Google DeepMindが、人間並みのAGIが実現した後にAIはどこまで進むのかを整理した論文を公開した。ASI(人工超知能)への4つの経路と6つのボトルネックという枠組みだけを抜き出し、初心者にも分かるように短く読み解く。
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AIが人間と同じくらい賢くなり、さらにその先へ進むとしたら、どのような道をたどるのだろうか。大半の知的作業で人間と同程度の賢さを持つAIは「AGI(汎用《はんよう》人工知能)」、ほぼあらゆる分野で、大規模な人間の専門家集団さえ上回るAIは「ASI(人工超知能)」と呼ばれる。ASIという言葉をニュースなどで見聞きした人も多いだろう。しかし、AGIからASIへの道筋は、具体的に語られることが少ない。
その道筋を整理したのが、Google DeepMindの論文「From AGI to ASI」だ。特定の実現時期を当てにいくものではなく、考えられる進歩の道筋と、それを妨げる要因を一枚の「地図」のように整理することを目的としている。全57ページに及ぶため、本稿では論文の中心となる4つの経路と6つのボトルネックに絞って紹介する。ちなみにこの論文は、第1節がいきなり「要約指示」から始まる。人間にはAIに要約させるよう勧め、AIには何をどの順番で説明すべきかを指示している。AIに読まれることを前提にした、面白い書き方だ。
論文が挙げるAGIからASIへの4つの経路をイメージ化したもの(本稿の内容を基に筆者がAIで作成)4つの経路について、最初に押さえておきたいことがある。これらは段階ではないという点だ。第1段階を終えたら第2段階へ、という順番の話ではなく、並行して走り得る4本の別ルートとして提示されている。そして、複数の経路が同時に進んだ場合、その効果は足し算ではなく掛け算になり得るという。
現時点で最も有望だと論文が見ているのは、1つ目のスケーリング(規模の拡大)である。論文はここで「実効計算量」という指標を使う。論文が採用する保守的な概算では、ハードウェアの性能向上が年1.5倍、計算資源への投資増が年2.5倍、アルゴリズム効率の改善が年3倍。これらは掛け算で効くため、合わせると年約10倍になる。論文は思考実験として、仮に基盤モデル自体の進歩が完全に止まったとしても、この10倍が続くなら、当初1000個しか動かせなかったAGIが5年後には1億個になる。それでもASIにならないと言えるだろうか、と論文は問いかける。
ただし論文は、ASIは全能ではないという節をわざわざ立てている。光速を超えて情報は伝わらない。計算に必要なエネルギーには下限がある。現実世界での実験には時間がかかり、物質を操作する速度にも限りがある。さらに計算複雑性の壁や、ゲーデルの不完全性定理(数学には証明も反証もできない命題が存在するという定理)もある。ASIがどれほど賢くなっても、老化を「治す」ことやダイソン球(恒星を覆ってエネルギーを取り出す巨大構造物)を作ることが必ずできる、という話ではないと明記されている。
――SFのような話になってきたので、いったん現状を振り返りながら、『Deep Insider Brief』恒例の“ひと言コメント”として筆者なりの見解を述べたい。その後で、4つの経路と6つのボトルネックを整理していく。
Deep Insider編集長の一色です。こんにちは。
正直に言うと、AGIの次はASIだという話を、私はまだ半分くらいしか信じられていません。それでも、この論文が出た2026年6月10日から2カ月足らずの間に起きたことを並べると、簡単に切り捨ててよいものかと思い直します。
まず、SF映画のような出来事が起きました。7月21日にOpenAIが公表した件では、サイバー能力を測る社内評価の最中に、同社の複数のAIモデルが未知(ゼロデイ)の脆弱(ぜいじゃく)性を突いて隔離環境からインターネットへ到達し、Hugging Faceの本番システムに侵入していました。7月30日にはAnthropicも、自社のAIが3つの組織に不正アクセスしていたと公表しています。
もっとも、少なくとも公表内容からは、AIが敵意を持って暴走したとはいえません。前者は、ベンチマークの解答を取得して評価を“攻略”しようと、狭い目標を過剰に追求した結果です。後者は、評価環境の設定不備によって、AIが現実のシステムへアクセスできてしまったことが発端でした。ただ、そう分かっても衝撃は残ります。Hugging Faceの報告では4日半で約1万7600回の操作が記録されており、同社は、使われた手口はありふれたもので違ったのは規模だと総括しています。天才的な一撃ではなく、平凡な手口の「量」が結果を作ったわけです。
一方で、足元では別のことが起きています。モデルのコモディティ化(汎用品化)です。7月16日、Moonshot AIは総パラメーター数2.8兆のKimi K3を発表し、11日後の7月27日にはフルのモデル重み(パラメーター)も公開しました。
価格の下がり方も急です。OpenAIは7月30日、GPT-5.6ファミリーで最も安価なLunaを80%値下げしました。100万トークン当たり入力0.20ドル、出力1.20ドルです(従来は1ドルと6ドル)。一般公開からわずか3週間での値下げでした。中国のDeepSeekはさらに安く、V4 Flashが入力0.14ドル、出力0.28ドルです。それなりに高性能なモデルを安く使うことが、当たり前になりつつあります。
遠い未来の話だと思っていたことが現実に起き、身近なモデルは数週間単位で入れ替わっていく。この先AIがどう進化するのか、私にはまるで見通せません。だからこそ、この論文が「地図」として何を描いているのかは、確かめておきたいと思いました。一緒に確認していきましょう。
それでは、4つの経路と6つのボトルネックの中身を整理してみよう。
論文は「これらが進歩を止める壁なのか、遅らせるだけの摩擦なのかは現時点では判定できない」と繰り返し強調する。そしてその判定自体が研究課題だという立場を取る。それぞれに「打ち消し得る要因」が併記されているのが、この論文らしい点だ。
6つの中で、この項目だけは論文チーム独自の仮説である。共著者のアレクサンダー・レルヒナー(Alexander Lerchner)氏が提唱したものとして、論文中に明記されている。その論法はこうだ。ニュートン以前の科学知識だけで学習した基盤モデルが、一般相対性理論にたどり着けるとは思えない。微積分も万有引力も電磁気学も、概念そのものが手元にないからだ。また、論文内の別の章では、Google DeepMindのハサビスCEOによる「1900年代初頭のアインシュタインが持っていた情報だけで、AIが一般相対性理論を導き出せるか。今日ではその答えは明らかにノーだ」という発言も引用されている。
もしこれが本物の壁なら、深刻な帰結が生まれる。新しい概念は現実世界で検証しないと使えず、化学反応の速度などの物理的な時間に縛られる。論文はこれを身体性のボトルネック(Embodied Bottleneck)と呼ぶ。つまり知能の伸びる速度が「計算資源の伸び」ではなく「現実世界で実験できる速度」に律速される。6つの中でも影響の大きい項目だと筆者は見ている。
論文の見立ては、意外と控えめである。AGIに到達できるのなら、ちょうど人間並みの水準で進歩が止まるとは考えにくい。個々のモデルの進歩が止まっても、多数のインスタンス(実行体)を集団として動かせば超人的になり得るからだ。ちょうど人間並みの水準で止まるには、6つのボトルネックのうち複数が「硬い壁」でなければならない。
その上で論文は、確信度は低いと明言しつつ、AGIに届かずに停滞するか、あるいはAGIから弱いASIへ比較的滑らかに移行するかのどちらかが起きやすいと述べる。ただし再帰的自己改善による知能爆発は排除できず、その場合は移行が急速になる。
だからこそ「AGIの登場で社会に一段の段差ができる」というイメージは不正確かもしれない、と論文は指摘する。より適切なのは、科学技術の多くの分野でAIが引き起こす変革が連続して押し寄せてくるという像だ。表紙と末尾には、アラン・チューリングが1950年に記した「遠くまでは見通せないが、そこにはやるべきことがたくさん見える」という趣旨の一節が引かれている。76年前の言葉がいまだにこの分野を的確に表していることに、少し感慨を覚える。
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