第54回 鉛フリーがいいじゃないか頭脳放談

環境問題から鉛の利用が制限されつつある。半導体も例外ではなく、「鉛フリーはんだ」などの利用が推進されている。その動きについて解説する。

» 2004年11月17日 05時00分 公開
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 歳をとったせいなのか、このごろは部品屋といえども何か社会のお役に立たなければならないぁ、などと思う。けれども思うばかりで何とか業界で生き残っていくのが精一杯の中年オヤジにすぎない。そんな中で部品屋も前向きな取り組みをするようになったと思うのが、環境面での取り組みだ。

 思えば、昔の半導体屋は環境を汚染するようなことも平気でしてしまっていた。若いころシリコンバレーに少しばかり住んでいたことがある。「外国では生水は飲むな」とよくいわれるけれど、本来あの地域の水は飲用できないような品質ではない。しかし、現地の人間から「飲むな」といわれた。「何で?」と聞いたら、住んでいる地域の水道は、地下水を利用しており、それが化学物質で汚染されているというのだ。

 米国の水道局(?)が一応安全といって送水しているものだから、「飲むな」といったのは、ちょっと神経質だっただけなのかもしれない。しかし、そういったのは半導体の業界人(自分の机の後ろに巨大なミネラルウオータのサーバを置いていた)で、汚染の元凶は、いまはない半導体会社(シリコンバレーのルーツ的会社)だった。どんな物質かは忘れてしまったが、確か半導体屋にはおなじみのものだったように思う。そのころ勤めていた会社にせよ、ほかの会社にせよ、工場は問題となった会社と五十歩百歩という感じであった。そのため、他社にも飛び火して大分問題になり、その対策が打たれていたのを記憶している。その後の詳しい経緯は知らないが、業界全体が地下水の汚染に非常に厳しくなり、最近では米国でも日本でも問題になるような例はまずなくなったのではないかと思う。

鉛フリーは簡単じゃない

 そんな取り組みの進んできた環境面で、何年か前から話題になっているのが「鉛フリー」という運動である。有害な鉛を電子装置から締め出そうという動きだ。実際、電子機器の中で鉛はどこに使われているかというと、基板と部品との接続に使われている半田(ハンダ)の中にある。では、基板の上にのっているだけで半導体屋は無関係か、というとそうでもない。パッケージによっては、パッケージの内部で半導体と外部との電気的な接続のために半田ボールを使っていたり、パッケージ内の配線を担うリード・フレームに半田が塗られていたりするからだ。ほかの電子部品も同じようなものらしい。結局「鉛フリー」とは「半田に含まれる鉛の問題」とほとんど等価であるのだが、実はみんなが半田に依存しているので、あまねく電子デバイスの部品屋のほとんどすべてに突きつけられた問題なのだ。

 半田とは鉛と錫(スズ)を「絶妙な比率」で混ぜたものである。その配合のお陰で、それほど高くない温度で金属を電気的にも機械的にも「やわらかく」接合することができる。1個所の接合に使われる半田の量など、微々たるものじゃないかと思われるかもしれないが、全世界では毎年何万トンかの鉛が使われているらしいから、電子機器をどんどん捨てていくと、環境には何十万トンもの鉛がたまることになる。

 そこでいってみれば、いままでの半田の「代用品」である鉛の代わりに別な金属を混ぜた「鉛フリー半田」というものが開発され使われつつある。しかし、新規開発品なだけに、いままでどおりの半田付けの条件(温度など)ではうまく付かなかったり、接合部が衝撃に弱いなど性能に問題が出たり、信頼性に疑問があったりする。その上、特許で揉めるは、あげくの果てには設備の上で問題が起きるは、といった状態で、難問山積み茨の道を前進しているような状況にある。そのせいか、業界の足並みもそろっておらず、難問を打開して量産品の鉛フリー化率をどんどん高めている会社もあるかと思えば、量産レベルではぜんぜん使っていない会社もあるといった具合だ。多分全体ではまだ半分も鉛フリー化できていないだろう。

 しかし、大体において日系企業の鉛フリー化は進んでおり、プリント基板のレベルでも、半導体のパッケージなどでも鉛フリー化は相当できていると見てよい。遅れている会社もあるが、きっと肩身が狭いはずだ。進んでいる会社にも所々積み残しがあって、マイクロプロセッサ業界の米国某トップ・メーカーの製品が鉛フリー半田の使える高めの温度条件に不適合ということで、業界内では槍玉に上がっている。製品に不可欠な部品なので、代用品が利用できず、鉛フリー化を進めている日本のある会社は、メーカーによる温度保証値から外れるのを承知で、鉛フリー半田で組み立てていたという話が流布している。まぁ、某社も努力はしているらしいが、どうも米系企業の取り組みは遅いように見える。

欧州のやり方はちょっと見習うべきかも

 とはいえ、米国人がみんな環境問題に無関心というわけでもないようだ。だいたい最初に鉛をなくそうと思ったのは米国に発端があったらしい。しかし、米国では反対者が多かったのか、理由は良く分からないが頓挫してしまい、日の目を見たのは欧州においてであった。実は欧州では、鉛に限らず水銀、クロムといった有害物質に関して非常に厳しい規制がかけられようとしているのである(それでも、半導体部品は鉛フリー半田の信頼性などに問題があることから、現在のところ規制はゆるいようだ)。このあたり欧州人は立派というか、やり方が上手だ。国の数では非常に多いが、EUに統合されているので話はまとまりやすい。EUでひとたび決まれば、それは多くの国が従う実効的「国際規格」として影響を与えるのである。それも、無理やり日本などに押し付けるわけでなく、「欧州は今回こう決めたので、欧州へ輸出したいのなら、あなたもこの規制を守りなさい」という形でである。

 日本にせよ、いまや世界の製造拠点たるアジア圏にせよ、欧州への輸出を考えないところはほとんどないから、必死で欧州「規格」に追従することになる。実際、欧州域内で製造している量より、アジア圏で作って欧州へ納める分量の方が多そうだから、実際に手を動かして対応するのはアジアや日本の人の方が多いかもしれない。ともかく、ひとたびそういうことになって日本の大手の機器メーカーが鉛フリーを決意したとすると、機器メーカーは部品屋に対応部品の納入を迫り、部品屋は材料屋へ迫り、といった具合に業界全体へと波及する動きとなるのである。「ウチと取引したければ鉛フリー品を供給しなさい」という具合である。特に理由がなければ鉛フリー品と鉛アリ品を並行で作るのは効率が悪いから、欧州向けでなくとも必然的に鉛フリー品に統一されてくる。このあたりは、欧州(特に英国)を起点として品質保証のISO-9000が世界中に広まったのと同じ構図かもしれない。

 穿った見方かもしれないが、ある意味、欧州人は業界の主導権を握る「ビジネス・モデル」を手に入れているのである。これには、特に新技術の発明も、大きな資本も、製造能力も必要ない。その上、欧州人は環境保護とか、まずだれも総論に反対しない大義名分をかかげて規格化を主導するから反発も出にくい。

 鉛フリー化に動きの鈍い米国は、こんな業界内の動きでも「単独主義」に陥っているように見える。規制自体は、何もかも100%フリーにせよというわけでもないので、自分らのビジネス範囲が例外事項としてあまり影響を受けなければ、我関せずという感じであろう。より大きな環境面での京都議定書への米国の態度の問題や、イラクのことまで考えてしまうのは、飛躍しすぎだろうか? はてさて、日本はどうするのだろうか。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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