第77回 半導体の設計もインドに流出?頭脳放談

ソフトウェアに続いて、半導体の設計もインドへのアウトソースが流行の兆し。半導体ベンダーのインド進出で、日本の設計者の運命は?

» 2006年10月21日 05時00分 公開
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 前々回の「フィリップスの半導体事業売却に見る業界再編の動き」で、そのときにはまだ新会社名も発表されていなかったフィリップス(Royal Philips Electronics)の半導体部門売却のことについて書いた。その後、新会社は「NXP」という名前が決まった。「どのような手を打ってくるのかなぁ」と見ていたら、案の定というか、インドに大きな投資をするという話が流れてきた。「やっぱりインドか……」という感がある。

 そういえばと思って調べてみたら、FPGAやPLD(プログラム可能なチップ)で知られるXilinxもそんな発表をしていたし、少々前には総合半導体ベンダの大手のSTMicroelectronicsも発表していた。大体、欧米の半導体ベンダはインドに開発拠点や外注先を持って久しいはずで、すでにビジバシ使っているインドをもっと拡充する、といったスタンスだろう。日本の半導体ベンダはどうだろうか、と思ってみれば、エルピーダメモリがここでもしっかりと手を打っていて、拠点の開設をアナウンスしていた(エルピーダメモリのニュースリリース「デザインセンターのグローバル展開について」)。さすがだが、インドでDRAMの設計なのだろうか?

日本の半導体ベンダもインドを活用

 日本の会社でインドへの進出が早かった東芝は、すでに着実にオペレーションしているためか最近の発表はないようだ。その次といった感じのルネサステクノロジは、KPITという現地の会社の中に、ルネサス選任部隊を数百人も置くという発表を2006年10月4日にしている(ルネサステクノロジのニュースリリース「ルネサス テクノロジが設計力を強化するためにインドKPIT社にODCを設置」。もちろん、ソフトウェアなどでは、ほかの現地大手との関係も前々からあるはずだ。NECエレクトロニクスは、取りあえずという感じで、インド最大手のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(Tata Consultancy Services)と2番手のウィプロ(Wipro)にストラクチャードASIC(短納期・低開発費のASIC)分野で仕事を出すらしい。日本の半導体ベンダの「インド活用度」はまだ欧米よりは大分少ないはずだが、それなりに進んできているように見える。

 SoC(System On a Chip:プロセッサやメモリなどを1チップにまとめたもの)などでうなぎ上りになっている開発工数を埋めるためにインドの優秀な技術者を雇う、といったスタンスでの発表だ。しかし、うなぎ上りの開発工数を、国内で人を雇ってこなしていたのでは開発費が増えてしまうので、インドの安い労働単価を活用して安くしたい、というのが本音のところだろう。インドへは行ったことがないので、現地事情やインドの技術力について論評できるとも思っていない。だが、はっきりいえることは、日本の半導体産業に従事している人々、半導体ベンダ所属の設計者であれ、メーカーの受託設計をしている数多くの設計ハウスであれ、設計関連の仕事に従事している面々にとっては、雇用が流出する可能性があるということだ。対象は、日本全体でみてもせいぜい数万人くらいと小規模かもしれないし、読者の中にどのくらいの比率で含まれているかも分からない。しかし、すでに雇用が確実に流出し始めているのだ。

 日本国内の雇用を守るために「インドの活用を止めろ」とは多分いえないのだ。なぜなら欧米系のベンダは、すでに大規模にインドの安くて優秀な労働力を使っており、設計開発費用を抑えにかかっている。日本だけがそれをしなければ、多分開発費的に競争力が失われ、日本製品は売れなくなってしまうからだ。かつて製造拠点が日本国内から海外、主に中国圏へ出て行って国内が空洞化したように、今度は設計が空洞化するフェイズに入った、ということかもしれない。

インドと同じ労働力単価が求められる時代に?

 いままで日本からの「設計流出」が米国のように大きくならなかったのは、日本語に代表される「日本文明」の文化的側面からくるギャップによって、効率的に南アジア世界と付き合えなかったから、と思うのだがどうだろう。まだまだギャップがあり、行き違いがあり、そうは問屋が卸さない、といったこともままあるようにも思えるが、遅かれ早かれ、設計(ハードウェアもソフトウェアも含まれるのだが)の労働力市場は世界で一体化していくと予想する。

 この世界での選択は、インド(もしくはもっと別の国)でもできる仕事を日本で続けるならば、その国と同じ労働力単価が求められるということになる。これは厳しい。

 確かに、国内でも生産性を上げて、労働単価当たりのアウトプットを増やしてインドと対抗するという選択肢もあるだろう。しかし、ソフトウェアにせよハードウェアにせよ、半導体関連の設計ツールは、すでにほぼ世界共通化しており、同じ道具で同じことをやっていたら、そうそう生産性に差がつくとも思われない。それにインド人は数学ができる(筆者の偏見か?)上に年齢層も若いから、筆者を含む高齢化が進む日本のロートル・エンジニアよりは、はるかに優秀だと思った方がよいだろう。

 もちろん、文化的側面からくる障壁はあり、特に言葉の面で英語の不得意な日本のエンジニアの場合、英語でうまくコミュニケーションができないから仕事が出しにくい、ということはある。いままではこれで流出が抑えられていた。しかしこれに安住していると、そのうち「まいど! 儲かってまっか」的な日本語を操る怪しいインド人が跳梁跋扈するようになり、いずれ向こうから乗り越えられてしまうのではないだろうか。結局、米国などはさっさとそうなってしまったように、「国外に出せない仕事」に専念するという選択肢しか残らないように思われる。

 端的にいえば、「どう作るか」という部分は外へ行ってしまうので、「何を作るか」と「どう売るか」という部分に専念せざるを得ないと思うのだ。このあたりは、売り先と同じ場所に住んで、同じ空気を吸っていないとなかなかうまくいかない部分があるからだ。

 さもなければ、徹底的に高度でユニークなIP(半導体の設計部品)をそろえ、労働力単価とは無縁になるくらい高めた技術の付加価値の世界で生き抜かないとならない。でも、これは日本人にとっては、あまり得意でない生き方のように思われる。何せ、まじめにいわれたとおり、正確に仕事を仕上げるのが日本エンジニアの特性だし、それって、まさにインド人の特性とダブっているのだから。そのうちユニークなアイデアを持ったインド人が輩出するようになったら、筆者たちは絶滅ということになってしまうかもしれない。何か本気で日本でも設計で勝てる戦略を構築しないといけない。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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