半導体業界では、「発熱」がホットな話題。微細化が進んだ結果のリーク電流が原因。その影響で携帯電話に冷却ファンが搭載されるかも。
暑くなってきたせいではないと思うのだが、最近、温度を測るようなチップを頻繁に見かけるようになってきた。それだけ市場が温度管理に敏感になってきたということなのかもしれない。温度を測るチップが熱を大量に放出していたのでは洒落にならないので、温度測定ができるようなマイコンは超が3つ付くくらいの低消費電力で慎ましやかに動くものが主流である。だから自身の発熱が問題になることはまずない。しかし、デバイスにせよ、システムにせよ、世間一般のトレンドはどうもそうでもないみたいだ。
発熱の問題に直面している最右翼は、なんといってもPCだろう。チンチンの薬缶のように熱くなるハードディスク、拡張スロットを2本も占有するほど大きな放熱ファンが必要となるグラフィックス・チップ、そしてマイクロプロセッサと、熱の問題に直面しているデバイスのオンパレードである。中でもマイクロプロセッサは、熱の問題を解決しないことには、自身が発生する熱で半導体が溶けてしまう「メルトダウン」が発生しかねないという状態にある。この対策ができないと、進化がとまりそうなところまで来てしまっているのだ。
ノートPCがその高密度の実装上の問題から熱の問題に直面したのはそれほど最近のことではない。しかし、取りあえずそれは「実装上」の問題と認識されており、マイクロプロセッサというデバイス自体の発熱は、デバイスそのものの存在を脅かすところまでは至っていなかったのだ。それが、このごろは自分自身の足元が危うくなっているので、メーカーは「熱、熱」と、熱にうなされているような按配になってきている。
振り返ってみれば、20年も前にマイクロプロセッサ業界は同じような問題に直面し、克服した経験がある。実のところ筆者は、ほんのわずかな期間ではあったが、NMOS(Negative polarity Metal Oxide Semiconductor)*1のプロセッサにもかかわったことがある。NMOSを知っているというだけで業界における長いキャリアが証明されてしまう。CMOSしか手掛けたことがない若いエンジニアには単なる年寄りと思われるのが多少しゃくだが、彼らは知るまい。NMOS回路は、直流(DC)電流が流れるという性質があり、当時のNMOSを使った先端マイクロプロセッサは熱的に深刻な壁にぶつかっていたのだ。このままNMOSを使っていたのでは集積度が上げられない、ということになって直流電流が無視できるCMOSへと転換が一気に進み今日に至っている。基本的にはノード容量に対する充放電電流しか流れないCMOSは、ラッチアップ(入出力端子などからの雑音で素子がオン状態となり、電源とアースの間に素子を破壊しかねないほどの大電流が流れてしまう現象)などの問題が気になったにせよ、そのときは理想的なプロセスであった。
*1 NMOS:電流の担い手が自由電子である半導体素子。担い手が正孔(正の電荷)であるPMOSに比べて、性能が高い。インテルでは、8080からNMOSを採用している。現在では、NMOSとPMOSを組み合わせたCMOSが主流。
しかし、マイクロプロセッサの動作速度がGHz台に高速化すると、充放電電流は線形な伸びであってCMOSの性質どおりであるものの、無視できないものになってしまう。悪役は、プロセス微細化に伴って、漏れ状態が何桁も上がってしまったリーク電流だ(このあたりの事情については「第9回 銅配線にまつわるエトセトラ」参照のこと)。このリーク電流が、とんでもなく大きくなってきている。先端の90nmプロセスで1億個以上ものトランジスタを集積した場合、その高速動作に必要なこれまた大きな電流の半分前後が、リーク電流として流れてしまうようだ。もちろん、小手先の対策はいろいろ打っているのだが、このままプロセスが進化したのでは、リーク電流が大きくなりすぎて、動作もしないうちからメルトダウンになりかねないということになってみんな困っている。直流電流が流れてしまうという点では、昔のNMOSと一緒である。しかし状況はより深刻だ。何せ、NMOSのときにはCMOSが控えていたので、移行すれば何とかなるという道筋が見えていた。だがCMOSには、代わるべきものがいまのところいないからである。
リーク電流を抑えるためには、実にいろいろな対策が提案されている。中にはこれが決め手みたいな話もあるが、よく見てみれば、どれか1つの対策で根本的問題解決が図れるわけではなさそうである。材料を変えようが、SOIプロセスを使おうが、外部電源回路を工夫しようが、結局CMOSはCMOSなのである。材料的、プロセス的、デバイス的、回路的、アーキテクチャ的、OS的、ソフトウェア的にいろいろな技術を総動員し、まず止まっているときは小まめに電源を切り、動いているときには、あちらでx%、こちらでy%、という感じで積み上げて、消費電力を抑えることで、何とかこの問題に対処していくしか当面は手がなさそうである。
PCに限らず、発熱は、いまや業界のプリマドンナというべき携帯電話でも問題になり始めている。もともと低消費電力指向で発展してきた携帯電話なのであるから、何年か前までは発熱などほとんど問題にはならなかったはずなのにだ。それが問題になってきたのは、1つには、単なる動画再生を超えて、テレビ受信まで行ってしまっている止め処のない機能の集積と小型化の進行にある。もう1つには、それを許せるくらいに電池の能力もまた向上してきた、ということもある。高性能の電池を積み、ほとんどPC以上の機能を集積した昨今の携帯電話は、もはや低消費電力の装置とはとてもいえないものになってしまっている。実際、昔は携帯向けに部品を売り込みに行くというと消費電力が真っ先に注目されたのだが、このごろは「携帯電話なら十分電源容量がありますから大丈夫でしょう」といった具合である。
PC以上に携帯がつらいのは、放熱が難しいことである。封止されたボディで空気の出入りがないから、PCのように冷却ファンを搭載して簡単に空冷できない。その上、手に持って耳に付けるので、下手をすると火傷の心配までしないとならない。まぁ、PCでも、電源のファンはともかく、マイクロプロセッサの放熱にファンを搭載し始めたときにはイカレタ時代になったと思ったものだが、いまはみんな慣れてしまった。いまでは空冷でなく液冷でも驚かない。それを思えば、携帯電話に冷却ファンが搭載されても不思議はないのかもしれない。実際、本気で考えている人たちも多いようだ。
ただ、冷却ファンを付ける前に、まだまだやれることはありそう、という感じなのか、内部の熱伝導率を改善して、一箇所に熱がこもらないようにする対策の方が進行中である。それでも駄目になると冷却ファンの搭載ということになるのかもしれない。冷却ファン付の携帯電話を想像すると、何かドライヤーに見えてきた。この際、ドライヤー機能も付けると身だしなみを気にする若い女性にうけるかもしれない。
汐留の高層ビル群のせいで、海風が循環しなくなり都心の温度が上がるというニュースがちょうど新聞に載っていた。実際、都市にせよ、電子的装置にせよ熱源の配置と循環、放熱は大事である。しかし、それ以上に発生が増大している熱そのものこそ根本問題であり、削減しなければならない課題である。電子装置については、ばっさりと機能を削ってしまえば、簡単に消費電力が削減できる。簡単に熱を減らせることはみんな分かっているのだが、市場競争もあってそうもいかない。
東京も、みんなで冷房を切り、車を止めれば相当に涼しくなるのだろうけれど、それもできそうにないことと一緒だろう。取りあえずデバイス屋は、自分の持ち場の消費電力を減らすところだけは、がんばらんといけない。高々1Wの節減でも、1億個も売れたら1億Wの節約になる。1億個も売れてないだろう、と突っ込まないでほしい。もともと筆者の手掛けるマイコンは、1μWも使ってないのだから。ともかくエネルギーはセーブしないと人類の未来は暗そうだ。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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