メルカリが明かす「Claude Code全社展開」「シャドーAI対策」を支える仕組みメルカリのAIエージェント活用&AIガバナンス大解剖(2)

「AIを使わない選択自体がビジネスリスク」と断言するメルカリ。同社は2026年5月、「Claude Code」「Claude Cowork」の全社展開に踏み切った。だが、ローカルファイルの操作やOSコマンドまで実行できる強力なツールの配布は、ガバナンスの課題も伴う。全社のAI活用を支える同社の「仕組み」に迫る。

» 2026年08月13日 05時00分 公開
[石川俊明@IT]

この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。

 メルカリのAIエージェント活用&AIガバナンスに迫る本連載第1回では、2025年5月に「AI-Native Company」への転換を宣言したメルカリが「AIを前提に再設計された組織」になるために、推進とセキュリティを一体化した組織体制を構築したこと、そして「ガードレール」としての伴走型ガバナンスを目指していることを聞いた。

 2026年現在、同社は幅広くツールを試す「実証実験のフェーズ」を終え、ビジネス目的のために一元化し、生産性を追求する「集約化・活用フェーズ」に突入している。メルカリで進められているという「Claude Code」「Claude Cowork」の全社展開において、利便性とガバナンスを両立させる取り組みとはどのようなものなのか。

 第2回では、メルカリでエンタープライズセキュリティチームのエンジニアリングマネジャーである佐々木 悠氏、Engineering Manager of AI Enablement Foundationの青木大樹氏、そして第1回に引き続きAIセキュリティチームの赤松宏紀氏にインタビュー。全社のAI活用を支える「仕組み」を聞いた。

「エンジニア」と「非エンジニア」でどう分ける? Claude Codeの全社展開

――対話型AIにとどまらず、PCのファイルを直接操作したり、OSコマンドを実行できたりする強力な「Claude Code」「Claude Cowork」を全従業員に展開した背景や狙いをあらためてお聞かせください。

メルカリ 赤松宏紀氏 メルカリ 赤松宏紀氏

赤松氏 従来の「ChatGPT」や「Gemini」のようなAIツールから、自律的にタスクを実行するAIエージェントの活用が軸となる中で、エージェントを前提とした働き方を全社で推進するという背景の下、全社展開を開始しました。「Claudeのエコシステムに乗っていこう」という大きな方針があり、2026年5月からClaude CodeとClaude Coworkの全社展開をスタートしました。

 第1回でも紹介した通り、非エンジニア全員(1000人以上)を対象に、エージェントを前提とした働き方を学んでもらうイベント「AI Agent Day」を開催し、ツールの提供とともに、従業員教育にも取り組んでいます。

 ただ、こうした取り組みを通じてAIエージェントの使い方を知ってもらったとしても、非エンジニアに「Claude Code」をそのまま展開するのは、セキュリティ観点で非常にリスクがあります。ローカルPCのファイルをAIに直接操作させたり、さまざまなコマンドを実行できてしまったりしますし、インターネットアクセスに伴う不適切な情報取り扱いや情報漏えいの課題があります。

 そのため、非エンジニア向けには「Notion AI」とClaude Coworkの2つを原則として提供しています。特にClaude Coworkは、最初からVM(仮想環境)内で実行される点や、ネットワーク通信の制御、強力なセキュリティ設定・ガードレールによる制御が可能なため、安全に利用できる強みがあります。

 ただし、非エンジニアの中にもエンジニアリングのリテラシーが非常に高い人もいるため、そうした方々にはエンジニアと同様に、Claude Codeも活用してもらっています。

――一律に禁止するのではなく、リテラシーに応じてツールや権限を柔軟に変えているのですね。それをどのような仕組みで実現されているのですか。

赤松氏 MDM(モバイルデバイス管理)の「Jamf」とIDP(アイデンティティープロバイダー)の「Okta」を活用しています。JamfとOktaを同期させることで、端末の利用者が開発者なのか非開発者なのか、どういう属性の従業員なのかが完全に同期された状態で把握できます。

 これを元に、MDMを介して、リテラシーの高いエンジニア向けの柔軟な設定と、最初から安全なガードレールが敷かれた非エンジニア向けの強いセキュリティ設定を自動的に「出し分け」ながら展開しています。

 「Claude Enterprise」を導入したことで全社展開は簡単になりましたが、Claude Enterprise単体の機能では「単一の設定を全員に一括配布する」ことしかできません。MDMを組み合わせて属性別に出し分ける設定が、セキュリティの向上と現場の利便性を両立する上で非常に強く効いていると実感しています。

管理者権限を与えない端末のアップデート適用を効率化

――Claude Codeのようなエージェントツールを全社展開するに当たって、端末側の統制やセキュリティで直面した課題はありましたか。

メルカリ 佐々木氏 メルカリ 佐々木氏

佐々木氏 セキュリティを高める取り組みとして、非エンジニアの端末からは、原則として日常業務において不要な「端末のローカル管理者権限」を常時剥奪し、一般ユーザー権限で運用しています。

 しかし、進化のスピードが極めて速いClaude Codeなどのツールは頻繁なアップデート(パッチマネジメント)が要求されます。アップデートがあるたびに「管理者権限がないからブロックされた」と業務が滞ってしまっては、現場の大きなブロッカーになってしまいます。

――アップデートの頻度も進化も早いAIならではの課題ですね。どのようにその課題を解消されたのですか。

佐々木氏 これを解決するため、MDMとSlackをAPIで連携させた「一時的な管理者システムを借用できるシステム」を以前から開発・運用しており、本件においてもこちらを活用しました。

 従業員がSlackで専用のコマンドを打つだけで申請フローが回り、承認されると、MDM経由で自動的に一定期間だけ管理者権限が付与され、時間が経過すると自動的に管理者権限が削除(剥奪)される仕組みです。

 この仕組みを自社開発・実装したことで、セキュリティ運用工数でオペレーションが逼迫(ひっぱく)することなくスケールさせることができています。

 さらに現在は、申請という「一手間」もなくすために、MDMの「Managed Config」やパッチ適用ポリシーを活用し、管理者が介在せずにバックグラウンドで安全に自動パッチ適用が行われるアーキテクチャの設計・検証も進めているところです。

赤松氏 われわれはよくセキュリティにおいて「ピープル・プロセス・テクノロジー」の三位一体を意識しています。AI Agent Dayのようなピープルへのアプローチと、テクノロジーを組み合わせることで、過度にプロセスを強めずとも、リスクを適切に許容できるバランスを採っています。

――第1回では、AIガバナンスのポイントとして「まずは利用実態の可視化から」と伺いました。メルカリでは「シャドーAI」対策についてどう取り組まれているのでしょうか。

赤松氏 われわれの基本的なスタンスとして、リテラシーの高い従業員が実験的な取り組みをすること自体は、実はあまり厳しく規制していません。

 ただし、AIは全てOSS(オープンソースソフトウェア)の「LiteLLM」経由で利用するというルールを整備して運用していました。というのも、2025年の初め頃、社内で「さまざまなAIモデルを比較して使いたい」というニーズが非常に高まっていました。しかし、セキュリティ側としては強い懸念がありました。主要なAIプロバイダーが発行するAPIキーには、原則として「有効期限(期限切れ)」がなかったのです。

 そこで白羽の矢が立ったのが、当時勢いのあったLiteLLMです。1つのAPIエンドポイントでさまざまなAIモデルへのアクセスを透過的に中継(プロキシ)できるため、このLiteLLMを土台にして、会社が契約管理をし利用を許可するモデルを提供する基盤を、APIキーが一定期間で失効するセキュリティ機能とともに運用を開始しました。

青木氏 LiteLLMは「Google Cloud」の「Google Kubernetes Engine」で運用しています。社内の開発者たちは、裏側の複雑なAPIキーや接続先の設定を一切気にすることなく、「ただ使いたいモデル名を指定するだけ」で、自動的に安全で短命なキーを使ってアクセスできるようになっています。

 この共通基盤を通じて「Vertex AI」経由でClaudeやGeminiを利用したり、「Opus」などの最新モデルを安全に呼び出したりできるようになっています。

――なるほど。LiteLLMを共通基盤として整備したことによる、開発現場や管理側への成果はどう表れていますか。

メルカリ 青木氏 メルカリ 青木氏

青木氏 開発者は裏側のプロバイダー連携やAPIキーの設定を一切気にすることなく、モデル名だけを指定すれば会社公認の安全なルートで素早くAIを用いた開発を開始できます。毎回「使いたい」と申請して数日待たされるといったタイムラグがないため、開発スピードを阻害しません。

 管理側のメリットとしては、バジェット(予算)を中央集権的に可視化・管理できる点があります。これにより「このチームはAIにコストを使い過ぎているので最適化しよう」といった、建設的なFinOps(コスト最適化)の提案がしやすくなりました。

 現在はClaude Enterpriseの導入によってAnthropicが提供するモデルの直接利用も進んでいますが、社内のエージェントや社内向けサービス、モデルのPoC(概念実証)用途として、LiteLLMの共通基盤は今も社内でバンバン稼働し続けています。

 LiteLLMが非常に活発なOSSですので、われわれ自身もDB(データベース)のパフォーマンスチューニングの提案や、APIの修正など積極的にコントリビュートしています。

PMがコードを実装してリリース 「職種の越境」が始まった

――今後の展望について教えてください。Claude CodeやClaude Coworkの全社展開、ツールが現場に定着することで、メルカリの業務プロセスはどう変わっていくと期待していますか。

青木氏 弊社CTO(最高技術責任者)の木村も発信していますが、実装にかかるコストが著しく下がったことで、少人数でプロダクトを高速にデリバリー(リリース)できるようになると考えています。

 これは「職種の越境」がダイナミックに進むことを意味します。エンジニアがコーディングなど実装だけでなく、企画、QA(品質保証)、それ以外の今まで触れられなかった領域にまで責任の幅を広げていったり、逆に非エンジニア層やPM(プロダクトマネジャー)が自分で実装してデリバリーまで完結させたりする世界です。

 社内で「AI Pods」という小規模チームでの検証に取り組んでいますが、これまでエンジニアに依頼して待つしかなかったPM(プロダクトマネジャー)が、自分で新機能のコードを実装してデリバリーまでする事例がすでに出てきています。

 これにより、エンジニアもただ「実装」するだけでなく、「何を作るべきか」というより上流の計画や企画立案に注力できるようになり、組織全体のバリューシフトが起きています。

――まさにAIエージェントによる組織構造の変革ですね。今後さらに強化していきたい施策はありますか。

青木氏 われわれが次に見据えているのが「リモートエージェント」への移行です。

 現在はローカルPCで動かしているClaude Codeなどのエージェントを、今後はクラウドなどリモートで自律的に動作させることが主流になると考えています。

 これにより、今まで属人化していたローカルPCでの知識やワークフローを完全にリモートへ移し、全員で共有・スケールできるようになります。「人の介在をなくす、あるいはループの一部に人が関わるのみ」(Human-on-the-loop)という領域は、まだグローバルでもどの企業も未踏のフロンティアであり、メルカリも今まさに最先端で探索・実装を進めています。

赤松氏 非エンジニア層を含めたAI Agent Dayの取り組みを通じて、社員一人一人が「自身の日常業務をエージェントの『スキル』として言語化し、社内で共有し合って属人性を排除していく」というループが回り始めています。

 1人が作った安全なスキルが横展開され、全社で磨き上げられていくカルチャーが定着しつつあり、これからの組織全体の自律的な変化に大いに期待しています。


 AIエージェントを安全に利用できる環境を整備するために、セキュリティチーム自らが「コードを書いて仕組みを自動化する」というプラットフォームエンジニアリングに率先して取り組む姿勢が強くうかがえた。

 画一的なルールで現場のAI活用を縛るのではなく、共通基盤の仕組みを通じて「安全かつ便利に利用できる環境を提供する」というメルカリの取り組みは、AIの全社展開を検討・推進する多くの企業にとって、強力なヒントとなるはずだ。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

スポンサーからのお知らせPR

注目のテーマ

ID・パスワードから始める「引き算」のセキュリティ〜ゼロトラスト狂騒曲の果てに
その「AIコーディング」は本当に必要か?
Microsoft & Windows最前線2026
4AI by @IT - AIを作り、動かし、守り、生かす
ローコード/ノーコード セントラル by @IT - ITエンジニアがビジネスの中心で活躍する組織へ
Cloud Native Central by @IT - スケーラブルな能力を組織に
システム開発ノウハウ 【発注ナビ】PR
あなたにおすすめの記事PR

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。