愛媛編:一般家庭の蛇口は2つ――地方別「風土」「産業」「暮らし」:ITエンジニア U&Iターンの理想と現実(28)(2/3 ページ)
愛媛県は多様である。「東予」「中予」「南予」の3つの地方に分かれ、それぞれに異なる特性がある。幸せな移住は、マッチングする地方を見極めることから始まる。愛媛在住の筆者が、各地方の違いと魅力について語る。
モノづくりの聖地「東予」
東予地方、新居浜市の「風土」〜北に瀬戸内海、南に霊峰・石鎚〜
東予地方が面している瀬戸内海は、地中海に例えられるのどかで詩情あふれる海だ。県東部の四国中央市や新居浜市では島影1つない海が広がり、中予地方に近づくにつれ、島なみが現れる。海を見て振り向けば、南には、西日本最高峰の霊峰「石鎚」が連なる。嶺に掛かる雲の隙間から、光の帯が裾野へと降り注ぐ。
風光明媚(めいび)な東予地方の、もう1つの顔は、臨海工業地帯である。
東予地方の新居浜市は、「工都、新居浜」「住友の城下町」とも呼ばれる、全国屈指の工業都市だ。海岸線に沿ってコンビナートが立ち並び、街中には、町工場が点在する。工場萌え、クレーン萌えならうなるだろう。
東予地方、新居浜市の「産業」〜トータルエンジニアリングで世界へ、宇宙へ〜
新居浜の中小企業は元気である。圧倒的な技術力と、技術への熱意がある。
大企業の研究開発を担う企業や、自社開発製品を持つ企業、グローバルな製品を設計製造している企業が少なくない。海外事業を展開する企業もある。昭和の時代から現地組立や据付試運転渡しのため渡航する技術者も多く、フットワークが軽い。
町全体が「下町ロケット」のようなイメージ、と言えば伝わるだろうか。実際、宇宙の仕事を手掛ける企業もある。小惑星探査機「はやぶさ」のサンプル採取機構を手掛けたのは、新居浜の企業である。
新居浜は、原料の採掘に端を発した町である。新素材研究開発、設備や産業機械の設計、製造、据付、制御技術、原料と部材と製品の輸送技術まで、モノづくりに必要な全ての要素が、市の中にある。企画から研究、設計、製造、物流、管理までの全工程を一貫する、トータルエンジニアリングが根付いているのだ。
こうした重厚長大産業の町にITエンジニアが移住するメリットは何だろうか?
1つは、ハードウェアとソフトウェアの領域にまたがる知見を得られることである。東予地方に見られる鉄鋼、造船、化学工業、設備製造は、重厚長大産業と呼ばれる。これに対し、ITはソフトな産業である。
従来は、両者の間に距離があった。ところが近年、両者は接近して融合し始めている。産業機械のIoT化が進み、CADとVRが接近し始め、3Dプリンタはロジスティクスを変える。FA(生産工程の自動化)から始まったモノづくり革命は、CALS(「設計」「製造」「物流」「管理」の一貫合理化)を経てIoTに至り、あらゆる産業をITで接続する産業革命が幕を開けた。
インダストリアルインターネットのスキルが必須となる近未来に備え、ITの側からモノに近づけば、獲得すべきスキルが浮き彫りになるはずだ。ソフトウェアからハードウェアを眺めるだけでなく、ハードウェアからソフトウェアを眺める視点も獲得すれば、発想が変わる。自ら切断加工や溶接をせずとも、工場を見学し、モノづくりの現場に触れるだけでも、引き出しは増える。
2つ目のメリットは、作りたいモノがあるとき、協業先や外注先を見つけやすいということである。必要な技術と設備を有する企業が地場にあるのは、心強いではないか。
3つ目は、場の薫陶を受けられるということだ。実はこれが最も価値がある。
重厚長大型の技術集積地に住むと、町の空気の中でおのずとエンジニアリング精神を体感できる。エンジニアリング精神は「エンジニアに不可欠の技術倫理」と言い換えてよいかもしれない。AIが発達すればするほど、高い倫理観を持つエンジニアは引く手あまたになる、と筆者は見ている。
これら3つのメリットを享受すれば、自分に付加価値を付けられる。技術の本質を学び究め、地方に生活基盤を置きつつ世界レベルの仕事を成し遂げたいなら、新居浜市を含む愛媛県東予地方は、移住先の有力候補といえよう。
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