフトウェア開発にも高い効率性と品質保証を組み込んだ「デジタルアプリ工場」を作るという考え方に基づく。
Red Hatの統合開発ポータル製品「Red Hat Advanced Developer Suite」を中核に、散らばっていた社内文書をMarkdown化して一元集約する「TechDocs化」の他、社内で安全に採用できる標準テンプレートを整備。例えば「Amazon Web Services」(AWS)では、ボタン1つでセキュリティガードレールを含めてアプリケーション基盤が払い出される。こうした取り組みを定着させるための教育・啓蒙も並行して実施し、開発リードタイムは165日から最短30分に縮まったという。
このPFEを土台に、JALデジタルではAI活用も加速させる。JALグループ横断の生成AI活用方針の下で、JALデジタルではITシステムのライフサイクルをAIで高度化する「eデジタルエンジニア構想」を推進。要件定義からコード生成、AIレビュー、テスト自動化、インシデント対応まで、開発の全フェーズにAIを組み込んでいく計画だという。
三井住友カードの常務執行役員で最高技術責任者(CTO)の中川陽介氏は、「技術に関して外の力を借りるのではなく、自分たちの手の中に置く」という考え方の下で進めている改革について語った。開発を外部に委ねると、知識だけではなく、判断や責任も社内には残りにくくなる。それらを社内にとどめ、知識を資産として扱えるようにし、コードのオーナーシップを自らの手に置くということを、同社における“手の内化”方針の下では重視しているという。
そうした方針から、2025年9月に「デジタルイノベーションオフィス」(DIO)を立ち上げた。外部に委ねてきた結果、アイデアが世に出るまでのリードタイムが長期化していたという実態があった。その課題意識から、自分たちが主体となってプロダクトを動かす形へ変えようという狙いがある。同組織はCTO直下の独立組織として、ソフトウェア、プラットフォーム、データ/AIのエンジニアリングの専門家が集まっている。
まず取り組んだのが「エンジニアリングプラットフォーム」の整備だ。CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)、セキュリティ、インフラ、可観測性(オブザーバビリティー)などを共通基盤として整備することで、開発チームがプロダクトづくりに集中できるようにする。その基盤としてはRed Hat Advanced Developer Suiteや、コンテナ基盤の「Red Hat OpenShift」を採用している。
こうした体制および共通基盤の整備を進めてきた効果として、同社は「開発効率は体感で2倍になった」と説明する。象徴的なのが組織拡大のスピードだ。DIOは発足時15人だったが、年内には100人規模への拡大を目指せる見込みだという。共通基盤が整うことで、加わったエンジニアがその日のうちに独立して開発を進められるほどオンボーディングが容易になった。
次に見据えるのが、さまざまな場面で生成AIを利用することが前提になるAIネイティブな時代だが、そこへ向けても“1つの土台”で束ねるということに重点を置いている。モデルやデータ連携、ガードレールなど個別に対処すれば複雑になりがちな要素を、1つの土台が引き受けることで、速さも技術主権も、ガバナンスも同時に追求していけるようにする。例えばソフトウェアサプライチェーンの安全性を保証する「Red Hat Trusted Libraries」などを組み合わせて統制する。
中川氏は「高所作業に例えるなら、命綱や手すりがあるからこそ安心して働ける」とし、同様に「エンジニアはガードレールがあるからこそ自由な発想を発揮できる」と語る。
こうした2社の先進事例も踏まえて三浦氏は、プラットフォームの“手の内化”をしておくことが一つの対策になると語る。多くの企業が長年にわたって開発を外部に委ねてきた結果、システムの中身がどうなっているかを自社で把握できず、モダナイズしたくてもどこから手を付ければよいか分からない状況に陥っている。こうした状況を打破するには、まずは設計図やどこを直すべきかを把握できるようにしておく必要がある。
今後、AIによって高速に開発を回すことの重要性は高まる一方、考慮すべきなのが守りの重要性も増してくることだ。三浦氏は構築したシステムについて資産の統合管理やSBOM(ソフトウェア部品表)の整備を通じて中身を透明化し、変更に着手しやすくすると同時に、運用の自動化/自律化も通じて脆弱(ぜいじゃく)性をつぶして安全にメンテナンスされた状態を保てるようにすることが一段と重要になるとする。
戦略的にシステムを変更したり、変化に迅速に対処したりするには、まず自社システムの状況を把握し、必要な変更を自らの判断で進められる状態になければ始まらない。その前提となるのが、技術や開発基盤を「手の内化」するという考え方だ。さらに、AIを本格的に取り入れるのであれば、信頼性や安全性をどう確保するかが一段と重要になる。それを個々の開発チームや担当者任せにするのではなく、全社共通の基盤によって統制し、コントロールできる体制を整えることが欠かせない。
JALデジタルと三井住友カードは、それぞれ異なるアプローチを採用しながらも、共通基盤の整備を軸に取り組んでいる点で共通しており、その考え方はこれから同様の取り組みが求められる企業にとっても参考になる部分があるのではないだろうか。
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