第76回 半導体とバイオの融合が新産業を生む?頭脳放談

エルピーダと広島大学の半導体とバイオの融合という共同研究が文科省の「最先端融合領域……」に選ばれた。両者の融合は何を生むのか?

» 2006年09月23日 05時00分 公開
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 長年、半導体業界に身を置いてきたものの、同じ半導体業界といっても、マイコン側から見るとDRAMなどは、まずは別世界のように感じられる。マイコンは、チマチマと少量・多品種・短TAT(Turn-around time:開発・製造にかかる一連の工程のループに必要な時間)に追われ、多様というより、もはや「雑多」というべきほどの品種に埋もれている感がある。一方のDRAMに抱くイメージは、ともかく先端工場の能力の限り、集積度をほとんど唯一の指標として数少ない品種をひたすら膨大に作り続ける商売、というものだ。確かに頭のよい立派な人たちが働いているはずなのだが、何か未だに重厚長大主義で、時代を先取りするような「フットワーク」に欠けると勝手に思っていたのだ。そうしたら突然、ガツンと一発お見舞いされてしまった。

 極めてまじめで地味なリリースである。広島大学とエルピーダメモリの共同研究が文部省に採択された、というだけのものだ(エルピーダメモリのニュースリリース「文科省『先端融合領域イノベーション創出拠点の形成』広島大学とエルピーダの共同研究が採択される」)。これがDRAM関連技術の話だったら、「ふーん、がんばってね」ということで通り過ぎてしまったに違いない。しかし、内容を見ていて驚いてしまった。「半導体とバイオ」の集積に取り組もうというのだ。

 バイオである。それすなわち生体を構成する蛋白質、蛋白質を合成する設計図となるRNAやDNA、プロセシングには欠かせない酵素、エネルギーというだけでなく各種の素材となる糖類に脂肪といった、多くはとても複雑な分子構造を持つ有機物、それこそが取り扱うマテリアルの中心となる世界だ。そして、対象は生物、多分、人間そのものを含む。イメージからしたら、ヌルヌル、グニャグニャっていう感じだ。一方、半導体のイメージといえば、単結晶シリコンのキラキラした堅くて脆いウエハこそがマテリアルであり、その単結晶の中に形成された膨大な数のトランジスタ、そしてそれで処理する対象は突き詰めていえば「0」と「1」の並び(実際にはアナログもあるが……)でしかないエレクトロニクスの世界、不毛な黒いレジン(樹脂)のパッケージが並ぶガラエポ(ガラスエポキ)板といったところであり、バイオとは異質なものである。その2つが結びつくのに違和感を覚えるとしたら、はっきり指摘しておこう「意識が低い!」と。

半導体世界とバイオは意外と近い

 偉そうなことを書いてしまったが、すでに多くの人々がこの両分野の結合の可能性に気が付いているのも事実なのである。それはいままで独自の領域として発展してきた両分野がいろいろな面で関連を深め、融合する可能性が見えてきている反映でもある。例えば製造面では、半導体産業により培われたクリーン・ルームとリソグラフィ技術は、実はDNAチップなどの大量製造技術の基礎となり得る、という指摘がある。また逆に金属原子などと特異的に結合する蛋白質を「自己整合的」に成長させれば、光の波長を越えた微細化に四苦八苦しているリソグラフィ技術を超えて、超微細な電子回路を形成することができる、ともいわれている。某誌に「数年先には半導体メーカーが大規模な蛋白質合成に乗り出すことになるだろう」という論文が掲載されたが、数年先というのはちょっといい過ぎているかもしれないが、十分あり得る話だ。

 また、応用面でも連係が進んでいる。不気味な話と受け取るかもしれないが、チップを体内に埋め込んだり、飲み込んだりする試みは、すでに一部実用化しつつある。医療目的ではあるものの、神経系と電子回路を接続するような技術もすでに使われている。それが医療・健康管理以外の目的に利用されるとなると恐ろしいが、今回はその辺の倫理的な話は抜きにして、電子回路と生体のインターフェイスを取る技術は「かなり」進んできているのも事実だ。体内に埋め込む場合などでは、チップの表面処理に必要な、生体との親和性をコントロールするための高分子有機化合物がキーとなる。

 根底には、コンピュータ・サイエンスと遺伝子の思想的共通性が横たわっているようにも思える。何もDNAコンピュータを持ち出さなくてもよい。コンピュータは「0」と「1」で動くが、遺伝子はACGTの4文字でコーディングされる。20種のアミノ酸をコードするコドン表(3つの塩基を1組にしたコドンを一覧にした表)は、4×4×4=64通りの組み合わせから成っている。冗長度を持たせたコーディングだが、シフトJISコードよりはよっぽど簡単かもしれない。ほとんど違和感なく踏み込んでしまえる、といったらいい過ぎだろうか。

 しかしながら、エレクトロニクス業界でこのことに気付いている人は意外と多そうな割に、みんな日々の戦いに消耗しているためか、いま1つ水面上での動きは鈍い。はっきりいって「ゲテモノ扱い」である。そういうことをやっている人も、筆者のようにいい立てている者もかなり胡散臭いと思われているのは間違いない。しかし、「ガツンと一発お見舞いされてしまった」のは、その静かな水面にエルピーダメモリが波紋を立ててくれたことである。ノーマーク過ぎた。

エルピーダの動きが半導体+バイオの刺激材料に

 振返って思い出してみれば、現在の社長(坂本幸雄氏)になってから、ときどきエルピーダメモリは「やるなぁ」という感じはしていたのだ。しかし、いかんせんDRAM世界の話であった。大多数の非DRAMメーカーの人間(筆者も含む)にとっては、DRAMなど安くて供給の安定しているものが買えればよい、という状態だったじゃなかろうか。かつての日本の「基幹産業を受け継ぐ唯一の」DRAMメーカーであるエルピーダメモリをして、周囲はあまりに無関心だった。でも、やっぱり偉大な会社だったようだ。少し侮っていたと反省しきりである。

 もしかすれば、地縁で連なるというか、主力DRAM工場を広島に持つエルピーダメモリは、このところ広島大学といろいろ仲良くやっているという報道も流れていた。それで、今回も大学の先生の口車に乗って偉い人が一丁張ってみたら文部省の助成金がゲットできた、というくらいの感じなのかもしれない。でも、エルピーダメモリが、というのは大きい。みんなが、ひそかに目を付けている分野である。虎視眈々と狙っているところだ。それも、このところ閉塞感の漂う半導体業界において、新たなブレイク・スルーで活路を見出せる一番の技術ではないかと思える分野でもある。化ければ、かつての高収益な半導体業界が魔法のようにカムバック! ということも多いにあり得る。これに刺激されて、あちらこちらから水面上に浮上してくると、かなり面白いことになるのではないか、と期待しているのは筆者だけであろうか。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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