3G携帯電話やWi-Fi、WiMAXなど無線通信の多様化が進行中。こうした短周期の動きの影で大きなうねりが起きていそう。その勝ち組みは?
携帯電話は大きな産業であるだけにウォッチしている関係者の方も多岐に渡っている。いまや誰でも持っている、みんながそれに依存している存在だから、ある意味で誰でも「一家言」あるような状態といえるかもしれない。もちろん、この連載でも携帯電話にまつわる話を何度も取り上げてきている。その場合、自分の属する半導体業界の視点で見ていることが多い。正直、そのような視点の自分も含め、そのほかの切り口の方々も多くはさまつな分析と詳細な議論に明け暮れているばかりに思えてきた。
実は、みんなが関心を持って、かんかんがくがくと議論したり、対応したりしている実態は、小さな「短周期」の信号なのではないだろうか。そしてその裏では、産業構造とそれを取り巻く環境そのものが変化するような、緩やかな「長周期」の大きな動きがあるように思えてきているのだ。だが、そういう信号はなかなか感じ取れないのではないかと感じている。そして、日々の活動の背後で知らぬ間に進展している「長周期」変動に気が付いて意識したころには、すでに「世界」が変わってしまっている、のかもしれない。
ここ数週間、日本の業界ウォッチャの関心を集めたらしいことがら、あるいは報道が混乱した件は、新規携帯電話キャリア「アイピーモバイル」の動きである。かねてよりサービス開始時期の延期など、いろいろとあって事業開始自体に疑問を持って見られていたためかもしれない。一般に信頼のおける複数の筋から、携帯電話事業への参入断念という報道が流れた。そしてその説明のための会見なるものが開かれたが、その席では報道内容は否定され、継続という表明がなされたようである。しかし、具体的な説明がほとんどなかったため、出席者の理解は得られなかったもようだ。
まぁ、関係者でもなく、携帯電話ウォッチャでもないので、アイピーモバイルの件について、分からないのにあれこれいうこともないだろう。ただし、真相はよく分からないが、携帯電話といえば総務省による許認可のからむ話であるし、近いうちにはハッキリせざるを得ないのではないだろうか。ひょっとするとこんな文章を書いている間にも、すでに決着がついているかもしれない。では、これは「短周期」の小さなノイズのようなものだろうか、それとも何か「長周期」の変動が影響している大きな流れにも影響されたものなのだろうか。
アイピーモバイルの件は、いくら周波数の割り当てを得られても、そう簡単に携帯キャリアでもうかるとは、いまや誰も思っていないという事実の証明だ。設備投資が膨大な割に、すでに市場は飽和状態になっており、競争も激しいため、投資に対するリスクが大きい。ちょっとやそっと通信方式が高速だ、とか何だとかいうだけでやっていけるような世界ではなくなっている。昔ならば、通信ができるというだけで売りになったし、市場も形成過程であったからよかったが、その時代からはすでに20年も過ぎ、通信は単なるパイプに成り下がってしまっている。それだけではない。どうも、通信方式、キャリア、端末など、多対多でわけが分からなくなる時代がすでに始まっている。
日常、みんなが手にしている携帯電話であるから、目にするものから挙げていけば、SIMカードというやつもそのわけの分からなさに一役買いつつある。すでにSIMカード入りの携帯を使っているという人も多いだろう。取りあえず端末を買い換える時に便利、くらいな感覚かもしれない。場合によっては、携帯電話を買ったときにお店で入れられたまま、SIMカードが入っていることも忘れているかもしれない。
でも、たまにニュースになる「SIMカードを盗まれ、海外で使われて膨大なローミング使用料の請求がくる」といった事例を聞けば、「セキュリティ・ロックを設定しておいた方がいいか」とか思うあれである。SIMカード自体は「お金にまつわる契約」と「端末」の関係を1対1から解き放つものだ。また、一部の人は実践していると思うが、SIMカードを入れ替えれば、TPOに応じて複数の端末を使い分けることも簡単だ。海外ローミング対応のためなど、限定的な目的ではあるが、複数の通信方式に対応する端末も出てきていることを考えれば、使用者、通信方式、端末の間の関係は一意には定まらない、と考えるべきだろう。何も気にせずに電話をかけているうちに、いつの間にか「お金にまつわる契約」と「通信回線」との関係は流動化してしまっているのである。
その上、WiMAXまで持ち出さなくても、ノートPCを持っていれば公衆無線LANアクセスポイント(Wi-Fiスポット)でSkypeは普通に使える。これは携帯電話ではなくPHSを使ってだが、筆者の知り合いに海外へ行ったときにはWi-Fi+Skypeで話をするという人もいる。このように携帯電話というインフラや端末装置だけが「電話」というわけじゃなくなってきているのだ。さらに、サービスの形態にしても、FON(無線LANの共有サービス)のようなものが広く受け入れられている。これは容易に国境を越え、既存の料金体系から外れる兆候かもしれない。そんなこんなを広げてみれば、「パイプ」としての通信インフラの選択肢は数多く同時に並存し、通信エリアや各人の契約状況に応じ、それらを適宜切り替えて使い分ける時代に入り込みつつあるのだと考えられる。
やはりデバイス屋としての立場からも、そんな世界の中で何が求められるのだろうか、と考えておこう。すぐに思い付く、ありがちな回答としては、多様な通信方式が並存するのだから、やはり究極の解は、はやりの「ソフトウェア・ラジオ*」という回答になるだろう。アマチュア・レベルでもソフトウェア・ラジオを実験しているこの頃である。それはそれで必然かつ当然ともいえる技術になってきた。ただし、それは状況を変えるというより、加速し、定着させる因子でしかないように思われる。
* ソフトウェア・ラジオとは、復調・増幅、フィルタリングなど無線通信に必要な信号処理をソフトウェアによって実現する仕組みの無線機のこと。ソフトウェアで信号処理を行うため、プログラムを入れ替えることで同じハードウェアの無線機をAMラジオやFMラジオ、携帯電話など通信方式の異なる機器に変身させることができる。
通信の多様化に対応するよりは、通信のパイプに流れるデータそのものに価値を持たせるか、データを使って利用者に価値を届けるサービスを実現するようなデバイスの方がはるかに大事に思うのだがどうか。どうも多対多の多様化の流れの中で「富の再分配」というか、「付加価値の移動」が起こる感じがしている。再編期にはありがちなことだが、新たなシステムから利益を引き出し勃興するものと、既得権益を失い没落するものが現れるのは歴史が教える真実である。それは単なるパイプの切り替えではない。多分、データを運ぶ働きそのものでお金をとれた時代から、データそのものの価値(コンテンツというやつ)でお金をとろう、そしてその先でデータを使ったサービスこそが価値という具合に変化していくのであろう。
はて、いま書いているこれも、短周期のノイズか、それとも長周期の動きの表れなのか?
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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